13.自覚無き重圧
いつもありがとうございます。
ようやく、2人が出会いました。
――フォルスト大神殿
ティーノルッツヘルトをヴィグラの村へ送ってから1日と半。
執務室で仕事をしていたセヴェリオは、転移方陣の法力の気配に顔をあげる。
「・・・ああ、ジョナタとティーが帰ってくるか」
それに、聖女を連れ帰るという目的を果たしたようで、2人だけでなくもう1人強い法力の持ち主の気配もセヴェリオは感じとっていた。
「ジョナタの転移方陣を使って3人連れで今日ということは、ティーが村に到着後すぐに聖女を説得して転移してきた、ということだな」
随分と急いだようだが、何か問題でもあったのだろうか?首を傾げつつも、ジョナタに半ば脅されて用意した書類一式を見て、セヴェリオは溜息をもらした。
「まったく・・・なんでここまで細かく身分証明を書かなきゃならんのだ。聖女という身分を得るんだから神殿の奥でふんぞり返っていれば良いものを」
とはいえ、聖女となる者への試練は相当のものだと予言神官も言っていた。抑圧されて育った子どもがどのように成長するのか、セヴェリオも知らないわけではない。
「自分に自信が無くて卑屈・・・まぁ、ワガママ放題よりはマシか」
とにかく自分に害がなければ良い。そんな考えでセヴェリオは3人を迎えるために立ちあがる。
それと同時に目の前に転移方陣が現れてまばゆい光を放つ。
「――っ」
まぶしさに目を閉じたセヴェリオだったが、次の瞬間、膨大な量の法力を感じて弾かれたように顔をあげた。
「――ただいま戻りました、猊下」
挑むようにして帰還の挨拶をしてくるティーノルッツヘルト。だが、セヴェリオの視線はその背後に隠れるようにして立っている少女に釘付けだった。
「・・・猊下?」
いぶかしんだのはジョナタだ。こんな無防備なセヴェリオの姿を久しぶりに見た気がして、その視線の先にいるシルヴァーナを見る。
いきなり枢機卿の目の前に転移するという展開に心の準備が整っていなかった彼女は、顔を伏せてティーノルッツヘルトの背後に隠れるようにして立っているものだから、セヴェリオの視線にはまだ気付いていない。
――― ふむ。仕方ない・・・あの手でいくか。
ジョナタはごそりとズボンのポケットに手を突っ込んで、例のものを取り出し、床へわざと落とした。
ちゃりーん。
ダンッ!
ジョナタの手から銀貨が落ちて床を転がり始めた瞬間に、セヴェリオが自分の足でその銀貨を踏んだ。その反射速度はスピード重視型の戦士並といっても良いだろう。
というか、天下の枢機卿猊下が銀貨1つにその反応はいかがなものか。ティーノルッツヘルトは呆れた視線を上司に向ける。
「・・・正気に戻られましたか?猊下」
ニッコリと笑うジョナタに視線を向け、セヴェリオは口の端をあげた。
「――ああ、おかげ様でな」
「目が笑ってないですよ、猊下」
「はっはっはっ・・・そんなことはないぞ」
「あ、その銀貨は私のなんで、ちゃんと返してくださいね」
「・・・チッ」
枢機卿の威厳もどこへやら。銀貨1つで舌打ちするセヴェリオにますます呆れてしまったティーノルッツヘルトである。
「それで、聖女様がどうかされましたか?我々の言葉も耳に入らないくらいに熱心に見つめていらっしゃいましたが」
「ジョナタ・・・お前、その言い回しは意地悪だぞ」
「貴方に言われたくないですね」
さらりとセヴェリオに言い返したジョナタに、ティーノルッツヘルトは目をキラキラと輝かせる。ぜひともあんな風に言い負かしてみたいものだと思いながら。
そんなティーノルッツヘルトにセヴェリオは苦り切った表情で言う。
「ティー、コイツの真似をするんじゃないぞ。優しげな顔立ちしてるクセに中身は真っ黒だからな」
「ははっ・・・影神官だけに真っ黒?猊下も冗談がお上手になりましたねぇ」
セヴェリオの嫌味も軽く受け流してしまうジョナタだが、それは幼い頃から神殿で共に育ったおかげで、セヴェリオの扱いに慣れているだけである。だから、ティーノルッツヘルトに伝授しようにもできないのだ。
「――それで、ティーの後ろにいるのが聖女なんだな?」
「あ、はい。シルヴァーナ様と・・・」
「シルヴァーナ“様”ね。――なるほど、ティーのお眼鏡にかなったということは、私と同格の量と質の法力を持っているということだな・・・なら、わからなくもないか」
「え?」
最後の言葉があまりにも小さくて聞き取れなかったティーノルッツヘルトが聞き返すが、セヴェリオはなんでもないと言って話そうとはしない。
「猊下?」
「本当になんでもない。それよりも、お前に頼まれていた書類は出来ている。さっさと持って行け」
「え、あ・・・ああ、はい」
ジョナタがいぶかしげに問いかけても、セヴェリオはそれに答えることなく書類を彼に押し付けた。
これ以上は無駄と悟り、ジョナタは書類を持ってシルヴァーナと向かい合う。
「シルヴィさん、これが貴方の身分証明になります。神殿内だけでなく、神殿の力の及ぶ所であればどこでも通用します。これからこの書類を持って行って旅符を発行してもらいますからね」
「――あ、はい」
旅符とは各地にある関所を通る際に身分を証明するものだ。
その土地から出る必要のない者達には無用のものだが、シルヴァーナが聖女として認められれば城に召されることもあるだろうし、その他の村や町に出向いて浄化を行うことも今後出てくるはずだ。
しかし、いくら聖女とはいえ、まだ無名の彼女の旅符を発行するのは色々と手間がかかる。だが、枢機卿の推薦があればすぐにでも発行してもらえるだろう。それを見越してジョナタはセヴェリオを脅すようにして書類を用意させたのだ。
「準備が良いですね、ジョナタさん」
「まぁ、影神官なんてやってますと旅符が必須ですからね。シルヴィさんにも必要になるだろうっていうのは、なんとなく予想がつきますし」
「ああ、確かに・・・いちいちその場で証明するより旅符見せた方が早いですからね。猊下の裏書きがあれば更に早いですし」
「そういうことです」
「えっと・・・すみません・・・私なんかのために・・・」
「シルヴィさん、ダメですよ。私なんかなんて言ったら。貴方は聖女なんですから」
ジョナタが気後れした様子のシルヴァーナに優しく言って聞かせる。
「でも・・・」
「聖女様はもう少し自信を持たれた方が良いですよ。大丈夫、貴方の力は本物です。その力は多くの人を救えるんです」
「・・・わ、私・・・」
ティーノルッツヘルトもそう言ってシルヴァーナを励ます。どちらも間違ったことをしているわけではないが、シルヴァーナはますます萎縮していった。
その様子をじっと見つめていたセヴェリオだったが、唐突にティーノルッツヘルトとジョナタの腕を掴み、シルヴァーナから引き離す。
「ちょ、猊下っ!?」
「何を・・・?」
文句を言いかけた2人を制し、セヴェリオはシッシッと追い払うように手を振った。
「いいから、2人で聖女の旅符を貰って来い」
「ですが・・・」
セヴェリオとシルヴァーナを2人きりにするのはいかがなものかとためらうティーノルッツヘルト。自分も随分と信用が無いなと苦笑いをする。
「別にとって喰ったりはしない。少し面談をするだけだ。お前達が脇から口出しするのもおかしいだろうが」
「それはそうですけど・・・あんまり酷いことを言って、彼女を泣かせたりしないでくださいよ」
「私はお前の中でどんな人間にされてるんだ・・・とにかく、どこかに行っていろ」
苦言を呈するティーノルッツヘルトに溜息をもらし、セヴェリオは今度こそ強く命じた。
そこまで言われると逆らえない立場であるティーノルッツヘルトとジョナタは渋々その命に従って執務室から出て行く。
「さて・・・」
セヴェリオが振り返ると、シルヴァーナは血の気を失った顔を引きつらせた。
――― まるで化け物に遭ったみたいな顔だな。
そう思ったが、別に憤りを感じるものでもなく、セヴェリオは彼にしては珍しく彼女を安心させるように微笑みをうかべた。




