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守銭奴王女、更に搾取する 改稿

ご感想、ありがとうございます。

後宮編は次の次くらいからになります。

 その後もクイズ形式の通路選択は続く。


『汝らに問う。人間の肋骨は左右合わせて何本だ』


 地下四階まで達していた。


「右の通路が十二本、左が二十四本。どっちに行く?」


 考えることを放棄したブランドンが、答えを仲間に丸投げする。


「ロッコツ?それってどこにあるの?」

「えっと…ロッコツというくらいだから、六本…左右で十二本じゃないか?」


 残念なことに帝国の医学教育はあまり進んでいないらしく、治療士と魔道士はこの時点で迷い始めている。


「帝国の学園って大丈夫なの?いったい何を教えているのかしらね」


 先に進むほど、学生たちが考え込む時間は長くなっている。そろそろ手を貸してもいい頃かもしれないと考えながら、アリーはその場に座り込んだ。もう昼時は大分過ぎているので、空腹だった。


「私、お昼にするわね」


 一言断り、彼女は鞄から胡桃パンを取り出した。それから、ピギラの燻製肉の塊も引っ張り出すと、薄くスライスしてパンに挟みこんだ。

 あむっと噛み付きモグモグと咀嚼する。塩と胡椒は海神カノーが造った『二の森』ダンジョンでドロップするので、贅沢にも肉にたっぷり振りかけてある。香辛料のピリッとした刺激が堪らない。


「う~ん、美味し…」


 思わず呟いた言葉に被せるように誰かが言った。


「美味そうだな」


 視線が痛い。顔を上げると学生たちだけではなく、ヴォルフまでこちらをじっと見ていた。


「美味しいわよ。脂が乗ったピギラを時間を掛けて燻製したんだもの」


「ピギラなのか?帝都でも滅多に手に入らない高級食材だぞ!」


 ブランドンが食い入るように燻製肉の塊を見ている。


「ピギラは『五の森』のダンジョン地下20階に行けばよく遭遇するわよ。あなたたちは食料を持ってきてないの?」


「持ってはいるが、干し肉と堅パンだけだ」


 羨ましそうにブランドンが答える。


「それより、明らかにその肉の塊は鞄より大きい。ひょっとして、アイテムバッグか?」


 冒険者は食べ物よりもアリーの鞄に興味を覚えたらしい。


「ええ、十階ごとに出没するフロアボスを倒すと、時々落としていくの。『七つの森ダンジョン』のどこでも手に入る可能性があるから、楽しみにしていて。私の場合は、それに時魔法を刻んで、中の食べ物が腐らないようにしたのよ。息の根を止めたピギラが丸っと三頭は入るわよ」


 おおっと学生たちがどよめく。


「ピギラ三頭仕留める女がどこにいるか!」


 冒険者が突っ込むと、アリーは再びパンを齧りながら言い返す。


「だって、可愛い弟に殺ってくるって約束したんだもん」


「口調と台詞が合ってない!可愛く言ってもやってることは可愛くないわ!」

「えへ」


 確かに聖王都の広場にピギラの死体を三頭並べた時、父は涙目になっていた。それを思い出したアリーは、誤魔化すように燻製肉を差し出した。


「良かったらどうぞ。一人一食銀貨二枚でいいわよ。パンも付けてあげる」


「しっかり金は取るのか。清清しいほどぶれないな、お前」


 ヴォルフは呆れながら渋々巾着を開いている。ブランドンも嬉しそうに財布を引っ張り出し、中身が随分減っていることに愕然としていた。


「さっきまでのは、国の利益になるもの。これは私個人の旅行用の食料。帝都ルードまで先は長いんだから、節約しなくちゃね」


 そう言いながら、まだ温かさ残っている胡桃パンを四人に渡してやる。


「どうぞ、燻製肉はたっぷり食べていいわよ。一頭丸ごと持ってきたから…」


「貴方もルードに行くの?偶然ね。あっ、美味しい!」


 脂身の少ない部分を削いでパンに挟んだジェイダが、歓声を上げる。その脂が美味しいのだが、そこはやはり貴族のお嬢様らしい。


「美味いね。まさかダンジョンの中で、こんな贅沢が出来るとは思わなかったよ」


 小柄とはいえ魔道士も若い男である。厚めに切り落とした燻製肉を噛み締め、嬉しそうに同意する。


「麦酒が欲しい。これは酒に合うな」


 ヴォルフが呟く側で、大柄な剣士はひたすら燻製肉を齧っている。


「お酒はさすがに持ってないわよ」


 アリーが言い返した直後、周囲が不意に薄暗くなる。

彼女たちがいる場所以外の通路が闇に包まれたかと思うと、ヒタヒタヒタ…と何かが近づいてくる気配がした。冒険者は素早く立ち上がり剣を抜き、アリーは食べかけのパンを口に放り込んで叫んだ。


「長居しすぎた!みんな立って!走るわよ!」


 いきなり慌てだしたアリーに驚きながら、ジェイダは視線を暗闇に向ける。


「え?どうした…のおおおお!」


 疑問の声が甲高い悲鳴に変わる。


「うわっ!子供?いや、ちがっ!」

「な、なんなのだ、魔物なのか?」


 つられて見てしまったニコラスとブランドンも肉を咥えたまま立ち上がった。ヒタヒタと駆け寄ってくるのは小柄な子供の姿をした何かだった。


「あんな露悪趣味な子供がいるか!」


 ヴォルフは荷物を担いで帝都の学生たちを背中に庇う。

 子供に見えるその何かは、顔の半分と右腕、右足のみは妙に白い皮膚に覆われているが、あとは解体中の鳥のように骨から臓腑までが剥き出しになっていた。その表情の無い顔の口が開いて、カタカタと音を立てる。


「気持ち悪っ!」


 吐きそうな顔で呻くジェイダの背中を押して、アリーはヴォルフに声を掛けた。


「先を急ぐわよ!一人でもタッチされたら入口に戻されるから!」


 そう聞かさた帝国の学生たちは必死に逃げ出し、アリーに導かれるまま分岐点の左の通路に走りこんでいった。


「もう大丈夫、追ってこないから」


 再び明るくなった通路でアリーは肩で息をする。振り返った若者たちは分岐点でカタカタ顎を鳴らしているソレを振り返って身震いした。


「で、あれはなんだ?敵意はないようだったが…」


 敵意は無くても臓物を見せびらかして走ってくる姿は気味が悪い。


「あれは人体模型さんと言って、質問を聞いてから一定の時間が過ぎると姿を現して、挑戦者を追い立てるのよ。うっかり触られると外まで戻されてしまうから、答えを決めて先に進むしかないのよ」


 久しぶりだから存在を忘れていたわ、ごめんと、アリーは軽く謝罪した。


「ジンタイモケイさん…怖い」


 ジェイダは蒼褪めた顔で声を震わせる。


「怖くはないのよ。人形のようなものだし、ほら人間の体の中身がどうなっているのか、ああやって見せてくれているだけだからね。骨格とか筋肉とか、なかなか見ることできないでしょ?」


「いや、見たくないし…」

「生理的に無理だ」


 他の学生たちにも不評のようだった。


「ようは傀儡の類いか。しかし、時間制限もあるとなると攻略は難しくなるな」


 冒険者が難しい表情でアリーに言う。確かに学生たちの知識ではすぐに手詰まりになりそうだった。


「丁度良いからこの後の相談をするわね。この先は時間短縮のために、クイズには私が答えるわ。今日は十階まで降りて一晩休んで、明日の朝から十一階に降りるつもりだけど、いい?」


 水筒に入ったハーブティーを飲みながら、アリーは帝国の若者たちに提案した。


「一気に潜るのは難しいのか?」


 手に付いたピギラの脂を行儀悪く上着の裾で拭いながらヴォルフが聞いてくる。帝都で待つ怪我人のことを考えれば、学生たちは不眠不休でも先に進みたいだろう。


「十一階からは難易度が上がるのよ。今度の敵はレリーフじゃなくて彫像になるから、攻撃の種類も手数も多くなるの。その代わり、ドロップ率はぐんと高くなるわ」


 アリーはそう答えてから、疲れた表情のニコラスとジェイダに視線を向けた。死者が出るようなダンジョンではないが、素人の若者たちなら大怪我しかねない。一晩、休んだほうが良いと彼女は判断していた。


「僕も一度休みたい。気持ちは焦っているけど、体力が追いつかない感じだ」


 魔道士が弱音を吐いてみせるが、傍らの治療士を気遣っているのだろう。ブランドンも頷いた。


「ここまで来たんだ。確実に目的を果たしたい」

「それがいいわ。再生の杖に絞って攻略するなら、植物系のゴーレムを狙えばいいわよ。特に黒いドライアードの彫像を見つけたら要注意。七割の確率で杖を落としてくれるからね」


 アリーの言葉に励まされ、若者たちは十階を目指して進むことに決めた。


 それから更に五階ほど下り、十階に通じる階段を見つける。


「ひょっとして次はフロアボスが出る階か?」


 片手剣を握り締め、黒髪の冒険者が表情を引き締める。彼の実力なら、この程度の浅い階のボスなど問題ないはずだが、決して油断しない。その姿勢にアリーは共感を覚える。


「階段を下りたらすぐに遭遇するから、みんな気を付けて…いろいろと」


 最後の一言は小声になった。ヴォルフが先頭に立ち、一行は薄暗くなった階段を下りていく。降りきった場所には光源がなく、全てが闇に包まれていた。


「暗…」

「しっ、何か近づいてくる」


 不安を漏らすジェイダを冒険者が黙らせる。次に瞬間、目が眩むほどの光が溢れ出し、彼らの前に二十体ほどのハニワの一群が現れた。最初のフロアのハニワと異なるのは、体が緑で頭に赤や黄色の花の蕾があることだろう。


「やだ、もう!なにこれ可愛い!」


 治療士の少女が身悶えする。


「オキャクさん、踊りミル?」

「オキャクさん、オドリ楽シイヨ」

「銀貨イチマイダヨ」


 蕾付きハニワたちが、ユラユラ揺れながら群がってきた。ヴォルフはアリーを掴まえて責める。


「おいっ、この守銭奴!どういうことだ」

「え~?この子たちがフロアボスなんけど。だから、みんなに気を付けてって言ったでしょ。特にお財布的に」


 アリーは視線を逸らして答えた。


「さっきのハニワたちが大銅貨一枚なのに、今度は銀貨だと?いきなり十倍じゃないか。ここでもまた毟り取るつもりなのか?」


「ソンナコトハナイデスヨー」


 ヴォルフが詰め寄っている間に、ジェイダがハニワに銀貨を食べさせる。銀貨を貰ったハニワは飛び上がって喜び、頭の蕾をぱっと咲かせた。


「お~、花が咲いたぞ!」

「へえ、ゴーレムと植物が混ざっているんだ!」


 剣士と魔道士も面白がって次々と銀貨を食べさせ、集まったハニワたちの花が満開になった。すると、ハニワたちはいっせいに歌いながら踊り始めた。短い手を揃って振り上げ、くるくる回る。


「癒される~って言うか、本当に疲れが取れたみたいね」

「おお!さっき、潰れた手のマメが治っているぞ」

「この歌って、癒しの効果のある魔歌じゃないかな」


 お花ハニワに癒され、若者たちは大喜びだ。


「メラナ神は生命と大地の女神よ。攻略者の健康のことも考えたダンジョンになっているの」


 微笑ましげにハニワダンスを見ていたアリーが説明する。そこへ律儀にも冒険者が小声で突っ込んだ。


「有料だけどな!」


 歌と踊りが終わる頃、ゴーレムたちが宝箱を二つ担いでやってきた。


「お礼、ウケトレ」

「出血大サービスダヨ」

「え?出血?なに?」


 目の前に置かれた宝箱を見てジェイダが首を傾げる。何を言われたのか理解できなかったらしい。


「赤字覚悟でレアアイテムを持ってきてくれたのよ。通常なら宝箱は一つしか貰えないから、本当に運がいいわ。ほら、開けてみて」


 アリーに促され、ニコラスとブランドンが宝箱を開ける。一つにはアリーが持っている鞄に似た背嚢が、もう一つには黒い魔木の杖が入っていた。


「良かったね、ジェイダ。友だちを想う貴方の祈りが女神に届いたわ。それが再生の杖よ」


 治療士の少女は震える手を伸ばして杖を掴むと、ぎゅっと抱きしめた。


「良かった!本当に…良かった。これでミリアの顔を治してあげられる!」


 感極まって泣き出した少女を見つめ、ニコラスが口を開いた。


「ミリアはジェイの親友なんだよ。魔法の暴走に巻き込まれて、下顎を失ったんだ。今は先生たちが魔法で眠ったまま治療を続けているけど、再生しなければ生きていけない状態なんだ」


 想像以上に過酷な状況にアリーは考え込む。


「重症の怪我人はどれくらいいるの?」


「ミリアと同じくらい深刻な怪我人は十人くらいだ。後はもう少しマシくらいか」


 ブランドンが答えると、アリーはそばかすの浮いた顔に真剣な表情を浮かべた。


「ここまで一緒に来て、あなたたちが遊び半分じゃないことはよく分かったわ。貴方たちに言っても仕方がないことだけど、帝国が神々を排除しなければ、もっと簡単に済んだことなの。メラナの神殿は医学や薬学を人々に教え、怪我人や病人を治療する病院の役割も果たしていた。それを邪神と決め付け、神殿が長い時間を掛けて培ってきた知識や技術も、帝国から消してしまった。メラナ神だけではないわ。七柱の神々にはそれぞれ役割があり、その知識の恩恵で人間はここまで繁栄してきた。あなたたちに、それを知って欲しかったのよ」


 静かに言葉を聞いていた帝国の若者たちに、アリーは続けて言った。


「安心して。再生の杖は今夜のうちに学園に届けられるわ」

「どういうことだ?」


 驚く若者たちの代わりに冒険者が尋ねてきた。


「私がこの『三の森』ダンジョンに来たのは、依頼があったからよ。依頼主は帝都ルードの魔道具店のキリエ商会で、至急再生の杖が必要だと言われたわ」

「でも、ここまでの間、再生の杖は出なかったじゃない?」


 アリーの説明に、治療士の少女が疑問をぶつける。


「再生の杖も回復の杖も、使用回数が十回と決まっているのは知っている?それは杖に込められる女神の加護に限度があるからなの。でも、使い終わった杖がただの棒に変わるわけじゃないわ。もう一度、加護を受ければいいの。そのためには、女神の神殿で祈祷していただくか、このダンジョンに持ち込むか、二つの方法があるわ」


「ひょっとして、杖を持ってダンジョンを下るごとに使用回数が回復するのか?」


 ヴォルフはダンジョンに持ち込む理由を察して言った。ダンジョンによっては、戦闘で失った体力が歩いているうちに自動的に回復することがある。どこも神の名前を冠したダンジョンだ。


「そうよ。私は空の再生の杖を預かっていたの。あなたたちとダンジョンを一階下るたびに、杖の使用量は回復したというわけ。この十階で預かった杖は全部使用可能になったわ」


 アリーは、メラナ神のダンジョンにやってきた目的をすでに果たしていることを伝えた。


「でも、その杖はあなたが持っているから、ルードまで運ぶのに時間がかかるでしょう?」

「最初に許可証の代金を払ってもらった時にことを覚えている?国庫に直接送られるって話したでしょ。あれと同じようなアーティファクトを他にも持っているの」


 荷物の中から、杖が収まるサイズの箱を引っ張り出して、アリーは蓋を開いてみせた。中には青いビロードが張られていて、杖が十本ほど入るようになっていた。


「この箱で杖のやり取りをするの。ほら、もう空になっているでしょう。最大まで使用可能になった時点で、キリエ商会の倉庫に送られたわ」


 若者たちは安堵したのか、その場に座り込んだ。自分たちの苦労が無駄になったことを嘆くより、仲間が助かるという事実を喜んでいるようだった。


「ありがとう。仕事かもしれないが礼を言う。アリー殿、俺たちの仲間を助けてくれてありがとう」


 ブランドンが男らしく頭を下げ、ニコラスが目を輝かせて続ける。


「ありがとう、アリー。君は本当に凄いアーティファクトを沢山持っているんだね。羨ましいよ」


「凄いのは、神々が創られたダンジョンよ。軍神カイ以外は邪神扱いされて廃れるばかりだけれど、今でもこうして役に立つ知識や聖遺物が眠っているの」


 褒められて、アリーは胸を張る。その彼女にジェイダが遠慮がちに話しかける。


「アリー、この杖も…出来れば学園の先生に送って貰えるかしら。少しでも助けになれば…」

「いいわよ。ドロップした他の回復アイテムと一緒に送りましょう」


 そう言ってからアリーはチラリとヴォルフを見た。


「今回はタダで良いわよ。守銭奴だって、多少の情け容赦はあるんだからね」


 ふふんと鼻を鳴らすアリーの耳に、「後が怖い」と冒険者の呟きが聞こえた。


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