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守銭奴王女、奢りを約束させる

お久しぶりです。


細部の訂正をしました。アリーとジェイが同室だったことをころっと…。

反省してます。

 半べそで飲んだ二日酔いのクスリは効果覿面だった。

 枕から頭を引き剥がすことができるようになったアリーは、部屋付きの洗面所に向かった。ベッドルームで眠っていたはずのジェイダの気配はない。もう起きて部屋を出ていったようだ。

 鏡の中から白銀の髪の少女が淡い紫の瞳で見返している。洗面所に入る前に『オルシェの腕輪』を外していたため、そこには本来の自分の姿が映っていた。


「やっぱり…地味」


 アリーは溜息を吐いて視線を逸らした。

 父のような高貴さも、母のような凛々しさも、弟の清廉さもない。久しぶりに見た自分の姿の凡庸さに落胆し、彼女は腕輪を取り出して左手にはめた。腕輪はすぐに淡い光に変わり手首に吸い込まれていった。

 次の瞬間、アリーの華奢な身体は田舎育ちの娘らしい健康そうな体型に、髪は癖のある栗色、瞳は明るい茶色に変わった。日に焼けた顔にはそばかすが浮き、少し上向き加減の鼻先がいかにも陽気そうに見える。


「よし!頑張れ、わたし。ちょっと寄り道しちゃったけど、目的を忘れちゃだめよ。大金貨5枚!大金貨5枚を貰って帰る旅なんだからね」


 鏡の中の偽装した自分に、アリーは言い聞かせる。彼女の中では、側妃とか、後宮とか、面倒なことは全て吹き飛んでいるようだった。栗色の髪を一つに結ぶと、アリーは気合を入れるように自分の両頬を両手でパチンと叩いた。


 部屋を出て玄関に向かうと、広いホールに並べられた椅子に帝国の四人が座っていた。


「おはよう、アリー。声を掛けても返事がなかったから、先に起きてきちゃった。ごめんね」


 彼女の姿を見ると、ジェイダがプラチナブロンドの髪を揺らして立ち上がった。


「ううん、それはいいんだけど…ジェイは平気だったの?」


 アリーが尋ねると、ジェイダは水色の瞳を瞬かせた。


「なに?なんのこと?」


 どうやら小柄な少女はかなりアルコールに強いようだ。ケロリとした顔で聞き返してくる。そんなジェイダと打って変わって、地を這うような声でヴォルフが恨み言をぶつけてきた。


「銀貨五枚…人の弱みに付け込んでボッタクリやがって…」


 ブランドンは思い出したように口元を押さえ、ニコラスはまだ目が覚めないのかうつらうつらとしている。


「高いと思った?思ったよね、私だってそう思ったもの!」


 誰に怒っていいのか解らずアリーは言い返し、ヴォルフはその反応に半笑いを浮かべる。


「ざまぁ…」


 小さな呟きが聞こえてきて、アリーは悔しさに唸った。



 朝方まで飲んでいたせいか、朝食を食べたいと言い出す者もいなかったので、お昼ご飯用の軽食を包んでもらい、出発することになった。昨夜の話し合い通り、今日は行けるところまでダンジョンを攻略していく予定だ。

 ハニワたちに見送られ、木立の中の小道を進んでいくと、女神メラナの神域とダンジョンを隔てる扉の前にたどり着いた。そこでアリーは四人の若者たちを見回した。ここから一歩出てしまえば、神域であったことは全て忘れられてしまう。

 羽目を外して騒いだことも、青臭く未来を語り合ったことも消え、代わりにダンジョンの中で一晩泊まったという曖昧な記憶だけが残るだろう。

 今までも何人もそういう冒険者を見てきた。神域の記憶を持ち続けられる人間は、ランゼリア国の民か上級冒険者、あるいは神の血を濃く受け継ぐ一部の者だけだった。


「楽しかったね」


 アリーの複雑な心を知らないまま、ジェイダが笑いかけてきた。一夜ですっかり打ち解けた帝国の治療士も、扉の外に出てしまえばもとの距離に戻るだろう。それでも、アリーは答えずにいられなかった。


「うん、楽しかったね。私、ずっと覚えているからね」


 ジェイダたちの中から記憶が零れ落ちてしまっても、自分は決して忘れない。アリーはそう心に誓った。


「おい、扉の前に何かいるぞ」


 彼女が感傷的な気分に浸っていると、先に扉の前に着いたヴォルフが声をあげた。


「えっと…ハニワちゃんじゃないよね、何かちょっと怖い感じ」


 ジェイダが視線を下に向けて首を傾げる。


「これもゴーレムなのか?」


 興味津々で片膝を付いて手を伸ばすニコラスに、ブランドンが珍しく窘める。


「むやみに近づかないほうがいいのではないか?」


 アリーは四人の肩の間から、扉の前に立つモノを見て口を開いた。


「触っちゃだめよ。それはドグウさんと言って、このダンジョンのセキュリティなの」


 帝国の四人を掻き分けてアリーはハニワより一回り小さな、無骨な形のゴーレムに近づいた。


「せ…きゅり?」


 聞き覚えの無い言葉だったのか、ニコラスが口に出して繰り返している。


「守護者って言えば分かり易いかな。普段はオモテに出てこないのに、どうしたのかしら」


 アリー自身も遭遇したことは数えるほどしかなかった。ドグウはアリーを確認すると甲高い声で告げた。


『警告、警告。警戒レベル上昇中!』


「え、どういうことなの?」


 ジェイダが不安そうに聞いてくる。


「アリー殿、警戒レベルというのは何なのだ?」


 剣の柄に手を置きながらブランドンも質問を投げかけてきた。アリーは片手を上げて彼らを制すると、ドグウに話し掛けた。


「教えて、ダンジョンの中で何か起きているの?」


『現在、原因究明中。予測される危険…ダンジョンの変動』


 ドグウの答えにヴォルフが息を呑んだ。


「ダンジョン変動だと?」


「ヴォルフ、どういうこと?」


 ニコラスが冒険者に尋ねる。


「ダンジョン変動は稀に起こる現象で、その原因ははっきりしていない。ただ、変動が起こるとどこかのダンジョンに新しい階層ができたり、あるいは階層が消失したりする」


 変動が起こった時の恐ろしさを知るヴォルフは厳しい顔で答えた。アリーは胸の前で両手を強く握り締めると言った。


「みんなも知っていると思うけど、ダンジョンというのはそれ自体が異空間なの。感覚的には地下に潜っているように思えても、本当に地面の下にダンジョンがあるわけじゃないのよ」


「え、そうなの?そんなこと学園で教えてくれなかったわ」


 驚いたようにジェイダが呟くと、呆れたようにヴォルフが言い返した。


「おいおい、冒険者なら誰でも知っていることだぞ」


 変動で歪みが生じるとダンジョン同士が一時的に繋がることがあり、そのせいで出没する魔物や階層が変わってしまう。そんな不幸な事故のせいで命を落とす者も少なくない。ただし、些細な変動ならば数時間で落ち着いて元に戻る。

 だが、その数時間が問題だった。運悪く自分の実力を遥かに超える魔物に遭遇すれば、一貫の終わりだ。ヴォルフの話を聞いて、帝国の学生たちは息を呑んだ。変動がどれだけ厄介なものか、少しは理解したようだ。


「確かその扉の外に、転移陣があったはず。それで離脱したらどうだろうか」


 ブランドンの目は、ドグウの向こうにある扉に向けられていた。


「転移陣はだめよ。母が三年前から行方不明だと言ったでしょ?実はダンジョンから転移中に、同じような変動に巻き込まれたの。どこに飛ばされたのか、今でも手がかり一つ残ってないのよ」


 握り締めた手が冷たい。その変動の直後に、西イルティアで孤島ダンジョンが見つかっている。アリーの母たちが遭遇したのはただの変動ではなく、百年に一度と言われる大変動だったらしい。

 ひょっとしたら、母たちは孤島ダンジョンの下層にいるかもしれない。母の仲間は全員高レベルの冒険者ばかりだ。だから、三年たった今でもどこかで生き延びているはず…アリーは縋るようにそう考えていた。


「そ、それじゃ、どうすればいいの?」


 涙目でジェイダがしがみついてきて、アリーははっとする。母のことを思い出している場合ではない。今は、自分たちに迫る危機を回避しなくてはいけないのだ。


「ドグウさん、離脱方法はあるの?」


『これより神域を拡大。ダンジョン内の魔物・魔獣の活動停止、防御システムを最高レベルに設定。地上まで警護します』


 ドグウの甲高いが単調な声を聞いて、アリーはほっと息を吐いた。


「緊急事態だから、神域をダンジョン中に広げると言っているわ。神域といっても完全に安全とは言えないから、なんとか階段を使って出口まで戻りましょ」


 脱出方法が分かればぐずぐずしている暇はなかった。ヴォルフが振り返って指示を出した。


「よし、俺が先頭に立つ。ブランドンはジェイダとニコラスを守りつつ、俺のあとについてくれ。しんがりは…」


「任せて…」


 ヴォルフの言いたいことを理解してアリーは頷いた。


「悪いな、女の子に最後尾を任せるのは気が引けるが…」


 小声で冒険者が囁いてくる。


「そう思うなら、無事に脱出したらたっぷり奢ってよね」


 この時ばかりはヴォルフも嫌とは言わず、苦笑いを浮かべてみせた。

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