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超貧乏王女、慰労金を狙う 改稿

無責任に不定期掲載です。よろしくお願いいたします。


国名を変更しました。


×グラテディオン→○グラデイオン

2023 1103 改稿しました。

「グラディオン帝国に行け…ですか?」


 春も終わりの夕刻、アリアンナは野菜クズが浮かぶスープ皿から視線を上げ、聞き返した。


「アリーお姉さま、お肉が欠片も入っていません」


 隣の席で育ち盛りの10歳の弟ショーンがしょんぼりと呟く。


「ショーン、明日の夕餉にはわたくしが巨大なピギラを射止めてきます。それまで我慢するのですよ」


 アリアンナは弟の皿に自分の胡桃パンを乗せてやりながら言い聞かせた。ピギラは『五の森』のダンジョン地下20階に出没する豚に似た魔獣である。その肉はとろけるほど甘いが、小山ほどの巨体と大きな牙で危険度Aクラスに指定されている。


「はい、お姉さま」


 ショーンが嬉しそうに頷くのを見てから、改めてアリアンナは父親に尋ねた。


「お父様、グラディオン帝国に行けとはどういう意味でしょうか」


 北の王国は日が落ちれば凍えるほど寒い。大きな暖炉に焚かれた小さな炎を背に、ランゼリア聖国の聖王コーネリオは咳払いした。


「アリアンナ、此方も知ってのとおり、我が国は貧乏だ」


「お父様。それはいくらなんでも謙遜しすぎ…我が国は超貧乏ですわ」


 冷静な娘の突っ込みに、父王はぐっと言葉を呑む。

 アリアンナの言うように、ランゼリアは超が付くほどの貧乏国である。誇れるものといえば、無駄に長い歴史と由緒正しい血統くらいだろう。


 五千年前、この地に降臨した主神ランゼルは、美しき村娘カリエと恋に落ちた。ランゼル神は身重になったカリエのために、山をならして平地を作り、川を呼び寄せ、痩せた土地を豊かな緑で覆い、居心地の良い城を建てた。

 ランゼル神の加護を求め、城の周囲に人々が集まり、村が起こり、町に発展していき、やがて一つの国が生まれた。

 それが、神が創りしランゼリア聖国である。

 その後、ランゼル神は千年に渡ってこの地に留まり、聖王妃となった村娘との間に、百人以上の子を成した。


 やがて、聖王妃が人間にしては長い生を終えると、ランゼル神も天に戻っていった。

 御伽噺のような国の成り立ちだが、現在の王家は正真正銘ランゼル神の末裔である。と、言うよりもランゼリア聖国の国民の殆どが、神の血を引いていると言われている。

 その恩恵で、かつては信仰心に厚い他国の人々が聖地巡礼にランゼリアに訪れては、お金を落としていってくれた。だが、ランゼル神への信仰が廃れ巡礼が時代遅れになってからは、国は貧しくなる一方だった。

 今では、国内の七つの森にあるダンジョンと、そこで見つかる聖遺物アーティファクトだけが名物の、潔いほど寂れた国に成り下がっていた。だが、いまだに続くランゼル神の祝福のおかげで、大地が病むことも、川が枯れることもないのだけが幸いだった。


「こんな超貧乏国の王女が、レスガリア最大の帝国にノコノコ出掛けて行って、どうしようというのですか?まさか、あちらのギルドに登録して出稼ぎしてこいと言うことでしょうか」


 アリアンナは一人で納得したように両手を打ち合わせた。


「お父様!それは名案ですわ。ギルドの無いこの聖国の中で魔獣を狩っても1メドにもなりませんもの。宜しいですわ。グラディオン帝国に行って、あちらの魔獣を狩りまくって外貨を稼いでまいります。そろそろ王宮の屋根も修理しなくては、次の冬には広間まで雪が吹き込みそうです。そうなったら王家の唯一の財産である家畜たちが凍えてしまいますものね」


 ちなみに、かつては瀟洒な外観と上品な内装で神々の御殿と呼ばれた城は、大半が朽ち落ち、使用できる部屋の半分は家畜小屋になっていた。時折、王族が暮らす居間と二つの寝室にも、羊や鶏たちが騒々しく乱入してくるので油断も隙もない。


「すまん、アリアンナ。泣きそうだから、これ以上貧乏自慢はやめて」


 見掛けだけは神々しいほどに美しい貧乏王が半泣きで訴える。


「でも、他に自慢できるものはありませんので…」


「アリーお姉さま、お姉さまの強さは僕の自慢です!」


 目をキラキラさせて王子が訴える。


「まあ、嬉しいわ。明日、ピギラ三頭は殺ってくるわ」


 可愛い弟のために微笑むアリアンナは齢16歳。銀色の柔らかな巻き毛と宝石のような紫の瞳の、美の女神オルシェのように美しい少女である。


「王子よ。姉の強さよりも、その美しさを誇りなさい」


 聖王コーネリオが幼い王子を嗜める。姉に似た息子もやはり飛びぬけて可愛らしかった。


「お父様ったらお上手ですわね。こんなどこにでもいるような平凡な娘に、過分なお言葉ですわ。これはますます張り切らなくては!」


「アリアンナ、やめて。王女が真っ先にダンジョンに突っ込んで、A級魔獣狩ってくるのはやめて。顔に怪我でもしたらどうするの。うちの国で一番価値があるのは、お前の美貌なんだからね」


「またまた、ご冗談ばっかり。隣のバルボお婆さんのほうが私より百倍綺麗ですわよ」


 面白い話を聞いたとばかりに、王女は鈴を転がすような声でコロコロと笑う。

 そう、ランゼリア聖国のもう一つの売りは、国民全員が美形であることだった。これも主神の血のおかげなのだが、周囲が全員美男美女だと、感覚も麻痺してくるようだ。

 豚に餌をやる美形の爺さん、畑でジャガイモを育てる美形のおばちゃん、市場で川魚を売る美形のおっさん。右を向いても、左を向いても美形で溢れ返り、最後には美形の定義が分からなくなる。

 美形のゲシュタルト崩壊である。そんな訳で、アリアンナの自分の容姿への評価は『平凡』な娘だった。


「と、ともかく…グラディオン帝国から正式に要請があったのだ。この度、ウィルフレッド王子が成人を迎えられる。王子はすでに次期帝王に定められ、成人の祝いを機に王太子として後宮を開くことになったそうだ」


 そこで、近隣の国からも広く妃候補を募り、ゆくゆくはその中から正妃を選びたいと考えている…という事を回りくどい言葉を使って書状で送りつけてきたのである。


「まあ、お金のある国は派手なことがお好きなのですね。後宮など物語でしか読んだことがありませんわ」


 他人事のように食後のお茶を飲みながらアリアンナは感想を言った。もちろん、飲んでいるお茶は、王女が山で摘んできたハーブで作ったのでタダである。体が温まって喉に良いと、近所のお婆ちゃんたちにも喜ばれている。


「ウィルフレッド王子は活動的な方で、国外での外交を好まれているらしい。その王子を国に縛り付けるために、国内外から大勢の美姫を集めたいようだね。グラディオン帝国の現帝王ハロルド殿はお妃様一筋で後宮は持たなかったから、二十五年ぶりに後宮が開かれるそうだ」


「左様でございますか」


 父王の説明を聞きながら、アリアンナはカップをテーブルに戻し手仕事を始める。隣国ラルネラの商業ギルドで紹介してもらった内職である。色とりどりの布で小さな花を作って、花束を作る仕事だ。

 一束作って0.5メド。二十束作ってようやく10メドのパンが買える。しかし、何もしないでいるよりマシだと、聖国の王女はせっせと手を動かす。


「えっと…アリーちゃん、パパの話聞いている?」


「はい、聞いておりますから、どうぞ続けてください」


 器用に花びらを作る彼女の向かいで、よく出来た弟が茎になる棒に緑の布を巻き付けている。子供たちだけを働かせることに気が引けて、聖王は尋ねた。


「パパも何か手伝おうか?」


「お父様はバルボお婆さんの納屋の修理に行ってお疲れでしょう?このような手仕事は女子供のやることです。お休みになっていてください」


 娘が良い子すぎて辛い…コーネリオは涙ぐんで胸に手を置いた。


「そうそう、続きだったね。そういう訳でグラディオン帝国から妃候補を送ってくれと要請されている。そこで、お前に…」


「嫌です!」


 即座にきっぱり断られ、聖王は「おおう」と呻く。先ほどまでの良い子すぎる娘からは想像できない、厳しい口調で続ける。


「グラディオン帝国に行くだけならともかく、王室に関わるなど死んでも嫌です。お父様、我がランゼリア聖国の没落の原因をお忘れでございますか。全て、あの忌々しい帝国の創始者のせいです。主神ランゼルを片隅に追いやり、軍神カイを主神に定めるだけならまだしも、征服した国の神殿からもランゼル神を追い出した蛮行は許すまじ!」


「まあまあ、そんな二百年も昔のことを持ち出さなくとも…」


 コーネリオはなんとか娘をなだめようとするが、アリアンナの怒りは収まらなかった。


「その二百年の間に、ランゼル神への信仰は廃れ、わが国はこのようにど底辺への道まっしぐらに突き進むことになったのです。後宮?片腹痛いわ、そんな贅沢する余裕があるのなら、ランゼル神に100メドでもお布施をすればいいものを!」


「アリアンナ…抑えて、抑えて。後宮に集められる妃候補は千人、支度金の他に、選考に漏れて帰国する候補者には慰労金が出るらしい。支度金と慰労金、合わせて50万メド…大金貨5枚だ」


「大金貨5枚…」


 父王の言葉を反復し、アリアンナは声を失う。現在のランゼリア聖国の年間予算は大金貨2枚だ。その倍以上を支給されるというのである。


「しかも、滞在中の衣食住は全て帝国持ちだ。それに今回の招待はただの数合わせだ。我が国のような小国など、縁を結ぶ旨味などないだろう」


 それはそれで腹が立つ。例え大陸中から千人の美姫を集めても、一番素晴らしいのは自分の娘だと、コーネリオは胸の中で呟いた。


「お父様、行ってきますわ。そしていただくものをいただいて、即帰ってきます!」


 すっかり慰労金に釣られたアリアンナは、拳を固めて宣言した。


「お姉さま、格好良いです!頑張ってください!」


 盛り上がる二人の愛しい子供たちを見つめ、聖王コーネリオは溜息を吐いた。


(エレイン、私たちの愛娘は日に日に君に似てくるようだ)


 暖炉の上に架けられた愛しい妻の肖像画に、聖王は胸の中で語り掛ける。かつて、エレインがその細腕で大陸中のダンジョンで荒稼ぎをしたように、アリアンナも聖王国随一の稼ぎ頭に成長しつつある。

 それが頼もしくあり、不憫でもあった。母親不在の今、娘は健気にもその穴を埋めようと必死になっている。だから、慰労金の話をすれば、守銭…いや、しっかり者の王女が『行く』と言う事は分かっていた。

 父親としては、この機会に娘が広い世界を知り、国に縛られない生き方もあることに気付いてほしいと願っていた。


 こうしてランゼリア聖国の王女アリアンナ・ランゼリアは、大金貨五枚を稼ぐ…いや、グラディオン帝国王太子ウィルフレッドの妃候補になるべく、旅立つことが決まったのだった。


1メド10円 銅貨1枚

10メド100円 大銅貨1枚

100メド1000円 銀貨1枚

1000メド1万円 大銀貨1枚

1万メド10万円 金貨1枚

10万メド100万円 大金貨1枚

100万メド1000万円 白金貨1枚

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[一言] ちょっw年間予算が200万円の王家ってww
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