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守銭奴王女、ただ酒を呷る 改稿

個人的には遮光器土偶も好きです。

「この板ワサというものも美味いな。緑の…このピリッと辛いのはなんだ?」


 ヴォルフはサービスで付いてきた小皿を摘まんで尋ねてきた。


「わさびという植物の根の部分よ。綺麗な水が流れる場所で育てられるんだって。その白いものは魚のすり身でカマボコというの」


 アリーも人から聞いた話だ。話してくれたのが、母だったのか、母の姉だったのか、はっきり覚えていない。彼女たちは凄腕の冒険者であり、アリーの師匠でもある。


「どうして、この世界にはない国の建物や食べ物がこの神域に伝わっているんだ。そこらへんは秘密なのか?」


 アリーが適当に誤魔化していたことをヴォルフは覚えているようで、ぼさぼさした前髪の下から青い目を向けてきた。


「…そうね」


 一瞬、アリーは考えた。ここで話しても、どうせ明日には忘れている。それなら教えても問題ないだろう。


「現在、どこのダンジョンでも使われている転移魔法は、知の神レトスが研究して造り上げ、『七の森』で初めて使われたと言われているわ。でも、最初の百年くらいは不安定で、全然違う場所に飛ばされる事故も沢山あったの」


 静かに話し始めたアリーに、ヴォルフが無言で先を促す。


「そんな事故の一つにランゼル神の息子ラクスが巻き込まれて、この世界から遥か遠い世界のニホンという国に飛ばされたのよ。半神のラクスはニホンで暮らしながら、五十年掛けてこちらの世界に戻る方法を探し、やがてニホンの知識や文化を土産に帰ってきたの」


 主神ランゼルに生き写しと言われていた半神ラクスだから出来たことだろう。無事に帰還したラクスだが、ニホンへの愛着もあって向こうに転移陣を残してきていた。

 その後、神々は物見遊山でたびたびニホンに遊びに行くようになったらしい。中でもメラナ神はニホンの旅館が大のお気に入りになって、わざわざ神域にそっくりな建物を再現したのである。

 一方、旅館の料理や酒に関しては、メラナがレトス神に寸分違わず再現できる魔法を造らせたと伝えられているが、真偽のほどは定かではない。地元民であるアリーにも分からない謎は、沢山あるのだ。


「信じられないような話だが、実際にこうしてまるで知らない文化を体験してしまうと、疑うことは難しいな」


 眉間に眉を寄せて冒険者は続けた。


「できれば、そのニホンという所に行ってみたいもんだ」

「母もそう言っていたわ。何よりそのニホン酒を気に入っていたから…」

「ねえ、アリーのお母様って冒険者なの?」


 ハニワの踊りに気を取られながらも会話を聞いていたのか、ジェイダが話に入ってくる。


「そうよ。子供の頃から母たちに付いて、森のダンジョンをあちこち潜ったの。いろんなことを教えてもらったわ」

「失礼だが、その…お母上は?」


 アリーのしんみりとした口調で、ブランドンは何か察して遠慮がちに尋ねてきた。


「母は三年前から行方不明なの。ちょっとした事故に巻き込まれて…」


 彼女の表情が曇るのを見て、ヴォルフが眉を寄せる。


「三年前というと…あの…」


 冒険者の言葉を遮るようにアリーは首を振った。


「大丈夫、母のクランは最強だったもの」


 あの豪胆な母や陽気な母の仲間たちの笑顔を思い浮かべ、アリーは続けた。


「きっとどこかで元気にしているわ」


 そう信じていた。


「それじゃ、あなたはお母様の代わりに冒険者に?」


 ジェイダが水色の瞳を潤ませて訊いてきた。


「それまで母がしてきたことを引き継いで、狩りをしているだけよ」


「苦労してきたんだね、君」


 何故か魔道士にも同情されている。


「アリー殿を見ているとお母上が素晴らしい冒険者であることは分かる。お父上もさぞかし熟練した冒険者なのだろう?」


 ブランドンがなにやら勘違いしているので、アリーは否定することにした。


「いいえ、父は弟と一緒に畑や家畜の世話をしているわ。近所の家の修理や道路整備も父の仕事なの」


 なにぶん政務らしい政務も必要ないような国なので、聖王の主な仕事は魔法を使った一人公共事業と、農業である。


「…まあ、呑め」


 それまで黙って話を聞いていたヴォルフが、アリーに酒を勧めてきた。何か雰囲気的に『可哀想な子』扱いなのが気になる。


「嬉しいけど、お酒は呑まないの。気持ちだけ貰っておくわ」


 呑めないのではなく、呑まないのだ。酒に使う金があるなら、小麦や砂糖を買う。燻製小屋だってもう少し大きくしたいし、薪だってもっと買いたい。足りないものは沢山あるのだ。

 断ったアリーの代わりに、ブランドンとニコラスがご相伴に預かることにしたようで、男たちは酒盛りを始めた。


「それにしてもご家族と離れて、どうしてアリーは帝都ルードに行こうと思ったの?」


 盛り上がる男たちから離れて、治療士の少女は食後のお茶を飲みながら話しかけて来た。出会ってからまだ一日経ってないが、ジェイダはすっかり打ち解けていた。アリーのほうは、まだそこまで親しくするつもりはなかったが、同じ年頃の同性と喋るのは楽しかった。


「今度、ウィルフレッド殿下の後宮が開かれるのを知っている?」


「勿論よ。ウィルフレッド殿下といえば、知的な美男子で、帝国中の女子の憧れの存在よ。外交でご活躍されている方だから、滅多にお姿は拝見できないけれど、みんな絵姿の一枚は持っているわ。その殿下の後宮が開かれるのだもの、学園にも何人かお后様候補がいらっしゃって、ものすごい騒ぎだったわ。上級貴族の方たちは正妃になる機会だって、張り切っていたわ」


 ジェイダも興味があるらしく身を乗り出してきたので、アリーは聞いてみた。


「あなたは候補にならなかったの?」


「まさか!私はただの下級貴族よ。後宮に入るとしても侍女見習いがいいところだわ。私の友人のミリアも上級貴族の従妹に頼まれて侍女として、後宮に付いていくはずだったの」


 アリーは、ジェイダがミリアという怪我をした友人のためにここに来たことを思い出す。


「怪我の治療が終われば、傷跡もなくなるわよ」


「そうね、ありがとう。ひょっとして、アリーも後宮に上がるの?」


「え?」


 どうして分かったんだろうかとアリーが驚いている間に、ジェイダが続けた。


「侍女の給金も内侍省で払ってくれるんですって。お后様候補お一人に、侍女を十人まで連れていくことが出来て、しかも一日銀貨八枚いただけるのよ。お小遣い稼ぎにはいいわよね」


 それは初耳だった。どうやら、内侍省というのが後宮を管理する役所のようだ。


「まあ!素敵!そんなに頂けるなんて知らなかったわ!」


 アリーの目がキラキラと輝く。妃としての慰労金以外に、侍女としての給金をせしめる良い機会だ。


「一月も働いたら金貨二枚と大銀貨四枚の高級取りじゃない」


「計算速っ…そ、そうね。そう考えると凄いわよね。新米騎士の兄の給金が一万六千メドだから、金貨一枚と銀貨六枚。それより高いお給金なのね」


 ジェイダは改めて金額の大きさに驚いている。


「全く、金の無駄使いだ。帝国の威信を見せ付けるために、妃候補を集めるだけでも無駄なのに、その上侍女の給金まで払うとは何を考えているのやら」


 二人の会話が聞こえていたのか、ヴォルフが口を挟んできた。アリーも個人的には彼の意見に賛成だが、頂く側としては頷けない。


「下さるというなら、頂くわよ。せっかく帝都まで行くんだもの!」


「そう言えば、ランゼリアの姫君もお后候補としてお越しになると聞いた。精霊のような、たおやかな美姫らしいな」


 酒が入って良い気分になっているブランドンがとんでもない事を言い出し、アリーは飲んでいたお茶を噴出しそうになる。


「僕も聞いたことがあるよ。美男美女揃いのランゼリア聖国でも、花顔玉容かがんぎょくようの姫と噂されているらしいね」


 続けてニコラスから聞かされた噂に、アリーは「うわぁ」と呻いた。

 花や宝石のように美しいとはこれいかに…。頭を抱えそうになって彼女は俯く。


「ランゼリアの人たちは本当に美形ばかりで驚いたけど、それよりもっと綺麗といわれるなんて、凄いお姫様なのね。アリーはその姫様の侍女になるんでしょう。お会いしたことはあるの?」


「ええと…いや、私は…」


 そんな絵に描いたような綺麗なお姫様はいません。平凡な顔で、食べるためにピギラを狩ってくるような狩猟好きの娘です。そう言えたらいいのだが、アリーは笑うしかなかった。


「お前ら、あまり虐めるな。美形揃いとか、例外に失礼だろう」


 慰めるつもりなのか、貶めるつもりなのか、真顔のヴォルフが追い討ちを掛ける。


「あっ、そんなつもりじゃ」

「すまん、失言だった」

「ごめんね」


 いっせいに謝り出した学生たちに、アリーは叫び返していた。


「全員、謝ったことに謝れ~!もうっ、呑んでやる!」


 ヴォルフの手から酒器を奪い取ると、アリーはそのまま口を付けてゴクゴクと飲み干した。人の金だと思えば腹も痛まない。


「ハニワちゃん、どんどんお酒持ってきて!全部ヴォルフに付けてね!」

「お、おい。ああ、分かった。悪かったよ。よし、好きなだけ呑め」


 その優しさが腹立たしくて、アリーは遠慮なく呑むことに決めた。やがて、巻き込まれたブランドンとニコラスが酔っ払ってハニワたちと踊り出し、いつの間にか呑まされていたジェイダがケタケタと笑い、神域の夜は賑やかに更けていった。


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