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魔女の庭  作者: かずさ
はじまりの魔女
1/6

そして神の子は祈る

 革命の時代。

 それは春。草木が芽吹くかのように、知識人達は都へ集う。文化の花を開かせようと。

 さながら、これは冬。抑圧し、血を流す戦いの中に、いわれなきまま、何人の命が散ったことか。


 石造りの牢に、足音が高く響く。暗がりの中に、蝋燭の影が妖しく揺れた。

 ――司祭が来る。私を陥れたあの男が。


 耳にしたことはあった。教会が、財産目当てにいわれ無き罪で人を裁くと。

 対策を講じる暇もなかった。父の残した財産は、私以外に受け取り手がいなかった。

 司祭に懺悔したことは、間違いだったのかもしれない。今更になって、自分の迂闊さに腹が立つ。


「ご機嫌は如何ですか?」

 司祭はいつもと変わらないように見えた。穏やかな微笑みを浮かべている。

「最悪」

 でも、今は知っていた。これが紛い物であると。


「直にそんな口もきけなくなりますよ。処刑の日が決まりました」

 思わず私は胸の十字架に触れかけて、そしてやめた。散々この司祭の言う神を信じて、このざまだ。

 それを見て、司祭は子供を褒めるように笑った。

「貴方は教会に充分過ぎるほど尽くしてくれた」


「少なくとも、父の遺産をそっくり寄付しようと思う程度にはね」

 自嘲気味な笑い方を覚えたのは、いつからだろうか。この男に懺悔したときに、そんなことを言われた気がする。でも、今は少しも動じた気配がない。


「いいえ。貴方はあの母親の子供ですから。嘘に違いありません」

 それどころが、そんなことを口にした。耳を疑った。

「今、なんて?」


 知らないのか、とでもいうように、司祭は面白そうに首を傾げた。

「何度でも言って差し上げましょう。貴方の母親も、貴方と同じ罪人でした」

 私は何も言えなかった。まさか、母まで教会の手にかけられていたなんて。

「でも、貴方は例え偽りであろうとも、教会の役に立った」

 目の前の心底嬉しそうな男が憎かった。それ以上に、やはり自分に腹が立った。

「だから、特別の慈悲を与えてあげましょう」


 いつの間にか、辺りは無人に戻っており、ぞっとするほどの静寂に包まれていた。燭台に灯る明かりさえ、凍ってしまったかのように揺らがない。


 特別の慈悲を与えられたところで、処刑されるには変わりない。ただ、苦しんで死ぬかそうでないか。それだけだ。

 これを、絶望と言わずして、何と言おうか。

 ここで、私は処刑される。


 理不尽さに泣きはらした目を閉じた。


 深い闇の中、いつか見た炎が見えた。司祭は言っていた。あれは浄化の炎だと。

 私は、それをただ信じていたのだろうか。他の信者と同じように。

 いや、違う。どこかで気付いていた。母を亡くしてからの父の言動といい、教会に不審な点を見てきていたはずなのに。

 気付いていたのに認めなかった。現実から逃げていた。それが、私の罪なのだろう。


 ゆっくりと、目を開ける。


 知らないうちに、夜が明けていた。

 光が眩しい。風の音が聞こえる。微かな潮の香り。街の喧騒。石畳の冷たい感覚。私の愛していた、故郷のすべて。

 五感が徐々に戻ってきた。全てがどこか遠い。でも、生きている。


 はめごろしの天窓から、空を見上げた。青い。もう手を伸ばすこともできないけれど、神様は彼処にいるのかもしれない。

 生きたい、と思った。もう一度、神様を探しに。


 だから、私の心の内だけで懺悔しよう。

 私は、貴方を恨んだ。でも、それは間違いだった。この世界を創った貴方が、貴方の意思で私を裁こうとしているのではない。私は、私の罪に気付くのが少しだけ遅かった。


 唐突に足音が響いた。司祭だった。

「言い残すことは?」

 唇は笑いの形をかたどっていたが、目は少しも笑ってはいなかった。


 私はもう一度目を閉じて、心の中で短く、祈りを捧げた。このときになっても尚色褪せぬ世界に。私が信じる、神に。


 ゆっくりと、息を吸った。これがきっと、本当に最後の言葉になる。怖かった。

「貴方達の神様は、それを望んでいない」

 それでも、真っ直ぐに前を見据えた。怒りも哀しみもなく、ただ気持ちは凪いでいた。


 私は幸せだ。自分の罪に、世界の美しさに気付くことができたから。最後まで恨まずにいられたから。今は、目の前のこの男よりも、幸せだと言い切れる。この男が、私の気持ちを知ることは、一生ないだろう。


 これでお仕舞い。ご愁傷様。

 司祭は嘲るように笑い、そして。


 そして、途切れた。




 かくして『魔女狩り』の歴史は語る。

 ひとの愚かさと、かなしみを。


(初出 2006.8.7)

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