守銭奴王女、業突く張りと呼ばれる 改稿
国名を変更しました。
×グラテディオン→○グラディオン
「四人で金貨二枚。これ以上は譲歩しないからね!」
アリーは語気を強めて宣言した。滅多にやってこない客、しかも憎き帝国のお金持ちから正当な理由で金貨をもぎ取れる機会だ。アリーに容赦はない。学生たちは少しの間、相談してから頷いた。
「分かった。俺たちはそれでかまわない。今は一本でも多くの杖を手に入れるほうが先決だ」
「では、こちらの箱にお支払いください」
そばかすの浮いた顔に笑みを浮かべて、アリーは見張り小屋に置かれた金属製の箱を指差した。
「こんな箱に大金を入れておいて、盗まれたりしないのだろうか?」
生真面目そうなブランドンが聞いてきたが、国民全てが親戚のような国でその心配はない。そうでなくても、これはただの箱ではないのだ。
「もう空になってるわよ。これもアーティファクトなの。中身は国の金庫に送られているわ」
アリーの説明に帝国の学生たちは驚いたようだった。
「それじゃ、行きましょう。私も急ぎの用があるから、サクッと潜ってサッサと戻ってくるわよ」
アリーを先頭に帝国の若者たちはダンジョンの入り口に戻っていった。森の中に不自然な形で真っ白な岩がそびえ、その岩の真ん中に女神の姿が刻まれた扉が見える。これが『三の森』のダンジョンである。
「入る前に簡単に説明するわね。この『三の森』ダンジョンは、女神メラナが手ずから創造された迷宮よ。ドロップするアイテムは薬系、回復系の杖が多いわ。ただし、邪神だの異教だの、あまり不敬な言動を取っていると何も手に入らないから気をつけて」
アリーは扉の前で若者たちを見回す。軍神カイのみを守護神と仰いできた彼らには、少し厳しい注文かもしれない。
「俺は海神カノーの洞窟にも、太陽神ルドの天空城にも入ったことがある」
冒険者のヴォルフは、難易度の高い二つのダンジョンの名前を口にした。半端な冒険者では生きて帰れない場所だ。
「あなたは問題ないとして、他の三人は残念なことになるかもしれないわ。でも、方法が無いわけじゃないのよ」
不安そうな表情の学生たちに、アリーは微笑んで言った。
「そ、そうか。軍神カイへの信仰は捨てるわけにはいかないが…邪神と言ったことは謝罪する」
「わ、私も怪しい術とか言って、本当にごめんなさい」
「許して下さい」
三人は扉の女神に向かって膝を付いて祈る。
「そんなんじゃダメよね~。口先だけなら何とでも言えるもの。そこで!ほら、ここにお賽銭箱があります。ここにあなたたちの誠意を見せて下さい」
扉の脇に嵌め込まれた小さな箱を指し示して、アリーは笑みを深めた。
「こら、二重の通行税かよ!」
ヴォルフが呆れてアリーの襟首を掴む。
「つ、通行税じゃないもん。誠意よ、誠意!」
つま先が浮きそうになりながらアリーは訴える。
「分かった!分かったから、放してやってくれ、ヴォル。女神メラナがそれで我々を受け入れてくれるなら、安いものだ」
ブランドンが代表して賽銭箱に三枚の硬貨を入れる。チャリンと耳障りの良い音を聞いて、アリーは両手を組み合わせた。
「大銀貨三枚、いただきました!毎度ありがとうございます!」
「どこの商人だよ」
もう呆れるのも疲れたと、冒険者は溜息を吐いた。
「再生の杖を手にいれるためだから、これくらいは何でもないわ。一本でも沢山手にいれなくちゃ…」
ジェイダが固い決意を込めて言う。ダンジョンの扉に両手を置き、魔力を通していたアリーが不意に思い出したように振り返った。
「あ、そうそう。レアアイテムのドロップ率を上げるお守りなんかもあるわよ。再生の杖は、通常は地下三十階まで潜らないと出てこないけど、お守りを身に着けていると、何と十階から出現し始めるのよ」
「嘘!そんな便利なものがあるの?」
すぐに帝国の少女が食いついてきた。
「知る人ぞ知る、女神印の魔道具よ。しかも、他のダンジョンでも使えるの」
「まあ!でも、お高いんでしょう」
「いいえ、今なら可愛いメラちゃんマスコットが付いて一つ大銀貨二枚。しかも、メラちゃんマスコットは恋愛運アップの加護付きよ」
「いい加減にしろ、この業突く張り。怪しいものを売りつけるな!」
再びアリーは襟首を掴まれる。
「怪しくないもん。本当に加護付きだもん」
じたばたと暴れてアリーは冒険者の手から逃げ出し、ダンジョンの中にするりと入り込む。
「あ、待て!」
置いていかれては堪らないと、ヴォルフがその背中を追いかけ、それに三人の学生たちが続く。扉を抜けた場所で帝国の若者たちは驚いて足を止めた。
地下に続く階段があるものだと思っていたが、そこは神殿のように荘厳な雰囲気の場所だった。
「ようこそ、女神メラナのダンジョンに!」
アリーは気取って胸に片手を当てて礼をしてみせる。その彼女の背後には奇妙な土人形たちが並び、いっせいにぴょこりと頭を下げていた。
「イラッシャイマセー」
「ヨク来タヨー」
呆気に取られている学生たちに、膝丈ほどの大きさの土人形たちが群がっていく。筒型の体に短い手足が付いた愛嬌のあるゴーレムだ。
「オキャクサン、お守りヤスイヨー」
「オマケ付きダヨ~」
「きゃあ、可愛い。なに、この子たち!」
ジェイダのテンションが上がる。ゴーレムたちが頭に乗せた籠には、何種類ものリングやお守り、布製の人形が入っていた。
「この子たちがメラナ神のダンジョンを管理しているの。ハニワという名前よ」
アリーが説明する。
「ゴーレムだよね。中には精霊が入っているみたいだ」
魔道士のニコラスが興味深そうにゴーレムに触れる。
「オキャクさん、お触りキンシよ。大銅貨一枚ハラエ!」
触られたゴーレムはプンプンと音を立てて怒っている。ニコラスは嬉しそうに笑うと財布を出した。
「ごめんね。はい、10メド」
ゴーレムは差し出された大銅貨を口を大きく開いて受け止めた。チャリンと軽い音を立てて銅貨を呑み込んだゴーレムは、その場でクルクルと喜びの舞を踊ってみせた。
「可愛い~!私も、私も!」
「うむ、これは奇怪だが面白い」
ジェイダもブランドンも群がるゴーレムに銅貨を食わせていく。その様子をアリーはうっとりと眺め、ヴォルフは恐ろしげに呟いた。
「あの手この手で細かく稼いでいる…なんて恐ろしいダンジョンだ」
「うふふ、うふふ~。造花600束分があっという間に貯まっていくわ」
冒険者が身震いしている隣で、アリーは幸せそうに笑っていた。
ダンジョンの一階で、ハニワたちに囲まれた帝国の学生たちは、勧められるまま幸運が上がる腕輪や、回復力が上がるリングなど散財していた。このままではケツの毛まで毟られると、ヴォルフは学生たちを追い立てて地下二階に向かわせた。
ここから先が本格的なダンジョンになるようで、階段を下りると美しいレリーフが施された通路が続いていた。両側の白い壁に彫られているのは、植物や動物、聖獣、魔獣など、大地に生きるものがモチーフになっている。
ダンジョンというよりも、神殿の中を歩いているようで、若者たちはすっかり油断していた。
「ブランドン、天井に気を付けて」
アリーは先頭を行く剣士に声を掛けた。
「きゃ、蛇!」
ジェイダが悲鳴を上げる。天井に彫られた大蛇がゆっくりと抜け出し、ブランドンの頭を狙ってきた。
「うわっ!」
慌てて剣士は両手剣で大蛇の頭を砕いた。
「これもゴーレムなのか!」
通路に落ちた頭部は下級の回復薬に変わった。それを見下ろして、ニコラスが驚きの声を上げる。壁のレリーフがいっせいに動き出し、植物は枝を揺らし、獣たちは咆哮を上げている。
「所詮レリーフだから、壁から完全に抜け出すことはないわ。でも、さっきみたいに油断していると噛み付かれるから気をつけて」
壁から半身を乗り出し引っかこうとする角熊を避けながら、アリーは説明した。後ろに続くヴォルフが剣で熊の腕を切り落とす。今度はドロップせずに白い石のままだ。腕を落とされた角熊はレリーフに戻っていった。
「ほら、幸運のお守りを買わなかったからドロップしなかったのよ」
ハニワに1メドも使わなかった冒険者に、アリーは恨みがましい目を向けて言ってやった。
「回復薬なんか必要ない。簡単に怪我するような間抜けと一緒にするな」
冒険者は鼻を鳴らして言い返し、アリーは「ぐぬぬ」と悔しがる。そうこうしているうちに、最初の別れ道にやってきた。すると不意に声が聞こえてきた。
『汝らに問う。正しき道を選べば試練を続けられるであろう』
「え、なに?誰が喋っているの?」
ジェイダが周囲を見回し、声の主を探そうとする。
「きっと探しても無駄だよ。ダンジョンの壁から聞こえた」
ニコラスが少女に話している間に、再び声が響く。
『汝らに問う。人間の血は何色か?』
左右に分かれた通路の壁に、『赤』『青』とそれぞれ浮かび上がる。
「赤を選んで、左の通路に行けばいいのか?」
腕組みしているブランドンにアリーは頷いた。
「そうよ。メラナのダンジョンは医療と農業に関するクイズ形式になっているの。正しい答えを選択していけば、深部に行ける。間違えば入り口に逆戻り。命を落とすようなダンジョンじゃないけど、先に行けば行くほど問題は難しくなるわ。だから、攻略が難しいのよ。元々、向学心ある者が医学や農学を学ぶために造られた迷宮で、ここで得た知識を本にまとめた学者も過去にいるのよ」
「どうしよう…攻略できる気がしない」
いかにも脳みそ筋肉なブランドンが肩を落として呟く。
「そ、そこは僕とジェイが頑張るから。ブランは襲ってくるレリーフさえ撃退してくれればいいよ」
「そうよ。一応、私も医学の勉強をしているんだからね」
自信を無くしてどんよりする剣士を、二人の仲間が必死にフォローしている。その後ろで冒険者がアリーに聞いてきた。
「お前は何階まで行ったんだ?」
「私は最深部まで行ったわよ。メラナのダンジョンは五十階までしかないの。それに、さっき言ったでしょ。学者が本に纏めたって…」
その本がこのダンジョンの攻略本になるのだと、ヴォルフはすぐに気付いたようだ。
「…幾らだ」
心底悔しそうに冒険者は尋ねてきた。アリーは片手で口元を隠すと「ふふふ」と笑う。
「残念ながら売り物じゃないの。本が書かれたのは五百年くらい前で、原書は王室図書館に保管されているわ。安心して、さすがにあれだけお金を使ってくれたお客様をすぐにリタイアさせないわよ。彼らが間違った選択をしそうになった時には声を掛けるわ」
アリーはそう約束した。