守銭奴王女と呪われた天幕2
『アリー様、行くヨー』
いつのまにかジェイダの腕から逃げ出した四体のハニワたちが、アリーの前に並んでいた。
「行くって、あの呪われた天幕に行く気なの?」
『まかせるヨー』
『魔力吸い取るヨー』
クルクル回りながらハニワたちがやる気を漲らせている。
「あなたたち、そんなことできるの?」
思いがけない申し出に、アリーはハニワたちを見渡した。
『魔力、ヴォルフ様のだから平気ヨー』
「なるほど、魔道具から魔力を抜いて元に戻すということか」
冒険者が納得したように腕組みで呟く。
『でも、タダじゃないヨー』
「だと思ったよ!」
悔しそうに吐き捨てるヴォルフを、ブランドンが「致し方あるまい」と宥めた。その間にハニワたちは一列になって笑い声が漏れる天幕に向うと、周りを取り囲んで短い両手を上下させながら、くるくる踊り始める。
『ランタッタ、ランタッタ~、フンガフンガ~』
気の抜けるような歌声の合間に奇声が聞こえてくる。
『ギョハハハハ~』
『グエエエエ!』
陽気な歌に乗ってハニワたちがくるくる回る。
『ルンタッタ、ルンタッタ、フフンフン~』
くるくる、くるくる、くるくる踊る。
『ギュエエエ!』
次第に天幕の声は苦しそうな呻きに代わっていく。
『ソレっ、フンガフンガ、フンフン!』
一方のハニワたちは絶好調で、回りながら飛び上がり、また回っている。
「笑っていいのか、怖がっていいのか、微妙だな」
黙って見守っていたヴォルフがぼそっと呟く。
「笑っちゃ駄目でしょ。でも…」
アリーは視線を逸らして必死で緩みそうになる口元を引き締めた。帝国の学生たちも俯いたり、耳を塞いだり、ハニワたちの戦いに水を差さないように努力している。
程なくしてあれほど禍々しい存在感を誇っていた天幕が、プシュンと空気が抜けたように元のサイズに戻っていった。
『終わったヨー』
『もう大丈夫ヨー』
『過酷な戦いダッタヨー』
『ダカラ報酬ヨコセー』
誇らしげに意気揚々と引き上げてくるハニワたちを、少年少女たちは拍手で労った。ヴォルフはずいぶん軽くなった財布を掴みだすと、覚悟を決めたように尋ねた。
「今回ばかりは言い値で払う!幾らだ?」
酒以外には締まり屋の冒険者にしては思い切った発言だったが、ハニワたちはいっせいに筒状の体を横に振った。
『お金はいらないヨー』
「え!そうなの?がっちりせしめるチャンスなのに?」
驚いて反応するアリーに、ヴォルフが「おい!」と片手で突っ込みを入れる。
「せっかくタダでいいって言っているんだ。余計なこと言うな」
「だって、勿体ないじゃない。言い値でいいなんて…こんな素敵なセリフ、私も一度でいいから言われてみたいわ」
両手を組み合わせてうっとりするアリーに、ヴォルフは呆れて半眼になる。
「お前にだけは絶対言わないと決めた。身包み剥がされそうだ」
「私だって剥がしがいのありそうな人を選ぶわよ、ケチ剣士」
「誰がケチだ!」
「ケチじゃないなら、さっきの素敵なセリフを私にも囁きなさいよ」
「誰がその手に乗るか、この業突く張り」
「業突く張りじゃないわよ、ただの熱狂的なお金の収集家よ!」
いつまでも続く締まり屋と守銭奴の攻防をよそに、ブランドンがハニワに聞いた。
「それでは何を報酬にすればいいのだ?」
ハニワたちは恥ずかしそうに体をくねらせると、剣士の問いかけに答えた。
『まだヒミツヨー』
『ナイショナノー』
『ナノー』
「む、そうなのか」
首を傾げながらブランドンは近くにいたハニワの頭を撫でる。
「ともあれ助かった。ありがとう、ハニワたち」
朴訥とした剣士の言葉に、アリーとヴォルフも言い合いを止める。
「よくやったな、お前たち」
ヴォルフの偉そうな感謝の言葉に呆れながら、アリーはハニワたちを抱きしめた。
「ありがとう、みんな」
その時、彼女は初めてハニワたちの状態の悪さに目を見開くことになった。ダンジョン大変動に巻き込まれてから、長い間海水に浸かり、凶暴な怪魚に打ちのめされたボディはボロボロで、所々にひび割れがみられる。
「あなたたち…自動修復が効いてないの?」
思わず漏らした呟きに、赤い花のハニワが小さく手を振る。
『聖域、遠いヨー』
「そうか…そうなのね」
「どうかしたの、アリー?」
ジェイダに声を掛けられたアリーは、ハニワたちがフルフルと首を横に振っている様子を見て、顔を上げた。
「ううん、なんでもないわ」
そう言いながら、彼女は片手でハニワのひび割れた背中をそっと撫でた。