守銭奴王女と呪われた天幕1
まさか待って下さった方がいらっしゃるとは…
ありがとうございます。
変な場所で更新してしまったので、この話は1と2に分かれます。
「去年のことだ。ルヘス坑道にモンスターの異常発生が起きて、帝都ルードのギルドに所属する冒険者たちに緊急討伐要請が出された」
天幕から離れた場所に座り込むと、ようやくヴォルフは説明を始めた。
ルヘス坑道は古い鉱山がダンジョン化したもので、帝都に近い場所にあることもあり、定期的に調査隊が送られていた。
一年前、その坑道で飛翔系モンスターのスタンピードの兆しが見つかったのだ。放っておけば帝都にも危険が及ぶ。二百年前の『暴虐の門』の恐怖は、いまだに生々しく語り継がれているため、三百人近い冒険者がチームを組んで、交代で坑道に潜ることになったのである。その際、普段はソロのヴォルフも幾つかのパーティと一緒に行動していた。
「とは言え、所詮初級者向けの攻略され尽くしたダンジョンだ。マップも頭に入っているし、モンスターも数が多いだけの雑魚ばかり…と、みんなどこか慢心していた」
臨時で組んだパーティでひたすら向かって来る吸血系のブラッドバッドや、巨大な蚊に似たモスキラーを切り伏せながら、長い坑道を進んでいった。退屈だが時間ばかりかかる討伐に、飽き飽きし始めた頃、不意にマップにない縦穴からハーピーの群れが沸いて出たのだった。
ハーピーは女の上半身に猛禽類の下半身という怪鳥である。ヴォルフが気付いた時にはその鋭い爪に肩を掴まれ、背後にポッカリ開いていた縦穴に引き摺り落されていた。
咄嗟に岩肌に剣を突き立てて落下の速度を下げ、途中で下層の横穴を見つけると、なんとか転がり込むことに成功した。しかし、そこは横穴ではなく、扉のない隠し部屋だったのである。
「扉がないって…どうやって出入りするんだ」
ブランドンの疑問も当然だった。
「あれはルヘス坑道にあったものじゃない。青いタイルの幾何学文様の床は、西イルティア様式だった」
ヴォルフの答えにアリーが息を呑む。
「まさか…三年前の大変動の名残?」
「多分な。そこで俺は全滅したパーティの遺品を見つけたんだ」
天井に光源石が嵌め込まれ、床にはモザイクタイルが敷かれたそこに、埃を被った三人分の荷物と冒険者タグが転がっていた。ダンジョンで見つけた遺品は、いったんギルドに届けるきまりになっている。遺族がいれば所持金やタグは届けるが、その他は見つけた者が装備や武器をひとつ受け取り、あとは友人や知人に形見分けされる。
その後、ヴォルフを救助に来た臨時パーティの仲間に手伝ってもらい、遺品は全てギルドに運ばれた。
暫くして、ギルドからの報告で遺品の持ち主が判明した。三年前に行方不明になっているベテランパーティ『双頭の竜』のものだった。メンバーは三十代の双子の剣士とそれぞれの妻、併せて四人。そのうちの三名の持ち物だったらしい。
「それから半月くらいしてギルド長からあの携帯天幕を渡された。発見者に権利があるとか何とか言っていたが、絶対に押し付けられたんだ。まさか、まだ天幕の中に元の持ち主が棲んでいるとは思わないだろ」
忌々しげにヴォルフは吐き捨てた。
「わかった、わかったから早く撤収してくれ。あの笑い声だけで頭がおかしくなりそうだ」
耳を塞ぎながらブランドンが大きな体を縮めて訴える。ジェイダはハニワたちを抱きしめて、アリーの背中に張り付いる。唯一、ニコラスだけがどこか嬉しそうに天幕を見ていた。
「あれは一度魔力を注いだら暫くあのままだ。だから、今回の依頼には持ってきてなかったはずなんだ」
責める剣士にヴォルフが言い返す。
「なにそれ凄いね!」
目を輝かせる小柄な少年を横目に、ジェイダが身震いする。
「おい、アレをなんとかできる魔道具なんか持ってないか?」
よほど困ったのか、ヴォルフが切羽詰った声でアリーに聞いてきた。
「無理、無理、無理!スケルトンもゴーストも平気だけど、あの半生のゾンビだけは生理的に無理なの!それに、敵意を持っていたら携帯天幕の結界に弾かれるでしょ?」
「あああ、そうだった!」
冒険者が頭を抱えて唸る。
「それじゃ、僕が行こうか?」
「はぁああ?」
「えええ?」
勢いよく立ち上がったニコラスを見上げ、ヴォルフとアリーは全く同じ反応をする。
「だってこんな機会、滅多にないよ。あの魔道具の中に、どうやったらゾンビ状態のままで棲めるのか、すごく興味があるんだ。ちょっと聞いてくる!」
「待て、待て!」
浮き足立つ魔道士の襟首を掴んで、冒険者が引き止めた。
「あれに関わったギルドの職員たちは一週間下痢続いたり、財布に穴が開いて小銭を落とし続けたりと、呪いを掛けられている。俺も三日間クシャミが止まらなくなった」
「なにその地味な嫌がらせ。呪い(笑)みたいな…」
しょぼい呪いに拍子抜けしてアリーが呟く。
「馬鹿、呪いを甘くみるなよ。最悪の場合、一瞬にして頭皮から髪の毛が抜け落ちるんだぞ!」
「なにそれこわい」
どう反応していいのか分からずアリーは棒読みで呟く。
「あっ、ひょっとして!ギルドで会ったあのスキンヘッドの人」
心当たりがあるのかジェイダが恐る恐る尋ねると、ヴォルフは深々と頷いた。
「元はふさふさの金髪だった」
「なんと、惨い!」
ブランドンが合いの手を入れるように声をあげる。
「俺は別にスキンヘッドが嫌なわけじゃない。長い間、一緒に苦労し戦い、その末に儚く散っていく髪の毛たちには、敬意を表して見送ることができる。が、呪いで一瞬にして毛根まで叩き潰されるなど、あまりにも理不尽だ!」
両手を握り締め、珍しく熱く叫ぶ冒険者にアリーは醒めた視線を送る。
「禿げたくないだけじゃない」
「うるさい。女性のギルド職員はいっきに十キロ体重が増えた例もあるそうだぞ」
「やだっ!マジで怖いわ!」
今度の例はアリーでも震え上がった。十キロ太ったら着ている服のサイズが合わなくなって、買い換える羽目になる。そんな無駄遣い、絶対に避けたかった。
「で、行くのか?」
確認するように浮かれていたニコラスに尋ねると、魔道士の少年は怯えているジェイダの顔をチラリと見て首を横に振った。
「やめて…おくよ。残念だけど、すっごく残念だけど…」
ニコラスの賢明な判断に、ヴォルフとアリーが無言で頷く。