17.聖女の癒しと枢機卿の苦悩
長らく放置して申し訳ありませんでした・・・更新再開です。
シルヴァーナが大神殿にやってきてから3日が経った。始終おどおどしているシルヴァーナだが、法術の勉強に関しては貪欲になった。
それは聖女であるなしに、彼女の癒しの術が1人の少年を救ったからだった。
***
それは2日前、シルヴァーナが大神殿で初めて朝を迎えた日のこと。セヴェリオやティーノルッツヘルトやジョナタと朝食をとっていた時、若い神官がとても慌てた様子で食堂に駆け込んできた。
「た、大変、大変なんですっ!」
どう大変なのか聞こうとしても、とても慌てていた若い神官の言っている事は不明瞭で、とにかく現場に行くしかないだろうという話になった。当然、シルヴァーナを1人にはしておけず、一緒に連れて行くことになる。
そうして向かった先は大神殿が憩いの場として提供している広場。普段は穏やかな空気に包まれたそこは、混乱した様子の市民で騒がしく、また、一箇所に人だかりが出来ていた。
「――これは何の騒ぎだ?」
そうセヴェリオが訊ねた時、人だかりが二つに割れ、中から白い神官服を血で赤に染めた神官がぐったりとした少年を抱きかかえて出て来る。
「猊下っ・・・私では・・・私では無理なんですっ・・・!どうか、どうか、お助けください!」
懇願する神官をしばし見つめ、セヴェリオはシルヴァーナを振り返った。
「シルヴァーナ、これはお前の領分だ」
「え・・・え、えっ、む、無理ですっ、この神官様でも助けられないと仰っているのに・・・わ、私なんかじゃ・・・」
「良いからやれ。お前の癒しの術はそこらの神官とは威力がまるで違うと言っただろう?」
でも、だって、と言葉を重ねるシルヴァーナにセヴェリオはとにかくやれと重ねて命じる。
「聖女様、とにかく試してみてください・・・ダメなら、猊下がおられますから」
ティーノルッツヘルトにまでそう言われ、シルヴァーナは目の前にいる少年の苦しそうな表情を見つめ、頷いた。
「・・・わかり、ました・・・」
自分の力をいまいち信用しきれていないシルヴァーナは、とにかくやってみようという気持ちで少年に手をかざす。
――― 私なんかの力で治せるなんて思ってないけど・・・お願い、どうか、この子の痛みを和らげるだけでもいいから・・・!
そう願ったシルヴァーナの全身が光を帯び、その光が少年へと注がれる。みるみるうちに少年の傷は癒え、青白かった頬に赤みが差した。
「おお・・・」
その場にいた者は感嘆の声をあげた。
枢機卿が連れて来た美しい少女が、上位の神官でも治せなかった傷を一瞬で治したのだから当然だ。
「・・・これは想像以上だな・・・」
セヴェリオは呟く。
並みの神官では敵うまいと思っていた聖女の癒しの力だが、これはもはや“神の奇跡”に近い現象と言えた。
“神の奇跡”とは言葉通りの意味で、神が気まぐれに人間へと差し伸べる救いの手の事だ。奇跡と言うだけあって、その恩恵を得られる人間はそうそういない。
だが、シルヴァーナはその奇跡を何度も起こすことが出来るのだ。瀕死の少年を全癒させる癒しの術を、何の準備もせず、さほど負担を感じることも無く。
「シルヴァーナ、もう良い。大丈夫だ」
セヴェリオの声で、懸命に癒しの術を使っていたシルヴァーナはハッとして振り返る。
「わ、私・・・」
やっぱりダメだったのか。そんな諦めの表情で少年へと視線を向けると、その少年の丸く大きな紫水晶の瞳がキラキラと輝くのが見えた。
「ありがとう、お姉ちゃん!」
神官の腕の中から飛び降りた少年がシルヴァーナに抱きつく。
「えっ・・・え、え?」
「お姉ちゃんのあったかい光に包まれたと思ったら、痛みがすーって消えてったんだ。もう、全然痛くないよ!」
「・・・そ、そう、なの?・・・もう痛くない?大丈夫?」
「うん!」
キラキラとした笑顔をうかべる少年に、シルヴァーナはホッとして泣き笑いのような表情をうかべる。
「・・・よ、良かったぁ・・・」
ヘナヘナとその場に座り込んだシルヴァーナに歩み寄り、セヴェリオはポンポンとその頭を撫でた。
「――良くやった」
「・・・あ」
目を丸くするシルヴァーナに背を向け、セヴェリオはティーノルッツヘルトに命じる。
「ティー、その子どもと神官から事情を聞いて来い。ジョナタはシルヴァーナを部屋に戻してから私の執務室に」
「は、はい」
「わかりました」
その後、少年の怪我がとある貴族の馬車が暴走した結果であるとの報告があがった。その貴族は善良な部類に入るのか現場に留まっていて、全癒した少年に対して謝罪をしたという。
そして少年を助けたシルヴァーナにとても感謝し、大量のドレスを大神殿に送ってきた。
その事がきっかけとなり、フォルスト大神殿に聖女が現れたという噂が瞬く間に王都中に広まることになる。
***
セヴェリオは執務室でその手紙を見つめ、深いため息を漏らす。
「シルヴァーナが聖女だと広まるのは歓迎するんだが・・・」
「シルヴィさんはとんでもない方を引っ掛けましたねぇ・・・」
その手紙を運んだ張本人であるジョナタもげんなりとした様子で頷く。
「・・・喜ばしい・・・ことじゃないんですか?」
「「喜ばしくない(です)!」」
1人事情がわかっていないティーノルッツヘルトが首を傾げると、セヴェリオとジョナタが声を揃える。
さすがは幼馴染、と感心するティーノルッツヘルトはまだまだ事の重大さに気付いていない。
「どうしますか、猊下」
「・・・はぁ・・・あの方の相手は苦手なんだがな・・・」
「えっ・・・ジョナタさん以外にも猊下が苦手なものってあるんですね!!」
「――ティー・・・ここは嬉しそうに言うところじゃないんだがな・・・ああ、そうか。そんなに私の弱味を知りたいのなら、長老の話を聞いてくるといい」
「え、いや、それはちょっと・・・」
長老はセヴェリオにとって育ての親であり師であるが、大神殿の神官達にとっては雲の上の存在である。
何せ、セヴェリオの前の枢機卿であり、時の国王ですらも間違った事を言えば叱り飛ばされ、未だに彼に頭が上がらないというのだから、尊敬よりも恐怖を抱くのは当然かもしれない。
そんな相手に枢機卿の弱味を教えてくれなんて言ったら、どんな説教が待っているか・・・そこまで考えて、ティーノルッツヘルトはぶるっと身体を震わせた。
「ああ、遠慮は要らないぞ、今、私が音信の術で約束を取り付けてやろう」
「ひっ・・・す、すみませんっ!すみませんっ!もう猊下の弱味を探ろうとか思いませんからぁっっ!!」
必死になって謝るティーノルッツヘルトを見て溜飲を下げたセヴェリオだったが、これから起こるだろう騒動を思い、再び深いため息をついたのだった。




