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守銭奴王女と廃神殿2

 翌朝、五人の若者が目覚めると周囲は朝日に照らされたように明るくなっていた。


「え、どういうこと?」


 ダンジョンの中で初めて自然光に近いものを感じて、ジェイダが驚く。


「もう朝か、うむ?朝なのか?」


 勢いよく飛び起きたブランドンが、癖の付いた短い赤毛を掻きながら周囲を見渡した。


「いや、ここダンジョンの中だから…おかしいよね?」


 小柄な少年魔導士も不可解そうに眉を寄せる。


「ダンジョンの中でも、草原や海のフィールドもあるから明るくても不思議じゃないが…」


 焚火に鍋を掛けながら黒髪の冒険者が疑わし気な視線をアリーに向けた。


「何も知らないわよ!」


 まるで『お前のせいか?』とでも言いたげな表情に、アリーは両手を振った。その傍で赤い花のハニワがバタバタ両手を上げ下げしていたが、結局何も言わずに大きなため息を吐いた。


「なんでため息?」


 ハニワの頭に手を乗せてアリーが問いただすが、ハニワはさらに大きなため息を返すだけだった。


「でも、良かった!あの暗さでずっといると気が滅入ってしまうもの」


 ジェイダは単純に暗闇から逃れられたことを喜んでいた。


「そうだな、変動中のダンジョンだ。何が起こっても不思議じゃない」


 ヴォルフは頭を切り替えたように続ける。


「まずは周囲の地形を調べて、このダンジョンの手掛かりを探すとしよう」


 いつの間にかヴォルフがリーダーの役目を果たすようになっていたが、みな自然にそれを受け入れている。もともと、帝国の学生たちの案内兼護衛として同行してきた冒険者だが、アリーも短い付き合いの中で彼の実力を認め、信頼しはじめていた。


 軽い朝食を済ませてから手分けして調べた結果、彼らがいる場所は小さな島の上であることが判明した。


「演習場三つ分くらいの広さだな」


 あっという間に終わった調査に拍子抜けしながらブランドンが言う。


「そうなの?」


 アリーにはよくわからない表現だったが、視界を塞ぐ物がなければ端から端まで見渡せそうだ。廃神殿がある場所が一番高く、そこから緩やかな勾配が島の端まで続いている。崩れた神殿とそこに向かう柱が並ぶ道以外に建造物はなく、岩と枯れた低木だけの寂しい荒れ地だ。


「何もないけど、危険もなさそうね」


 切り立った崖から眼下にある水面を眺めてジェイダがほっとしたように言った。島の一番低い場所でも水面との差は建物一つ分の高さがある。波がちゃぷちゃぷと岩場に打ち付け、時折何かが大きな波飛沫をあげて遠くを泳ぐ音だけが響いている

「シェルターを使っているから、外から魔物が侵入することはないけど、安全かどうかはまだ分からないわよ」


 アリーの警告を帝国の少女は「怖いこと言わないで」と笑って返す。一見、穏やかな光景にすっかり気が緩んでいるようだ。


「潮の匂いがする。ここは海のダンジョンに近いな」


 ヴォルフは岩で覆われた高い天井を見上げ、それからどこまでも続く水平線に視線を移した。


「ずいぶん広いのだな」


 目を凝らして遠くを眺めながらブランドが呟く。


「騙されるな、幻影だ。本当の広さは見ているだけじゃ分からないぞ」

「そうなのか、ひょっとしてこの海自体もただの幻覚なのかな?」


 興味深そうにニコラスが崖の淵ぎりぎりまで進んで下を覗き込んだ。


「あ、見てみなよ。小さい魚みたいなヤツが沢山岩に張り付いている。あれ、何だろう?」

「あまり身を乗り出すと危ないわよ」


 アリーが声を掛けた時、いきなりジャンプしてきた何かが少年魔導士の頭に向かって大口を開く。長く太い胴体に鋭い牙を持つ大海蛇だ。


「おい、気をつけろ!」


 咄嗟にヴォルフがニコラスの襟首を掴んで後ろに引っ張り、片手の剣で大海蛇の首を切り落とした。

「きゃああ!」


 ジェイダの悲鳴に、アリーの叫びが重なる。


「いやああ、勿体無い!」

「うぬ?」


 ブランドンが振り返った時には、アリーはハニワたちを捕獲した際に使った網を投げて、水面に落ちていく大海蛇をキャッチしていた。ふーふー言いながらアリーは網を引っ張る。すぐにヴォルフが手伝いに行くが、予想外の重さになかなか引き上げることができない。


「見てないで手伝って!早く!」

「お、おお!」


 アリーの剣幕に押されたのか、そばにいたブランドンが慌てて網をひっぱりだす。


「ア、アリー、それ。どうするの?」


 おぞましそうに後退りながらジェイダが聞いてきた。


「食べるに決まっているでしょ。白身で濃厚な味がするのよ」

「え、本気なのか。僕はそいつに食べられかけたんだけど」


 ニコラスも身震いしながら呟く。


「これはね、魔力の高い餌が大好物なの。ニコラスを狙ったのも、そのせいなのよ」


 アリーの説明に、魔道士の少年は「へ~」と満更でもなさそうな顔をする。


「だから、これの肉にはたっぷり魔力が含まれていて、魔力の回復薬代わりになるの。それに、なによりも高級食材なのよ!ラハブって聞いたことあるでしょ。一キロ、金貨一枚で売れるんだからね!」


 更なるアリーの説明に、ジェイダはショックを受けたように両手で口を押さえた。


「あの美味しい肉の正体がこれなの?嘘?やだ、信じられ…」

「いいから手伝え~!文句は後で聞いてあげるから!」

「あ、はい」


 アリーの気迫に押されて、ジェイダとニコラスも急いで手伝い始めた。


 ハニワたちも加わって引き上げられた大海蛇は、直径二メートル、長さは二十メートル近かった。


「こんな大物は滅多にお目に掛からないな。数百年は生きていたんじゃないか?」


 ヴォルフが遣り切ったようにラハブの胴体に足を掛けて腕を組む。冒険者の彼は当然このモンスターの価値も味も熟知している。


「魔力含有量も凄いわ。すぐに下処理しないと。ヴォルフ、皮剥ぎできる?」


 呆然と見守る帝国の学生たちを尻目に、二人の冒険者はうきうきと作業を進める。


「任せろ。肉の処理は頼むぞ」


「血抜きは大丈夫そうね。内臓を抜いたらすぐに輪切りにして、冷凍保存にするわ」


「うええええ」


 ニコラスが皮を剥がれていくラハブを見て、気分悪そうに口を押さえる。ジェイダに至っては遠くの柱の影で隠れてしまった。ブランドンだけは逃げることを許されず、アリーに命令されるまま太い胴体を大剣で輪切りにしていった。

 やがて、白い切り身にされたラハブが魔道具のコンロで炙られると、周囲には香ばしい匂いが漂っていった。


「鶏肉と白身魚の中間みたいな上品な味わいね」


「さっぱりしているから、どんどん食べられるよ。しかも、体の奥から力が漲ってくるような…」


 はふはふと焼きたてのラハブに舌鼓を打つジェイダとニコラスに、ヴォルフが呆れたような視線を向ける。


「お前ら…」

「すまんな、我々はこういう事に慣れていなくて…」


 ブランドンが恐縮して謝罪を口にする。それを聞いてジェイダたちも居住まいを正し、二人の冒険者に頭を下げた。


「役立たずでごめんなさい」

「僕も…次からはちゃんと手伝うよ」


 アリーは苦笑を漏らして頷いた。


「嫌でもこれからサバイバルが始まるんだから、少しずつ慣れていけばいいよ。この先、ラハブみたいな獲物を獲って、食いつないでいかないと…」

「そうか、そうだな。誰も助けてくれない、みんなで協力しあうしかないのだな」


 噛み締めるようなブランドンの言葉に、ジェイダとニコラスはようやく現実に直面し、覚悟を決めたように頷いた。


 その日の午後から本格的な寝場所を作るために、みな忙しく働くことになった。場所については、海からの襲撃に備えることを考え低地から離れた島の真ん中、昨夜の野営地が一番適していると判断された。

 魔道具の焚火を真ん中に、横倒しになっていた石柱を移動させ、広い空間を作る。それから石柱を材料にして、二つの石造りの部屋を建て、お互いから見えないように側面に入り口を設置することになった。


 土魔法の使えるアリーとハニワたちが建物の大半を作成し、ニコラスとジェイダがその補助に回る。その間にヴォルフとブランドンが、部屋と部屋の間にみなで食事ができる大きなテーブルと炊事場を用意した。

 二日ほどの突貫工事でなんとか住環境は整った。その後、それぞれの部屋の天井にヴォルフが光属性の魔方陣を刻んで、呪文だけで点灯する照明を設置した。

 問題の水周りに関しては、部屋の背後に小部屋を二つ用意して、シャワー室とトイレにした。こちらも水魔法の魔方陣を用いて、呪文だけで使えるようにしたが、使用済みの汚水をどうするかで議論になった。


「排水路を作って、下の海に流せばいいだろ」


 ヴォルフの意見に他の男たちが同意する。


「絶対にいや!その汚れた水を浴びた魚を食べるのよ」


 ヴォルフの言葉をジェイダは頑なに拒絶した。彼女の主張も理解できるので、ニコラスは微妙な顔をしている。


「それなら汚水タンクに簡易トイレの魔方陣を応用すれば、自動的に浄化してくれるんじゃないかしら」


 アリーが手持ちの魔道具を思い浮かべて提案してみる。


「二十年ほど前に開発された冒険者用の魔道具だね。長期滞在するパーティの必需品だって聞いてるよ。持っているの?」


 とたんに目を輝かせてニコラスが食いついてくる。


「え、ええ。ただ、個人用だからみんなで使うのはちょっと…。だから、固定トイレに水洗と浄化の両方の陣を刻めばいいと思うんだけど」


「それ、僕にやらせてもらえるかな」

『ニコ様、手伝うヨー!』


 ニコラスの隣で水色の花のハニワが張り切ってクルクル回る。魔道具好きのニコラスにすっかり懐いたハニワは、感化されたように興奮気味だ。

 この数日で、面白いことにハニワたちは少しずつ個性が出てきていた。

 ブランドンのそばにいる黄色の花のハニワはどっしりと構えて生真面目そうになり、ヴォルフの後をついて回る紺色の花のハニワはどこかクールな雰囲気になった。アリーのそばで赤いハニワがニコラスに短い手を差し出す。


『簡易トイレが見たかったら、大銅貨一枚ヨー。乙女の秘密ヨー』


 相変わらずというか、なんというか、赤いハニワはぶれることなくがめつかった。

 ともあれ、後はこの隔絶された空間から脱出する機会を待つだけだった。


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