ウィルフレッド王子と軋む歯車の音
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「あ、ほら。下を通りますよ!」
身を乗り出して通りを覗き込んでいたオリヴァーが大声をあげた。
観衆が詰めかけた大通りをまるでパレードのように華やかな行列が進んでいく。まず、最初に軍神カイのシンボルを縫い上げた御旗と、神殿楽団が竪琴と笛を鳴らしながら行進する。そのすぐ後ろを神殿兵に守られた黄金の輿が、神官たちに担がれてゆっくりと運ばれていく。
輿の後に、薄絹を纏った神殿巫女たちが魔法の花を降らせながら、軽やかに舞うように続いていく。沿道の観衆たちから歓喜の声が上がる。巫女たちの花は縁起ものである。手にすれば幸運が訪れると言われている。
華やかなのはここまでだった。
少し間を置いて武装した護衛騎士たちが、騎獣に乗って姿を見せる。隊列を組んで進むのは頭部と体の一部が装甲に覆われたプレートホース、大きな枝角のストームエルクの二種類。今回は威圧的な竜種や狼種は避けられているようだった。
ひと際歓声が大きくなる。
空に騎手の乗せた黒いグリフが十体ほど姿を現し、パレードに並走するように羽ばたいている。帝王直下の親衛隊である黒翼聖獣隊だ。帝王の行幸以外では滅多に姿を見せない勇壮なグリフの集団に、人々の興奮はさらに高まっていく。
「ウィルフレッド殿下だ!」
見上げていた観衆の誰からが大きな声で叫んだ。黒翼騎獣隊のさらに上、青い空の高みで白銀に輝く翼が見えた。
「ホーリーグリフ!なんと美しい!」
貴族の男が感極まって感嘆し、女たちは老いも若きも貴賎関係なく色めいた叫びをあげる。ひと際大きな白銀のグリフは、ギルドの建物を飛び越して第三区画に向かっていく。
「ああ!肝心なところが見えないじゃないですか!」
オリヴァーが悲嘆する。確かにギルド長室から通りは見下ろせるが、『リビル』を使う第三区画までは見渡すことができない。
「屋根に行きましょう、ギルド長!」
このままでは一番いいところが見えないと、バリーがイオニスを急かす。
「ああ?面倒く…」
「いいから、早く!」
気が乗らないイオニスの両腕をエミーとオリヴァーが掴んで引きずる。そのまま彼らは四階の資料室の梯子階段を使って屋根裏に行くと、明り取りの天井窓を押し上げて屋根の上に出ていった。
緩やかな傾斜が付いた屋根から転がり落ちないように、即座にバリーが結界を張る。
同じようなことを考えたのか、近隣の住民もより高い場所から見ようと、倒壊を免れた屋根や街路樹の上に上っている。
「もう、広場に降りてますよ。見逃した、残念だなぁ」
帝都のメインストリートがある第三区は特に被害が大きかった場所だった。今日のために瓦礫が取り除かれた広場に、グリフから降り立った王子が立っている。魔竜ハイドラの皮革で作られた黒い長衣と、顔半分を覆う黒いヘルム。軍神カイの刻印を刻んだ白銀のマントが王家であることを示していた。
「ふわぁ…素敵」
エミーが溜息を漏らす。
「素敵って…顔なんか見えないだろ」
可愛い同僚が王子に見惚れていることが面白くなかったのか、オリヴァーが茶々を入れる。
「だって、あんなに沢山の魔竜の皮革使って…物凄く贅沢でしょ。売ったら幾らになるのかしら」
両手を組んでエミーがほうと吐息を吐く。
「そっちかよ!」
思いもよらない返事にオリヴァーが素っ頓狂な声を上げた。呑気な二人のやり取りに、イオニスは思わずしっかり者の姪のことを思い出していた。アリーなら目の色を変えて、即座に皮算用を始めるだろう。
(あの子は見た目に反して守銭…いや、がめ…)
これ以上は姪をけなすことになりそうで考えることをやめた。
(それにしても…)
遠目にウィルフレッド王子を眺め、イオニスは「よくやる」と小声で呟いた。ハイドラを纏い、王家に伝わるマントを羽織れば、誰もがそこにいるのが本人だと疑うことなく傅くのだ。
広場では先に黄金の輿を下ろした神官たちと、黒翼聖獣隊の聖獣騎士たちが何か揉めているようだった。先に広場に到着した神官たちは、巫女たちに輿の周りに花を飾らせ、祈祷台のような物を用意しようとして、聖獣騎士たちに止められていた。
「どうしたんでしょうかね」
バリーが怪訝そうに首を傾げる。
「神官連中としては、この観衆の中で大仰な神事でも披露して、神殿主導だと見せつけたいんだろうよ」
いくら神代級の聖遺物だとはいえ、神輿に乗せて練り歩くなど馬鹿げている。イオニスの吐き捨てるような言葉に、副ギルド長も納得する。
「なるほど、ハンネス大神官はよほど王家に恩を売りたいんでしょうね」
軍神カイの直系であるアイゼアの一族は、この二十年ほど前から神殿と距離を置いている。現帝王ハロルドの兄であり、当時の王太子ジリアンの暗殺に、神殿兵の一人が関わっていたという噂があった。真偽のほどは定かでないが、異教徒と婚姻を結んだジリアン王子を異端者と謗る狂信者たちがいたことは事実である。
「王家に恩をというよりも、大神官はお嬢様のフェネス様をウィルフレッド殿下の妃候補の筆頭にしたいのではないですか?国内外から王国貴族の姫君たちを候補として呼び寄せながら、結果は決まっているという話ですもの」
アデラは巷に流れる噂を口にして、琥珀色の瞳を眇める。
「でも、カノス国のアリーヤ姫や西イルティアのブリアンナ王女も有力候補ですよ。物凄い美人さんだっていうじゃないですか」
エミーが会話に参加してきた。ウィルフレッド王子のために後宮が開かれる話は、帝都の女性たちにはもっとも重要な話題の一つのようだ。
「それで言えば国内最大派閥のアーテル公爵家のクラリッサ姫も、最有力候補でしょう。リュミエラ王妃様の姪御様ですしね」
「でも、従姉妹は血が濃すぎるから…」
エミーが言い返そうとするのを、オリヴァーが制止した。
「ほら、始まりますよ」
そう言って彼は身を乗り出す。
聖獣騎士たちが神官たちを広間の隅に押しやり輿の蓋を開いていた。一人の騎士が中から聖遺物を取り出して、恭しい態度で王子に捧げるところだった。
遠目にも虹のような光が漏れているのが分かる。ウィルフレッド王子は片手でぞんざいにそれを掴むと、もう一方の手で大きく円を二度描いた。
広場に二重の魔法陣が浮かび上がる。王子の手の動きと共に、外側の円の中に広場にいた神官や巫女、神殿兵が等間隔に引き摺り込まれていく。
「うわ、強制参加ですか。さすがに神代級ともなると、王子一人の魔力では心許ないんですかね」
異様な光景にバリーは眉を顰めた。
「ここで失敗するわけにはいかないからな」
王家や神殿に思うところはあっても、イオニスも『リビル』が無事起動し、復興が進むことを願っていた。
慌てている神殿関係者を無視して、聖獣騎士たちは内側の円陣に並ぶと、腰の剣を抜いていっせいに足元の地面に突き立てた。
それを見届けて、ウィルフレッド王子は聖遺物『リビル』を両手で高く掲げた。
魔法陣が光りながら空に浮かび上がり、陣の中の人間から青白い何かが抜け出して聖遺物に集まっていく。
可視化された魔力だろうと分かった時には、巫女や神殿兵などわずかな魔力しか持たない者から倒れていった。神官たちはもう少し持ちこたえたが、聖獣騎士たちの放つ強い魔力の光には及ばなかった。
剣で体を支えていた騎士たちですら半数が片膝を付いた頃、ウィルフレッド王子は自身の強大な魔力を開放して聖遺物に注ぎ込んだ。
すると、まるで暴走するように虹色の光が溢れ出し、次の瞬間世界が真っ白になった。
神の世に作られた伝説の聖遺物が起動したのだ。
観衆の悲鳴も自分の吐息さえ聞こえないその中で、イオニスは圧倒的な力の開放に倒れないよう、両足に力を込めて耐えていた。
一瞬、世界が大きく揺らいだ。
同時に何かが軋むような音が地の底から響き、やがてずれていた歯車が噛み合うように、世界は静かに動き出した。




