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守銭奴王女と廃神殿1

誤字報告、本当にありがとうございます。

機能が素晴らしく進化していて感動しました。

 その夜、焚火を囲んでみんなで食事を取った。ほとんどの食材はアリーがダンジョン用に備蓄していたもので、幸いなことに節約すれば数週間は持ちそうだった。


「帝国に行ったらまとめて請求するから、存分に食べてね」


 ホクホク顔で守銭奴王女は、焚火にかけた大鍋に刻んだ肉と野菜を放り込んでいく。


「ムカつくほど役に立つ奴だな、お前は!」


 黒髪の冒険者が自分の荷物から岩塩を取り出し、ナイフで削って鍋の味を調える。二人の手際の良さに学生たちはただただ眺めているしかなかった。


「それにそのアイテムバッグの容量はおかしいだろう」


 ヴォルフに責めるように指摘されたアリーは、肩を竦めてネタばらしをする。


「だって、持っているのが一つだけなんて言ってないでしょ」


 彼女の背嚢には、用途別に複数のアイテム袋が収納されている。


「母の仲間に凄腕の魔道具技師がいるの。私がソロで活動できるように、アイテムバッグを改造してくれたのよ」

「凄いね、そんな技術聞いたことないよ。ぜひ師事したいよ!」


 興奮して言い募るニコラスに、アリーは首を横に振った。


「その人も母と一緒に行方不明中なの」

「あ…ごめん」


 無神経なことを言ったと小柄な少年は表情を曇らせる。


「まあ、外の人間からすれば俺たちも行方不明中だ」


 薄く削いだピギラの肉を炙りながらヴォルフがボソっと呟くと、アリーも苦笑いを浮かべて「確かにね」と頷いた。


「しかし、こんな状況でも腹が膨れると安堵するな」


 炎に手を翳してブランドンが明るく言った。


「ええ、それに焚火を見ているとなんだかほっとするよね」


 体が温まりようやく人心地がついたのか、ジェイダが片手で口を覆って欠伸をかみ殺す。


「これにはそういう効果がある」


 焚火を提供したヴォルフが説明する。ギルドの魔道具の『焚火』は、複数の魔法陣を重ねて描くことで本物の薪が燃える炎と音、匂いまでもが再現されている。


「長時間、ダンジョンにもぐっていると精神的にきつくなってくる。これは精神の安定と癒しの魔法も刻まれている。ついでに炎の明かりが届く範囲なら弱い魔物は近づけない」


 当然、これだけでは結界の役割にはならないので、防御陣を用いたり魔物除けの魔道具を駆使したり、幾重にも守りを堅くするのが賢い野営のやり方だ。


「ヴォルフは俺たちと歳が近いのに、知識も経験も随分と豊富なのだな。誰かに師事したのか?」


 感心したようにブランドンが冒険者に聞く。アリーから見ても、ヴォルフは熟練の冒険者に見える。しかし、そんなスキルは一朝一夕に身につくものではない。


「俺の養父も冒険者だ。物心ついた頃には一緒にダンジョンに潜っていた」

「それじゃ…本当のご両親は?」


 痛ましそうに口元を抑えてジェイダが尋ねるが、ヴォルフは淡々と呟いた。


「魔物にやられたらしい。親父に拾われた時には生き残りは俺だけだったと聞く」


 それはどこにでも転がっている悲劇で、むしろヴォルフは幸運だった。おそらく養父という人物は、かなりランクの高い冒険者の上、血の繋がらない息子をここまで育て上げる度量があったのだ。


「運が良かったのね」


 アリーの素直な感想にジェイダが「そういういい方は…」と眉を寄せる。しかし、当人は珍しくにっと笑ってみせた。


「俺もそう思う」


 ヴォルフも正しくこの世界の苛酷さを知っているのだろう。大国の限られた地位や地域にいる者たちだけが、安穏と暮らせる世界。一歩外に出れば、魔物の脅威や人間同士の紛争、貧困や飢餓がそこかしこに根付いている。

 そんな中で彼は新しい保護者に拾ってもらえたのだ。これが幸運といわずどういえばいいのだろう。


「ヴォルフもアリーも、冒険者としては英才教育を受けているというわけだね。帝国の学園で学ぶより、ずっと有意義そうだ」


 ニコラスは少し羨ましそうだった。


「チビの頃は命懸けだったけどな」


 何かを思い出したようにヴォルフがげっそりとした口調で首を振った。

 温かなお茶を飲みながらアリーはパチパチと爆ぜる炎を見つめる。ここからが正念場だと彼女は理解していた。長期になればなるほど、精神的に追い詰められていく。


「真面目な話、ダンジョンの深層まで潜るパーティは、可能な限り地上と同じサイクルで活動している。十分な睡眠時間と休憩を挟むことで、過酷なアタックが可能になる」


 アリー同様にダンジョンを熟知している冒険者が、学生たちに向かって話しかけた。


「この場所にどれくらいの期間閉じ込められているのか不明だ。変動が終わればどこかのダンジョンと繋がるかもしれないし、元のダンジョンに戻されるかもしれない。諦めずに生き延びることだけを目指すぞ」


 学生たちが頷くのを見て、アリーは背嚢を枕に横になった。


「そのためには体力回復よ。ハニワたちが見張りをしてくれるから安心してね」


 休める時にしっかり休むのも、冒険者の鉄則だ。彼女に倣って横になった学生たちは、暫く寝返りを打ちもぞもぞしていたが、やがて深い眠りに引き込まれていった。最後まで炎を眺めていた冒険者も、折れた石柱に凭れて目を閉じた。


 疲れ果てた若者たちの寝息が静まり返った空間に聞こえてきた頃、アリーは物音を立てないように起き上がった。『焚火』がゆらゆら踊るさまを横目に、彼女はそっとその場から離れていく。


『アリー様、どこイクー?』


 赤い花のハニワが音もなく近づいて話しかけてきた。アリーは振り返りながら人差し指を立てる。


「しーっ」


 ハニワは短い手を片方だけ挙げて了解した素振りを見せると、アリーの後を追ってくる。しばらく歩き、いくつもの石柱が折り重なる場所に着くとようやく彼女は足を止めた。


『掌光』


 呪文の唱和とともに拳大の光の玉が浮かび上がる。ぽわぽわと柔らかな光に周囲が明るく照らし出された。倒れた石柱の間を暫く歩き、一回り細い柱や四角く切り出された石が重なっている場所に辿り着く。


「ここが祭壇の跡かしら」


 跡形もなく崩れた祈りの場に胸が痛む。この世界を創られた七柱の神のうち、六柱の神々はその存在を軽んじられ、多くの神殿が破壊されている。ここもその一つだったのかもしれない。


「やっぱり…かなり古い神殿のようね。最高神をお祀りしていたのかしら?」


 割れた石板の欠片に触れてアリーは小さく呟いた。神々を祀る神聖な場所ならば、必ずその神力の残滓が残っているはずだ。しかし、この廃墟にはもう何もない。


「それとも最初から空っぽだった?」


『チガウヨー』


 アリーにくっ付いてあちこちウロウロしていたハニワが、不意に彼女の言葉を否定した。


「ハニワちゃん、何か知っているみたいね?」


『し、知らないのー。ゼッタイニヒミツなのー』


 困ったように両手を上下させて赤い花のハニワは答える。


「それって…禁忌ってこと?」


『それもヒミツなのー、言わないノー!』


 神の使途である精霊たちは神代の頃からの記憶があっても、それらを語ることは禁じられているらしい。だとすれば、この朽ちた神殿には秘するべき曰くがあるというのだろうか。


「大銀貨一枚で教えてくれない?」

『ダメなのー、大金貨一枚でもヒミツなのー』


 そっぽを向いてハニワは拒絶する。


「え~、じゃあ白金貨一枚」


 白金貨一枚は100万メド…庶民が五年暮らせる金額だ。


『白金貨!』


 聞いたこともないような大金に、ハニワは動揺してぐるぐる回る。


『でも!ヒミツなのー!神様との誓約ナノー!』


「そう、じゃあ仕方がないわ。どっちにしてもそんな大金持ってないけどね」


 あっさりとアリーは言い放って肩を竦める。


『酷い!アリー様、純情なハニワ心を弄んだノー!』


 揶揄われたと知ったハニワがアリーの背中をポカポカ叩く。


「この私にそんな財力あるわけないじゃない。あっても腹の足しにもならないことに1メドだって使わないわよ」

『モー、モー!アリー様のドケチー』


 なおも殴りかかるハニワの頭を掴んで、アリーは笑った。


「ずいぶん…楽しそうだな」


 その時、呆れたような声が柱の後から聞こえ、アリーは振り返った。闇に溶けそうな黒髪をかきあげながら、ヴォルフが眠そうな顔で立っていた。


「起こしちゃった?」


「いや…だが、あまり一人で行動するな」


 心配してくれていたのだろう。そう思い当たり、アリーは素直に謝った。


「ごめん、ここに祀られている神様が分かれば、手掛かりになるかと思って…」

「それで何か分かったのか?」


 アリーは横を向いているハニワをちらりと見てから、首を横に振った。


「古すぎていつの時代の様式かもわからなかったわ」

「ゆっくり調べればいい。時間だけはありそうだからな」


 それだけ言うと冒険者は背中を向け、彼女が後をついて来るのを待っている。アリーは崩れた祭壇のあたりを振り返ると、「ちょっと待って」とヴォルフに断りを入れた。

 そして、光の玉を指で払うようにして消すと膝を付き、胸に右手を添えて祈った。


「名も知らぬ尊き神よ。この地へ我々をお導き下さりまして、ありがとうございます。神の御座所がこのように荒れ果て、祈る者も不在であったことを、かつての神徒に代わりましてお詫び申し上げます。この地を去るその時まで、わたくしアリアンナ・ランゼリアが祈りを捧げることをお許しください」


 頭を垂れ祈る少女に答えるように、彼女の上着のポケットから銀色の長い髪が滑り落ちた。それはまるで意思を持っているようにゆらゆらと漂うと、やがて瓦礫の間に吸い込まれていった。


『…!!』


 赤い花のハニワが驚いて飛び上がるが、両目を閉じて俯いていた少女は、その神の御業に気付くことはなかった。


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