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守銭奴王女、現世に戻る

ご感想等、ありがとうございます!

「おお、成功したのか!」


 ブランドンの声でアリーは我に返った。


「良かった、ちょっとだけ覚悟してたよ」


 ニコラスが呟き、ジェイダが涙混じりの声で「助かったの?これ夢じゃないよね」と確認している。

 一か八かの賭けは成功したのだ。アリーは周囲を見回してほっとする。センカイバの口の中は、どこかのダンジョンの一部と融合しているようだった。

 そこは朽ち掛けた古城か、廃神殿のように見えた。白い円柱が規則的に立ち並んだ空間は、舞踏会でも開けそうな広さだが、円柱の半数は風化し、中には崩れて横倒しになっているもあった。

 残された柱と天井には自然発光する光源石が散りばめられており、青白く周囲を照らしている。だが、その光の届かない場所はどこまでも暗く、遠くから何かが跳ねるような水音が聞こえていた。

 アリーは緊張で固くなった体から力を抜いて息を吐いた。すると左手を握っていたヴォルフが探るような視線を向けてきた。


「今、一瞬…ここにいなかっただろ」


「え、何を…」


 馬鹿なことを…と言いかけて、アリーは釣り人との邂逅を思い出す。だが、ほんの数秒前のことだというのに、彼女の脳裏から釣り人の顔の印象は削り取られるように消えていた。

 あれは幻覚なのか。

 それとも、大変動に巻き込まれた母を思うあまりに見た、都合のいい夢だったのか。

 自分自身を疑いながら右手を見下ろしたアリーは、指に絡まる長い銀糸に気付いた。その細い白銀から伝わる圧倒的な力に慄き、彼女は急いでポケットにしまい込んだ。

 あれは、夢ではない。

 確かに自分はあそこに行ったのだ、あの深神域…釣り人がそう呼んでいた場所に。


「おい」


 無言のアリーに焦れたようにヴォルフが手を引く。いまだに繋がれたままのそれに気付いて、アリーは急いで手を振り放した。


「ここ以外のどこに行けるって思うのよ」


 あの場所のことを口にするのは、何かを冒涜するような気がして、アリーはごまかすことにした。彼女自身、どこか信じられない気持ちが強かったのだ。ところが、不意にアリーの背中から声があがった。


『エ~!アリー様イッテタヨー』


『ソウソウ、あのシンシ…』


 背中にぶら下げたままだったハニワたちがいきなり核心をぶちまけようとしていた。


「どっせいいい!」


 王女にあるまじき声をあげて、アリーは網ごとハニワたちを放り投げた。『キャー』とか『ヒエー』とか、叫び声が聞こえたがこの際どうでも良かった。


「お、おいおい…あまり雑に扱ってやるな」


 ヴォルフが呆れたように言い、柱に引っかかったハニワたちを助けに行く。どうやらうまく話を逸らすことができたようだ。アリーは額の冷や汗を拭って、倒れた柱に腰掛けた。


「ところでこの大変動というやつはどれくらい続くんだ?」


 濡れた服の裾を絞りながらブランドンが聞いてきた。命の危機が去ったと実感した途端、ずぶ濡れになった全身が気になるのだから、現金なものである。


「短くて三日、長ければ半年くらい続くと聞いている。西イルティアで孤島ダンジョンが発生した時は…二ヶ月くらい安定しなかったようだ」


 雫が滴る黒髪を後ろに撫で付けていたヴォルフが答える。


「そんなに長く続くの?」


 ジェイダが驚いたように聞き返す。


「どれだけ続くかは運次第ね。とりあえず生き残ることができただけ儲けものよ」


 ブーツを逆さにして溜まった水を零しながら、アリーは帝国の少女を慰めた。


「そうだけど、そうだけどね。お風呂とか、着替えとか、その…」


 小声で呟くジェイダのそばで、ブランドンが「ああ!厠か。うん、厠がないのは困るな!俺達は平気だけど、女子は…」と大きな声をあげ、ニコラスに脇腹を殴られている。


「ブラン、ちょっと黙れ!」

「お前ら、食べ物の前にそっちの心配か?」


 暢気な帝国の学生達にヴォルフは苦笑し、アリーは腕組みして考える。


「とりあえず、土魔法で壁を作って個室を作るしかないんじゃない?こんな時に携帯天幕があれば便利なんだけど、あれすっごく高いのよね」


 何ヶ月も掛けてダンジョンを制覇するために開発された魔道具で、それを持てることが一流パーティの証と言われている。


「そんなに高いの?」


 ジェイダが興味を持って聞いてくる。


「帝都の貴族のお屋敷くらいの値段らしいわよ。信じられないでしょ?」


「え~、なんでそんなに高いの!」


 貴族の娘であるジェイダも驚いて声をあげた。同じ貴族でも彼女の家は裕福な商家に近い経済状態で、まともな金銭感覚を身に着けていた。


「ギルドが開発に何十年も掛けた魔道具なんだよ。開発費用が莫大で、いまだに元が取れてないらしい」


 ジェイダの疑問に答えたのはニコラスだった。


「ほう、その携帯天幕とやらには、それだけの価値があるということなのだな?」


 興味深そうにブランドンがアリーの顔を見る。


「そうね。天幕の周りには結界が張り巡らされて、モンスターが跋扈するダンジョン内でも見張りいらずで安心して眠れるのよ。特にダンジョンの深部を攻略するパーティには必需品といえるわね。それに持ち主の好みで、天幕の中に自由な間取りが作れるの。私のお母さんのパーティでは、天幕の中に居間兼台所とバストイレ。あとはそれぞれの個室、それと作業室を作っていたわね」


 アリーの説明に帝国の学生たちは驚嘆の声をあげるが、ヴォルフは「マジかよ」と呟いていた。


「お前の母親のパーティって、かなりの実力派じゃないのか。そこまで充実した携帯天幕ってなかなかないぞ」


「ふふん。どこかの金持ちのパーティと賭けをして巻き上げたって言ってたわ。凄いでしょ」


 胸を張って答えるアリーのおでこを、ヴォルフは呆れて指で弾いた。


「自慢するところが違うだろ。その徹底した守銭奴は母親譲りなのか。むしろ本当に凄いな!」


「いやぁ、えへへ」


「なんで照れている?褒めてねえだろ!」


 母親譲りといわれて喜ぶアリーには、どんな突っ込みも効かないようだった。



「ところで、アリーもヴォルフもソロで潜っている時、野営はどうしていたの?」


 ジェイダがふと疑問に思ったのか、二人に聞いてきた。


「個人用には『ツエルト』という魔道具がある。結界が張れる一人用の天幕だ」


 昨日、手に入れたばかりのアイテムバッグに手を突っ込みながら、ヴォルフが答える。


「実際は二人くらいは横になれるから交代で使うとするか」


 バッグから掴みだしたのは、楕円形の魔道具で冒険者はそれに魔力を通して地面に投げた。

 次の瞬間、アリーは大きな声で叫んでいた。


「持ってるじゃないの、携帯天幕!金持ちか!」


 彼らの目の前には、縦横二メートルほどの青い二頭の竜が描かれた豪華な天幕が現れていた。


「ち、違うんだ!いや、違わなくはないんだが、これは…」


 珍しく動揺したヴォルフが言い訳しようとする。


「これが魔道具なの?すごく綺麗!」


「ほう、いかにも高そうだ」


「本物を見るのは初めてだよ!中はどうなっているんだ?」


 帝国の学生たちも興奮して天幕に近づいていく。それを遮るように冒険者は立ちはだかった。


「よせ、中を見るな。後悔するぞ!」


「何をもったいぶっているのよ」


 責めるような口調で言いながら、アリーはヴォルフの腕を掻い潜って天幕の入り口を開いた。次の瞬間、彼女は無言で入り口の布をそっと元に戻した。


「あ~、これは駄目だわ」


 強張った顔で振り返り、アリーは両手で×を作る。


「え?なんで?」


 ジェイダが不思議そうに聞くと、アリーは感情のない声で答えた。


「うん。中にね、誰かが住んでいるよ。誰かというか、何か?」


「何か?」


 ニコラスも気になって聞き返す。そこでアリーは我に返ったように冒険者の胸元を締め上げた。


「ねえ、何で首のない人と、顔が溶けた人、あとお腹に穴が開いた人が、お茶しているの?そもそも首がなかったらお茶呑めないよね、お腹に穴があったらお茶零れるでしょ?ねえ!ねえ!ねえ!」


 がくがく揺すられながら、冒険者は両手を上げた。


「落ち着け、問題はそこじゃないだろ。だから、中を見るなと言ったんだ!」


 一気に言い切ったヴォルフは疲れたように肩で息をする。その直後に天幕の中から甲高い笑い声が聞こえてきた。


「キャアアアア!」


 ジェイダが悲鳴を上げて飛び上がり、彼らは慌ててそこから遠ざかった。

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