25.自己卑下で天然な聖女の能力
書庫の特別室は人の出入りがほとんどないためか埃っぽかった。すぐさま窓を開けるためにティーノルッツヘルトとジョナタが動く。
「しばらく誰も使っていなかったからな・・・」
セヴェリオがぼそりと呟く。
元々、特別室にある資料はあまりにも専門的というかマニアックなものばかりで、申請書を提出しなければ使えないため、使う者がほとんどいない。というわけで、貴重本などの閉架図書置き場と化していたわけだ。
「そもそも、瘴気の獣の上位種などと・・・私は初めて聞きましたわ」
ギーメルが言えば、セヴェリオはしれっとした顔で頷いた。
「当然だ。上位種のことは積極的には広めないということになっているからな」
それでなくても瘴気の獣に怯える民にそんな情報を与えれば、国中が混乱してしまう。そうなれば、瘴気に中てられる人間もこれまで以上に増えるだろう。
そして、瘴気に中てられた人間は暴走し、手の施しようがなくなってしまえば――殺すしかなくなる。
そう説明されれば、ギーメルもわかっていたのか「そうでしょうね」とあっさり引いてみせた。
「・・・暴走・・・」
ぽつりと呟いたシルヴァーナの脳裏には、瘴気に侵された姉の姿がうかんでいた。
髪を振り乱し、血走った目でこちらを見つめていたレーティアンヌ。まさかあそこまで執着されていたとは思わなかったから、恐怖よりも驚きの方が強かった。
後になってレーティアンヌの役目が聖女への試練を与えることだったと知り、そのせいでシルヴァーナから離れられずに“不自由”だったと聞かされて納得がいった。
あの後、村を浄化していたシルヴァーナがいなくなった影響を調べるという仕事のついでではあったが、セヴェリオがあの村に神官を派遣してレーティアンヌの様子を見てくるように頼んでくれた。
彼女は憔悴していたようだったが、徐々にシルヴァーナがいないという状況に慣れ始めている、ということだったのでとても安心したのを覚えている。
「脅すわけじゃありませんが・・・悪化するとあのレティさんなんて比じゃないですよ」
「そう、なんですか?」
ジョナタが苦笑うのに首を傾げるシルヴァーナ。
「ええ。私は・・・そういう人を何人も見てきましたから」
――― そしてその最期も。
ジョナタが口にしなかった言葉を感じ取ったのか、シルヴァーナの表情が曇る。
「ああ、気にしないでくださいね?影神官というのはそういうお仕事がほぼメインなんですよ」
「そう、ですよね・・・誰かがやらなければならないお仕事ですものね」
シルヴァーナは聞き分けよく頷いた。“聖女”が頑張れば、ジョナタ達影神官に嫌な思いをさせずに済むようになると気付いたからだ。
そのシルヴァーナの思考を“読み取った”セヴェリオが渋い表情になる。
「おい、シルヴァーナ・・・お前が1人で背負うことなんてないぞ」
「っ、え?」
「あ!!猊下っ!また勝手に人の心を!!」
ティーノルッツヘルトの抗議の声で、自分に読心の術がかけられたことを理解したシルヴァーナは唖然とした。
「――っ、気付きませんでした・・・」
聖女認定されるほどの法力の量を持つゆえか、法術の勉強を始めた頃からシルヴァーナには法術発動時の法力の流れが見えるようになっていた。
本来は見えないらしく、ジョナタに言った時にはそれはそれは驚かれ、またも嘆かれた。しかしそれは不可抗力だ。シルヴァーナが望んだわけではない。
そんなシルヴァーナの“目”から逃れて法術をかけるなんて芸当をしてみせたセヴェリオはまさに“枢機卿猊下”なのだと再確認した。
「怒って良いんですよっ、聖女様には怒る権利がありますからね!!」
未だに腹を立てているらしいティーノルッツヘルトにそう言われても、シルヴァーナは怒る気にはなれなかった。
「いえ・・・すごいなぁって・・・」
「「「は?」」」
良いタイミングでティーノルッツヘルトとジョナタとギーメルの声がハモった。
怒るどころか感心している様子のシルヴァーナに、まさか、と表情を引き攣らせる。
どう考えても怒るタイミングを逃したから、とかいうものではない。純粋に心からセヴェリオの術の緻密さに感心しているのだ。
「くくっ・・・まさか感心されるとは・・・」
さすがのセヴェリオもまずかったかと思ったのだが、感心されてしまって思わず肩を震わせる。
おそらく、シルヴァーナの思考は、自分に法力の流れが見えなかった⇒術をかけられてしまうのは仕方がない⇒自分に気付かせなかったセヴェリオはすごい!という流れになっていたのだろう。
ここでも“諦めぐせ”が効果を発揮するとは思ってもいなかった。
「え、でも・・・やっぱり枢機卿猊下はすごいです。私なんか、聖女って言われてもこの程度で・・・」
「はーい、ストップ。聖女様“私なんか”じゃないですよ」
シルヴァーナの悪い口癖に、ティーノルッツヘルトが待ったをかける。癖というのはその都度言って聞かせないといつまで経っても直らないものだ。
だから、彼女の言葉をさえぎってでも止める。それはティーノルッツヘルトが自分に課した役割だ。
「う・・・ごめんなさい・・・」
「いいですよ、少しずつ直していきましょう」
自信が無いのは仕方がない。だから、まずは口癖から直していこうというティーノルッツヘルトの作戦を知っている他の3人もこの時は彼の邪魔をしないようにしている。
「――とりあえず、シルヴァーナが“法力の流れを視る”って報告は受けているが・・・どういう条件があるのかまではわかっていないんだろう?」
セヴェリオがジョナタに確認すると、彼はこくりと頷く。
「ええ。今ので言うと、猊下が“こっそり”使ったせいなのか、精度がシルヴィさんの能力を上回ったからなのか・・・わからないんですよね」
「聖女についてはいろいろと言い伝えはあるが・・・代々違うタイプの聖女が現れるからな。まぁ、おいおい確かめていくとしよう。シルヴァーナ、お前も何か気付いたら必ず私達に言うんだぞ」
「は、はい」
頷くシルヴァーナを確認し、セヴェリオは改めて書庫の特別室をぐるりと見回した。
「さて・・・瘴気の獣の上位種の資料、だったな」
「私は始めて特別室に入ったんですが・・・瘴気の獣の上位種についてはどの程度の資料があるんです?」
ジョナタが訊ねると、セヴェリオはそれはそれは美しい顔でニッコリと笑う。
――― あ、なんか、嫌な予感。
長年の付き合いで、こんな表情をする時は大抵ろくでもないことを言い放つと理解しているジョナタは次の衝撃に備えた。
「――喜べ。あの奥にある本棚5架全てだ」
そう言ってセヴェリオが指差す方を確認し、真っ先にティーノルッツヘルトが反応した。
「ちょっ・・・5架?5架全てって・・・あれ、1架で300冊は超えてますよね!?」
「だから言っただろう?喜べ。アレだけ資料があればシルヴァーナが知りたいこともどこかには載っているだろうさ」
「・・・つまり、1冊1冊調べていくしかないというわけですわね」
遠い目をしてギーメルが言えば、シルヴァーナの顔から血の気が引いた。
「・・・い、1冊1冊」
気の遠くなりそうな話だがやらねばならない。揃って深いため息をついてそれぞれ配架されている本を片っ端から調べ始めたのだった。




