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守銭奴王女、殿で奮闘中

お久しぶりです。お待ちくださっていた方も、そうでない方も、読んでくださってありがとうございます。

 打ち寄せる波の中を脹脛まで海に浸かりながら、ヴォルフは先を急いでいた。先達するドグウのずんぐりとした姿が、時おり波飛沫で見えなくなる。


「足元に注意しろ。通路から外れたら、海に落ちるぞ」


 進んでいくに従って、波は荒々しくなり、気を許せばそのままさらわれそうになる。彼らに気付いた海の魔物たちが、襲い掛かろうと近づいてくるが、そのたびに攻撃モードのドグウが首を左右に振って赤い光で殲滅していく。


「ジェイダ、僕の肩に掴まって!」


 ニコラスが後を歩く少女を気遣って叫ぶ。足元が覚束なくなっていたジェイダは、その言葉に甘えて少しだけ高い位置にある少年の肩に手を置いた。恐怖で震えていた体は、今は腰まで濡らす波のせいで身震いしている。


「あ、ありがとう、ニコ」


 役立たずの自分が恨めしい。怪我をした友人たちを救いたい…ただその思いだけで、ブランドンやニコラスを巻き込んで、このダンジョンまでやってきた。

 ダンジョンのことなど、何も知らない素人だった癖に。いや、深く知ろうともしなかったのだ。自分たちは帝国の学園に通うエリートなのだと、どこかで驕っていたのかもしれない。


『怖いよ』


 涙と一緒に零れそうになる言葉を必死に呑み込むと、すぐ側から温かな何かが伝わってきた。


『大丈夫ヨー、お客サマ、守るヨー』


 それがピンクの花のハニワの魔力だと知って、ジェイダは目を見開く。あきらかにハニワの魔力が上がっており、花も大きくなっていた。


「お、お客様じゃないわ、私はジェイダよ。あなたの名前は?」


 恐怖を紛らわせるようにジェイダはハニワに話し掛けた。するとハニワは少し俯くようにして答える。


『まだ、ナマエないよー』

「え、そうなの?」

『ナマエ、昔はメラナ様がくれたー』

「今は違うの?」


 何気ない会話のつもりでジェイダは聞いたつもりだったが、ハニワは表情の変わらない顔なのに、どこか悲しげに見えた。


『メラナ様、いないよー。ずっといないよー』


 ジェイダにとって、戦神ルド以外の神々は馴染みがなく、幼い頃から邪神だと教えられてきた。しかし、メラナ神が創造したダンジョンを守るハニワたちにとっては、女神はもっとも大切な存在なのだろう。


「ファミ…ファミって呼んでもいいかしら?あなたのお花の色、家の庭に咲くファミルアによく似ているのよ」


 思わずジェイダは言っていた。


『ナマエ、ファミ?ファミ!ファミルアのファミ!』


 ピンクの花のハニワはくるりと回転しながら叫ぶ。嬉しそうなその姿に、ジェイダがほっこりした直後、一際大きな波が襲い掛かってきた。すると、ファミと名付けられたハニワがすぐさま土の壁に姿を変えて波を防ぎ、波に乗って迫ってきた大口の魚を土の槍で串刺しにした。


「あ、ありがとう。ファミちゃん、あなた体が…」


 礼を言うジェイダの横で元のハニワに戻ったファミの体は、一部が崩れてひび割れていた。


『ジェイはファミが守るヨー、平気ヨー』


 ハニワは上機嫌で歌うように答えた。


「平気じゃないよ、ファミちゃん。私のために無理しないで!」


 祈るように帝国の少女は訴える。しかし、ハニワはピンクの花を誇らしげに揺らして、くるくる回りながら答えた。


『ファミ、ちょっと強いヨー、平気ヨー』


 答えながら、ファミは次々と襲い掛かる魔物たちを蹴散らしていった。



「くそ、波が高い。視界が悪くて先が見えない!」


 ヴォルフは焦燥に駆られて叫んだ。闇が濃い。すでに腰の辺りまで海に浸かっている。それでも通路からはみ出さずに進めるのは、前を行くドグウという守護者の何らかの魔法なのかもしれない。

 そう思いながらも無事に出口にたどり着けるのか、熟練の冒険者は不安になってくる。


「ヴォル!出口はまだなのか」


 背後の仲間を庇いながら着いてくる剣士が叫んでいる。その答えを知りたいのは、彼のほうだった。


「おい!ドグウ。まだなのか?」


 自分の質問に答えてくれるとは思わなかったが、思わずヴォルフは小さな土人形に問い掛けた。


『ただいま、DNA解析中……解析継続中』


 彼の予想に反して、ドグウは平坦な甲高い声で答え、少しの間を空けてから続けた。


『解析終了、アクセス権を確認。登録終了。お答えします、次のステージへの通路はこれより時速5キロで直進、1分後に到着』


「ヴォル、ドグウはなんと?」


 土人形の声が聞こえたのか、ブランドンが尋ねてくる。


「駄目だ、言ってることが半分も分からん!ともかく、あと少しで出口だ!」


 ディーエヌなんとかとか、ジソクなんとかとか、ドグウの言葉の意味は理解不能だった。だが、出口が近いことだけは理解できた。


「よし、頑張ろう!」


 希望が見えたのか、ブランドンが気合を入れるように叫び返し、正面を睨んだ。が、すぐにその顔に愕然とした表情が浮かぶ。


「あれが…出口?ヴォル、あれは何なのだ!」


 剣士の声に冒険者は濡れた顔を袖口で拭い、目を凝らした。


「おい、冗談だろう?」


 彼らを待ち受けているモノを見上げ、ヴォルフは思わず足を止めて呆然と呟いていた。



 波は徐々に高く、激しくなっていく。ジェイダはニコラスの肩を片手で掴んだまま、何とか歩き続けていた。先を行く二人とは少し距離が開いたようだ。背後に続くはずのアリーの声も聞こえない。


「アリーは大丈夫なの?」


 しんがりを勤める少女を心配して振り返り、ジェイダは目を丸くする。ランゼリアのしっかり者の少女は、背後に迫るクラゲに似た大きな魔物を、魔力の矢で貫いているところだった。

 その手には奇妙な形の弓が握られていた。あれも聖遺物なのだろうかと、ジェイダは思わず見入る。


『アリー様は大丈夫、強いヨー』


 ファミは、横から飛び掛ってくる尖ったナイフのような魚たちを跳ね除けながら答えた。

 ジェイダの前ではニコラスが風の刃で魔物たちを切り刻ざみ、さらに先頭からはヴォルフとブランドンが剣を振るう気配が伝わってくる。


「そう…だね」


 自分以外はみんな強い。それが悔しくて、ジェイダは杖を握り締めた。自分だってみんなを守りたい、みんなの役に立ちたい。治療師の少女は強くそう願った。


「ジェイ、危ない!」


 不意にニコラスが振り向いて叫んだ。掴んだ肩から緊張が伝わってくる。魔術師の少年は右手を上げて風の刃を斜め上に撃つ。そこには大きくジャンプした棘だらけの魚が口を開いていた。

 ニコラスの魔法が魚を仕留める前に、その口からは勢いよく海水が噴出されていた。まるで水の槍のように、それは真っ直ぐジェイダを狙う。


「きゃっ!」


 思わず悲鳴を上げて体を縮める彼女の前に、小さなハニワが立ち塞がった。


『ジェイ、守るヨー!』


 水のナイフはファミの体にぶつかり、飛び散った。だが、ひび割れたハニワの体も限界を迎えていた。下からボロボロと崩れるように海水に落ちていく。


「ファミちゃん!」


 慌ててジェイダは両手を伸ばし、ハニワを抱き止める。


『ファミ、ジェイ守ったヨー、良かったヨー』


 ハニワは嬉しそうにそう言い残し、砂粒になって消えていった。ジェイダの手に残ったのは綺麗なピンクの花一つだけだった。


「いやあああ!」


 張り詰めていた糸が切れたように、ジェイダは泣きながら叫んでいた。



「いい加減にしなさいよ!」


 アリーは背後から追いかけてくるクラゲの一群に向かって怒鳴っていた。巨大なクラゲに矢を打ち込んだ瞬間、弾けとんだそれは無数のクラゲの集団に変わっていた。


「もうっ、鬱陶しい!」


 魔弓アクティスを構え、アリーはもう一度魔力を込める。この魔弓も七の森ダンジョンで入手したものである。七の森ダンジョンを作ったレトス神は、知と魔法の支配者であり、沢山の独創的な聖遺物をダンジョンに隠している。

 アリーの魔弓も、普段は右手の中指に銀色のリングとしてはめられているが、いざ魔力を通すと武器に変化する希少な聖遺物だった。しかも、使用者の魔力の量や質に応じて形を変えるという変り種だ。

 アリーの魔力で形作られたそれは身の丈ほどの白銀の弓であり、その全身には幾重にも光の輪が浮き上がっている。その一つ一つに神々の名前が刻まれているのだが、はるか昔の神代語であるため、現在ではランゼリア聖国の一部の者にしか読み解くことはできない。


「滅殺の劫火!」


 アリーは光の輪のひとつを矢のように魔弓アクティスにつがえると、短い呪文を載せて敵に放った。放たれた矢は無数の炎の固まりになって、追いすがるクラゲたちを焼き尽くしていく。

 彼女が使ったのは軍神カイの祝福であり、その力は炎の攻撃魔法に特化していた。核まで焼き尽くされたクラゲたちは、今度は分裂することなく消滅していった。


「いやぁあ!ファミ、死んじゃいやああ!」


 ほっとする間も無く、アリーはジェイダの悲鳴を聞いて走り出した。



 帝国の治療士はピンクの花を大切に抱えて泣いていた。それを小柄な魔道士の少年が痛ましそうに見ている。アリーは周囲を見渡し、ハニワたちの気配の大半が消えていることに気付く。


「あの子たち、頑張ってくれたんだね」


 彼らを守ってほしいと頼んだのはアリーだった。こうなることも分かっていた。それでも、悲しみはわいてくる。ふと、あの赤い花のハニワがどうなったのか、アリーは後を振り返った。

 すると背負った荷物の上に、なにやら動く物体が見えた。いつの間にか背中に乗っていた赤い花のハニワは、背後の怪魚たちに土の棘を飛ばしながら言った。


『アリー様、背中はマカセルヨー』

「ちゃっかりしてるわね、あなた」


 ちょっと呆れて、少しほっとして、彼女はジェイダに話し掛けた。


「ジェイ、大丈夫よ。ハニワちゃんたちは死んだわけじゃないの。依り代が無くなっただけで、元の神域に戻っているわ」


 もともと精霊に死という概念はない。ハニワとして使命を果たした精霊たちは、次のステージに進み、より強い個体として進化する時期を待つだけだ。


「でも、でも!もうファミちゃんには会えないじゃない!」

「ジェイ…」


 ニコラスが労わるように少女の背中を撫でた。


『アリー様、お花無事ヨー』


 背中のハニワがアリーの頬を後ろからツンツンとつつく。そこでアリーはジェイダの手の中の花に目を落とした。ハニワの体は土くれに変わったものの、その花だけはいまだに生き生きと咲いている。


「ジェイダ、ハニワちゃんに名前をあげたのね。それなら、その花を大事に持っていて。必ずまた会えるからね」

「ほ、本当…に?」


 ぐすっと泣き顔をあげてジェイダが聞き返してくる。


「うん、本当!だから、先に進もう。せっかくハニワちゃんたちが頑張ってくれたんだから、逃げ延びなくちゃ!」

「そうだよ。行こう、ジェイ!」


 我に返ったニコラスが少女の手を引いて走り始める。


『名前イイナー、アリー様。ナマエー、イイナー』


 仲間が名前をもらったと知った背中のハニワが、羨ましそうにアリーのポニーテールを引っ張る。


「あ~、はいはい。あなたにお似合いの名前は『業突く張り』なんてどうかしら」


 二人を追いかけながらアリーは軽くいなした。


『守銭奴に業突く張りとイワレタヨー、シンガイダヨー』

「うっさい!」


 鋭いハニワの切り返しに、アリーは姫君らしからぬ口調で言い返し、異変を感じて足を止めた。

ジェイダたちのほんの少し前方で、二人の男が呆然と立ち尽くしている。

 アリーは嫌な予感を感じて先を急いだ。背後からはギシギシと空間を押し潰すような破滅の音が迫っていた。

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