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守銭奴王女、不労所得を夢見つつ罠に嵌る

お久しぶりです。


誤字のご指摘ありがとうございました。記憶違いで恥ずかしいです。


×フラシーボ

○プラシーボ


異世界でもプラシーボ、小麦粉飲んで風邪治ります

 翌朝、枕に顔を埋めたままアリーは呻いていた。


「うう、気持ち悪…」


 生まれて初めての二日酔いだ。タダ酒だと思って欲張って飲みすぎてしまった。あれから帝国の四人と夜中までグダグダと呑み続け、最後の頃には、踊り疲れたハニワたちが宴会場のあちこちに転がっていた。


(ダメだなぁ)


 帝国の貴族などと深く関わるつもりは無かったのに、ついいろいろ話し込んでしまった。

 考えてみれば、アリーは子供の頃から母とその仲間の冒険者たちに囲まれていたため、同世代の若者たちとこれほど長い時間を過ごしたのは初めてだった。


(だって…みんな悪い人じゃないんだもの、仕方ないわよ。あの口が悪い上にケチなヴォルフだって、冒険者としての姿勢には共感できるんだから…)


 心の中でアリーは言い訳をする。怪我をした友人のために、わざわざ遠いランゼリアまでやって来た…その事実だけで好感を持ってしまったのだ。



 酒が回った頃、不意にジェイダが将来メラナ神の神殿に学びに行きたいと言い出した。今回の事件でいろいろ考えることがあったのだろう。

 それに感銘を受けたブランドンは、帝国騎士団に入るために、一人で草竜を倒せるほど強くなりたいと熱弁をふるった。草竜は帝国の西の大草原に群れを作る竜の一種だ。その緑の鱗は盾や鎧の素材になっている。

 二人に比べて堅実なニコラスは、帝国魔道士団の技術研究部に入り、魔道具の開発や新しい術式を構築したいという具体的な未来を描いていた。


『凄いね、みんな夢に向かって頑張っているんだ』


 素直にアリーは感心した。


『アリーの夢はなに?』


 しかし、無邪気な治療士の少女に尋ねられると、彼女は答えに窮してしまった。将来を夢見ることは、豊かな帝国の裕福な家庭に生まれ育った子供たちには、当たり前なのかもしれないが、そうでない者に現実は厳しい。


『そうね…新しいダンジョンを見つけて、半永久的に不労所得を得ることかな』


『ずいぶん大きな夢だな。おまけに後半が生々しくて、可愛げがない』


 グラスが乾く暇も無く呑み続けていたヴォルフが、横から口を出してきた。あれから追加で金貨一枚を毟り取られた冒険者は、悔しげに呻きながらも満足そうに、オマケのエイヒレを齧っている。


『なによう、それならあなたの夢は何なのよ』


 ダンジョンで稼ぎながら、他の冒険者から使用料をがっぽり取れる最高の夢を笑われ、アリーは聞き返した。


『夢なんてない、目標があるだけだ。俺はあらゆるダンジョンを踏破して、この世界の謎を全部知り尽くしてやる。自分が生まれた大地に、俺が知らないことがあるのは我慢できない』


 グラスを置いてヴォルフは真顔で言った。ぼさぼさ髪の野暮ったい冒険者の癖に、紡ぎ出した目標は、アリーのそれよりずっと壮大だった。


『時間、掛かるわよ』


『承知の上だ。俺の一生を掛ける目標だ』


 きっぱり言い切ったヴォルフにブランドンが喝采する。


『素晴らしい!なんという気概だ!感服したぞ、ヴォルフ殿』


 剣士に褒められ自分の言葉に照れたのか、冒険者はそっぽを向いてしまった。それを見ていたジェイダが、くいくいとアリーのユカタの袖を引っ張った。


『ね、ヴォルフってあなたに気があるんじゃない?』

『はあっ?』


 思いっきり嫌そうな声でアリーは聞き返し、ジェイダは慌てて小声で付け加えた。


『だって、帝都からここまで案内してくれても会話に加わることなんかなかったもの。それが、アリーにはいちいち何か言い返しているし…それって特別ってことじゃない?』


『ないわよ。私なんてランゼリアの例外だもの』


 アリーはきっぱりと言い切る。地味で平凡なのは承知しているが、だからといって面と向かって不細工扱いは面白くない。特に、魔道具で変装している今の姿は、栗色の髪も、そばかすの浮いた陽気な顔も、彼女のお気に入りなのだ。

 女二人でこそこそ話していると、ニコラスが熱が篭った目でジェイダを見ていることに、アリーは気付いた。


『そういうジェイダはどうなの。気になる人とかいないの?』


 少し声を大きくして聞くと、帝国の少女はう~んと首を傾げてみせる。


『まだ、そういうのはいいかなぁ。勉強不足なのがよく分かったし、今まで以上に頑張らないと…』


『そう、残念。メラちゃんマスコットの効果はまだ無いようね』


 同情して魔道士を見れば、冒険者に背中を叩かれ酒を注がれていた。ついでにヴォルフは胡散臭そうな視線を向けてくる。


『本当にご利益あるのか、怪しいもんだな』


『失礼な。こういうものはプラシーボ効果があるのよ』


『プラ…なんだって?』


 聞き慣れない言葉に冒険者が眉を寄せる。


『プラシーボ効果。よく効く胃薬と言って小麦粉を渡すと、実際に効果があることをいうの。効くと思い込むから効くのよ。このダンジョンの質問にも出てくる言葉だから、覚えておくといいわ』


 アリーが分かりやすく説明してやると、少し考えてからヴォルフは呟いた。


『やっぱり、詐欺じゃないか!』


『そんなことないわよ。気になる異性と一緒にいると、心臓をドキドキさせたり、頭に血を上らせて赤面させたり、そういう効果もあるんだからね』


『むしろ、呪いの人形だろ』


 恐ろしげにヴォルフは呟く。


『でも、恋人が出来たっていうお礼の手紙もたくさん届いているんだからね』


 小銭稼ぎのグッズだが、加護は本物なのだ。


『お前はどうなんだ。自分で試したことはないのか?』


『私はまだそんな余裕ないの。弟が成人するまで頑張って稼がなくちゃいけないし、老後の蓄えだって必要だし…』


『あっという間に行き遅れだな』


 同情するようにヴォルフに言われて、アリーはむうっと膨れる。

 結婚など、今まで考えたことがあっただろうか。稼ぎ頭の母が行方不明になってから、自分が代わりをしなくてはと、せっせとダンジョンに潜ってきた。

 これが普通の家族なら父が働くのだろうが、父コーネリオはランゼリアの聖王だ。ランゼル神の血をもっとも濃く受け継ぐ末裔として、果たすべき役割がある。

 次代の聖王になる弟ショーンも同じで、その血を後世に残すことが最大の務めだ。二人を危険なダンジョンになど近づけさせるわけにはいかない。

 例え国が無くなっても、ランゼル神の血だけは護り続ける。それがランゼリアの聖王家に課せられた使命であり、呪いでもある。


『別にいいわよ、いざという時は、叔父さんが神官をやっている神殿で働かせてもらうもの!』


 答えながらなんだか腹が立ったので、アリーは目の前の酒瓶を掴み、自分のグラスに遠慮なくドボドボと注いだ。


『おい、俺の酒!』


『こういうものは皆で飲んだほうが美味しいの、ケチケチしない!』


『ケチはお前だ!酒を返せ~』


 酒を横取りされた冒険者の魂の叫びを心地よく聞きながら、アリーは泥酔していったのだった。



 そんなわけで、アリーは人生初の二日酔いで唸っていた。心配した客室係のハニワが温めたミルクを運んできてくれた。


「ありがと、助かるわ。お酒には血管を拡張する働きがあって、それが長く続くと血管に炎症が起きて頭痛の原因になるのよね」


 呻きながらミルクを飲み、治療魔法を試してみるが効いた様子はない。


「えっと…血管を収縮させる治療でいいはずだけど…」


 う~ん、う~んと唸りながらアリーはもう一度治療魔法を試みる。すると側に付いていたハニワがくるくる回りながら喋り出した。


『二日酔のクスリあるよー、高いよー。二日酔いに魔法効かないよー』


「えええ!どういうことなのよ」


『仕様だよー。お酒ガバガバ、クスリでお金ガポガポ』


 ハニワの答えにアリーは痛む頭を抱えた。つまり、金儲けのためのトラップに自分が引っかかってしまったということだ。ぐぬぬと唸りながらアリーは片手を差し出した。


「おクスリ一つ下さい」


『まいどー、銀貨5枚だよー』


 本当に高くてアリーは悔し涙を流したのだった。

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