特別編成隊。
朝のSHRで佐々木先生が珍しく真剣な顔で話を始めた。
「えっと、朝の職員会議で話し合ったのですが、最近不思議な出来事が多発しているらしいです。なので、怪奇現象が起きた時や事件が起こった際に処理をするグループ『特別編成隊』をウチのクラスから選出する事になりましたっ」
特別編成隊。すっごい大袈裟な名前だな。
『面倒なのでやりたくないで~す』
『なんで、ウチのクラスなんですか~?』
「……先生がジャンケンで負けたからです」
申し訳なさそうに謝る佐々木先生。
『簡単に言うとトラブル処理班ですよね?』
「否定はしませんっ。でも、特別編成隊の活動中は授業免除になるので授業を少しサボれるかもねっ」
いやいやいや。先生がそんな事言っちゃダメですってば。
「あと、事件解決の際には、テストの総合点に十点~百点プラスされるそうです! オイシイと思わないっ?」
先生がオイシイとか言わないで下さい。
「これって、人助け出来るから魔力を貯めるのに便利じゃない?」
「まぁ、確かにてっとり早いな」
「じゃあ、私と涼介やりま~す!」
セリアは自分の手と、空いてる方の手で俺の手を掴んで上に上げる。
「セリアさんと宇佐美君、ありがとう~! 助かるわっ」
「私もやります!」
元気な声と共に勢い良く手が上がる。小野里も参加表明。活動が少し楽しみになった。
「あと、数人欲しいんだけど~? 一緒に活動したいメンバーのご指名とかある?」
「俺、純一を指名しま~す」
「はっ!? なんでオレまでそんな事しなきゃならないんだよ!」
なんて言うか、純一はバカだけど腕力もあるし意外と頭も切れるから一緒に居てくれると心強いんだよね。
「じゃあ、吉原君お願いねっ」
「え~、マジっすか!?」
「観念しろ」
「涼介、あとで覚えてろよ」
『なんか、みんなで楽しそうだから志乃もやりたいなの~』
「なら、服部さんにもお願いしちゃうわっ」
「執事のバイトが忙しくて勉強の時間があまり取れないので、点数を頂けるのであれば」
テバスチャンが点数の特別手当てを理由に立候補する。彼は寺瀬明。身長は高くないが、品性のある顔立ちで女子に人気との噂も。
先程本人が言っていた通りで執事のバイトをしている(しかも、かなり優秀との噂)、なので、大抵の事はそつなくこなす事が出来る。執事の定番の名前「セバスチャン」を「寺瀬」の一文字目に置き換えて「テバスチャン」と言う渾名が付いたのである。
「あと一人くらい誰か居ないかしら?」
「頭の悪い方達だけだと大変でしょうから、成績優秀のワタクシがこの班の頭脳となってさしあげますわ」
なんか、引っ掛かる言い方だな。でも、九条院の財力と権力は使えるかもしれない。ふわふわとした巻き髪と、上から目線の言葉遣いが特徴の彼女は九条院麗子。九条院財閥と言う日本でも有数の大財閥の娘だ。
「その代わり、九条院財閥のお仕事の際はお休みさせて頂きますわよ」
そう言えば、この歳で九条院財閥の代表も務めてるんだったな。まぁ、居なくても電話でもすれば財閥の力を貸してくれるだろう。財力と権力……ふふふ。
「涼介……顔が黒いぞ」
純一は何かを感じ取ったのか、ちょっと引き気味の顔をしていた。
「それでは、宇佐美君・セリアさん・吉原君・服部さん・寺瀬君・九条院さんにお願いしたいと思いますっ。賛成の人は拍手っ」
クラス中から拍手が巻き起こる。これは、『面倒な役に自分がならなくて済んで助かった』って言う意味も含めての拍手なんだろうな。
「特に反対もないようなので、このメンバーで決定ですっ。と言っても、実はウチのクラスで選出される事が決まった時に、魔法の使えるセリアさんと忍術の使える服部さんは選出しろとの事だったのでちょうど良かったですっ」
変態に魔法使い、バカに忍者に執事にお金持ちお嬢様。この、メンバーで大丈夫なのだろうか。息が合えば良いんだけどなぁ……今から少し心配だ。
「特別編成隊って、呼びにくいから略して『ヘンタイ』で良いかしらっ?」
「「「「「「「嫌です!」」」」」」
いきなり六人息ぴったりのツッコミが炸裂した。
これはこれで、意外と息が合うのかも知れない。
「変態はコイツだけだ!」
「変態なのはウサさんだけなの!」
「そうなると、リーダーは宇佐美君ですわね」
みんな……酷いよ。
☆
翌朝のSHR時に、佐々木先生から俺達『特別編成隊』こと『ヘンタイ』のメンバーに初の依頼があった。
「えっと、ここ一ヶ月登校して来ない、影山さんを学校に来るようにして下さいっ」
影山? あ。あのツリ目の怖そうな女の子か。流れる様な綺麗なロングヘアーが目を惹く、胸が小野里並で――いや、多分それ以上の胸の持ち主。あと、長いスカートを履いていたのがなんとも印象的だったな。簡単に言うとヤンキーみたいな感じ。そして、何故かいつも木刀や竹刀とかの武器を所持していた。あ……だから、ヤンキーっぽく見えたのか。
「影山? 誰だ?」
純一の頭の上にクエスチョンマークが出ていた。
「一年生の終わりの時期に転校して来た女の子だよ。クラスが違って教室も遠かったから、俺も今年同じクラスになるまで顔は知らなかった子だな」
それでも首を傾げる純一。
そう言えば、純一は二年の始業式の朝に足を怪我して一ヶ月くらい入院していたな。それで、退院と同時期くらいから影山が学校に来なくなったんだよな。それなら知らないのも無理はないのか。
「一ヶ月くらい入院してただろ? その時は影山さんは学校に来てたんだけど、一ヶ月前くらいかな? ちょうど、純一が退院する少し前から学校に来なくなったんだよ」
「それだと、知らないな」
「やっぱり、新任でもあんまり学校に来ない生徒は心配なんですか?」
「う~ん。とっても心配なのよっ」
「若くてもやっぱり教師なんですね」
「――私の評価が」
「前言撤回させて下さい」
天然と思いきや、この人は意外と計算高いのかもしれない
「それでは、特別編成隊の皆さんお願いしますねっ」
「「「「「は~い」」」」」
今日はセリア・純一・志乃・小野里・九条院のメンバーで行くことになった。テバスチャンはバイトが忙しくて勉強が追いつかないため、授業を普通に受けたいとの事で不参加だ。多少点数がもらえるとは言え、テバスチャンくらい優秀な生徒なら普通に授業を受けた方が点数に繋がるしな。
「よ~し! 影山を学校に来るようにさせて、サクっと点数をゲットしちまおうぜ」
勉強嫌いな純一みたいなのは、こっちで点数稼いだ方が気楽で合ってるんだろうな。
☆
先生から渡された地図を見ながら、学校から歩くこと十五分。少し古びた一軒家に到着する。
「ここが、影山の家か」
「先生のお話だとお父様は小さい頃に亡くなって、お母様と二人暮らしらしいですわね。そして、お母様は現在単身赴任中で影山さん一人で暮らしているそうですわ。……ワタクシ野蛮な方はあまり好ましくないんですよね」
「私……ちょっと怖いな」
少し怯えた表情の小野里。不謹慎だけど、そんな小野里が可愛く見えてしまった。
「大丈夫だって。心配で来たんだから、きっと怒られたりしないよ」
少し錆びた鉄の門を開け、入ろうとした瞬間。
「ワン! ワンワン!」
「うわっ!」
手首を噛まれてから苦手になった犬の鳴き声。びっくりして思わず声が出てしまい、近くの誰かに飛びついた。
――むにゅ。
何か柔らかくて気持ちの良い二つの膨らみに顔が埋まる。この感触は小野里……? 確認しようと恐る恐る埋めた顔を引き抜くと、
――パシンッ! はい。正解でした。胸もビンタの感触も小野里でした。
「ワン! ワンワン!」
「うわっ!」
またもや、犬の鳴き声にびっくりしていまい誰かに飛びついてしまう。――むに。ん? なんだ、この控えめな感触は? しかし気持いいのでこのまま動かないでおこうかな。
「――我が奥に秘めたる力、今ここに開放せよ!」
この、魔法の詠唱はセリアだな。ん? 魔法の詠唱? ヤバ――
「爆発魔法!」
なんか、強そうな名前なんだけど――ドカンッ!
強そうな魔法と言うか……非常に強力な魔法でした。
胸に顔を当てて気持いいからこのまま動かないでおこうと思ってたら、痛みでこのまま動けないようになるとは思わなかったぜ。
「宇佐美くんの変態!」
「こんな変態は、死ねばいいのよ!」
いえ、なんかもうさっきの魔法で死にそうなんですが。倒れて意識が薄れていた俺の元に、誰かが近付いてすぐ横に座ったのが解った。
「恥ずかしいですけど、志乃のお胸にも飛び込んで良いですよ」
「それは犯罪の匂いがするから遠慮してお――」
――ゴスッ! 志乃が握りしめた苦無の柄での一撃が額に決まり、俺の薄れ行く意識は完全に途絶えた。
「う……ん」
気付いて身体を起こすと、皆が心配そうな顔で俺を見つめていた。
「ほっぺた大丈夫?」
小野里、大丈夫だよ。
「アンタが急に爆発したから心配だったのよ」
セリア、お前が魔法の詠唱してたの聞いてたぞ。
「ウサさん大丈夫なの? 志乃のお胸に飛び込んで良いですよ」
「それは犯罪の匂いがするから遠慮してお――」
――ゴスッ! 痛いって! 柄で叩くのやめて! 知ってる? それ、鉄だからね!?
でも、まぁ……飛び込んで良いならお言葉に甘えてみようかな。
「志乃~っ!」
飛び込もうとしたら両サイドから肩を捕まれ、阻止される。――えっ?
驚き左を振り向く。
――バシンッ!
痛いっ! すごい威力のビンタでそのまま右を向かされた。
「爆発魔法!」
――ドカンッ!
「ごはっ!」
小野里のビンタからセリアの魔法コンボが俺に炸裂した。
――ばたんっ!
とりあえず、格好良く倒れてみた。
「宇佐美君。なんとなく予想出来なかったのかしら?」
九条院が冷たい視線を送ってくる。
「予想出来なかった……」
「九条院。涼介はエロスを目の前にしたら判断力は無いに等しいんだ。だからしょうがない」
酷いこと言うな。しかし、否定出来ないのがもの悲しい。
「よし。犬は俺がどうにかするから、その間に皆で行け」
純一は犬の元に歩いて行き喉元を撫で始めた。さっきまで吠えていた犬は気持ち良さそうに喉をゴロゴロならしている。やるな純一! 感謝するぜ。
「じゃあ、行こうか」
皆を引き連れ、玄関の前に立ちインターホンのチャイムに手をかける。
「やっぱり……ちょっと怖いわ」
後ろから小野里の声。いや、なんかもう俺は小野里のビンタの方が怖いんだが。
「大丈夫だって。流石に木刀とか包丁とか持って出てきたりはしないだろ」
ピンポーン。――ガチャッ。
包丁の切っ先をこちらに向け、影山が出てきた。
「うおおおおぉ! ごめんなさい!」
後ずさりながら思わず謝る。だって、怖かったんだからしょうがない。出会い頭に包丁はビビるってば!
「何だお前ら! 何しに来たんだよ!」
気迫を感じる影山の言葉遣いに少し怯む。しかし、負けていられない。
「あのさ、先生に言われて影山の様子を見に来たんだ」
「余計なお世話だ。帰ってくれ」
冷たく言い放つ影山に小野里が恐る恐る話しかける。
「最近、あの、その、学校に来ないから心配してたんだよ。あと、中井先生が産休に入って新しく来た先生も影山さんを見たことないのに心配してたわ」
「新任の先生?」
「そう、佐々木絵里香先生」
「そうか……。とりあえず話を聞くから中に入ってくれ」
ん? 今の反応。佐々木先生のこと知ってそうな雰囲気だったな。
「「「「お邪魔しま~す」」」」
靴を脱いで家に上がらせてもらう。俺達は、無愛想な感じの影山に茶の間に案内された。
「よし。そこの変態そうなヤツ。要件を話せ」
包丁の先を向けてのご指名はご勘弁頂きたいんですが。
「どうして、学校来なくなっちゃったんだ?」
直球で聞いてみた。あんまり周りくどく言うのもアレなので。
「あぁ。ちょっとな……」
おっと。いきなり会話が途切れた。そして、今のは『あんまり深く入ってこないで』を匂わす感じの言い方だ。これは困った。どうしようか。
「そういえば、佐々木先生って影山の知り合い?」
「あぁ、遠い親戚にあたる。昔は良く家に来て遊んでくれていた」
そっか。だから佐々木先生は影山が心配だったのか。『私の評価が心配』って言ってたけど、もしかして照れ隠しでもあったのかもし知れないな。
「佐々木先生も心配してるからさ。学校来て欲しいんだよね」
「いくら、絵里姉に言われてもな……」
「貴女、さっきから答えを濁して! ハッキリ言いなさい」
九条院、さっき野蛮な方はあまり好きじゃないって言ってたよな。
「アタイの事はお前に関係ない」
「コレをあげますから、とにかく学校に来なさい!」
――バシン! 九条院さんがポケットから札束を出して、勢い良く札束ビンタを食らわせた。
「そんなので、来るようになるか!」
こんな事をいきなりする金持ちお嬢様の考えは理解できない。
「い、行ってやらんでもない」
「ゲンキンすぎるだろ!」
「その金があれば……いや、金なんかで行くものか!」
包丁対札束。なんだこのシュールな絵面は。影山と九条院の睨み合いが続く中、玄関の方から間抜けな声が聞こえて来た。
「あれ、みんなどこだ~?」
犬を任せてそのままだった事を思い出す。純一が茶の間に入って来た、まさにその時だった。
「――純! お前何しに来やがった!」
「……美咲か!? 久しぶりだな」
「「「「?」」」」
二人を除く俺達四人の頭にクエスチョンマークが現れた。知り合い? でもそれなら、純一が話を通してくれればかなり助かる。……と思ったが影山が包丁をテーブルに置き、木刀に持ち変え振り上げた。これは嫌な予感しかしない。
「くらえっ! 影山流剣術 頭蓋骨砕き!」
影山が純一に接近し、脳天を狙って勢い良く木刀を振り下ろす。
「吉原流 真剣白刃取り!」
純一は振り下ろされる木刀を両手で受け止めた。こんな技持ってたのか。すごいんだな。
「相変わらず、中々やるじゃねーか」
「まだまだ甘いんだよ」
「それにしても、吉原流なんてあったんだ?」
「いや、カッコイイかな? と思って言っただけだ」
「格好つけたかっただけかよ!」
まぁ、純一らしいっちゃ純一らしいけどさ。
「アタイの技を正面から受け止める奴は純くらいだな」
「剣道全国レベルの技を受け止められる奴が早々いてたまるか!」
そう言えば、影山は中学の時に剣道で全国大会まで進出したって噂があったんだけど、本当だったみたいだ。
「あのさ、二人ってどういう関係なの?」
白熱している最中に申し訳ないが、皆の頭のクエスチョンマークがさっきから消えないので失礼させてもらう。
「あぁ。美咲とは中学時代よく喧嘩してたんだよ」
純一は木刀を離して、影山は木刀を引っ込めて話し始めてくれた。中学時代か。確かに純一とは中学は違っていたから知らないのは当然か。それにしても、喧嘩してたってそんなにも荒れてたのか。
「いつも、アタイと純で取り合いの喧嘩をしょっちゅうしてた」
「大体オレが勝ってたけどな」
「うるさい! あの時は、まだアタイが未熟だっただけだ!」
「解った。解った」
しかし、この言い合いからすると余程大切なモノを賭けての喧嘩だったんだろうか。
「ところで何の取り合いしてたの?」
「「余った給食のデザート」」
ごめんなさい。勝手に大切なモノを賭けてとか想像してごめんなさい。
「そ、そうだったんだ。確かにプリンとか争奪戦になるよな」
『にゃ~』
ん? 猫の鳴き声。影山は犬だけじゃなく猫も飼ってるのか。犬は苦手だけど猫は大好きなんだよなぁ。可愛いさのあまり、足元に寄って来た猫を思わず抱きかかえる。
「美咲。率直に言う。お前に学校に来て欲しい。オレはお前が来てくれないと困るんだ! オレは『にゃ~』(点数が)欲しいんだ!」
大事な言葉「点数が」が猫の鳴き声が被って良く聞こえなかった。
……あ。コレは勘違いフラグ立ったんじゃないか?
「純……。そんなにもアタイを必要としてくれてたのね!」
ガッツリ立ちましたね。はい。
「アタイは中学の時から、純と同じで必要だと思ってた!」
「あぁ、俺も『にゃ~』(点数)必要だと思ってた!」
勘違いのスパイラル突入です。
「アタイも学校行きたいんだけどさ……」
「どうした?」
「この子達が心配で家から離れられなくてさ」
影山はふすまの前まで行き、すーっとふすまを開ける。
『にゃ~』『にゃお~ん』『みゃ~』
沢山の猫が次々出てくる。全部で六匹出てきた。それで俺が抱いている一匹で合計七匹か。
「一ヶ月前位に玄関先に捨てられててさ。可哀想だからアタイが飼うことにしたんだ」
それで学校に来られなかったのか。
「オレが思うに、トイレは猫砂で食事は多めに出しておけばいいんじゃないのか? それじゃダメなのか?」
「いや、この子達七匹だけならどうにかなるんだけどな。ここには居なくて隣の部屋で寝ているんだけど、昔から飼ってたもう一匹の子が病気でさ。そう簡単には治らないらしくて、こまめに面倒を見なきゃならなくて食事を多めに用意しておけばいいってワケじゃないんだ」
全部で八匹も飼ってたんだ。見た目と違って心優しいんだな。
「だから目を離せなくて、学校に行けないんだよ……」
――パシン!
「九条院! なに札束ビンタしてるんだよ!」
「このお金、そう! 九条院財閥の力があれば全て問題解決ですわ!」
「どういう事だ?」
「九条院財閥には動物病院もございましてよ! 必ず、貴女の愛する猫ちゃんのご病気は治して差し上げますわ!」
「何で、アタイのためにそんな事してくれるんだ? ただのクラスメイトなだけだろ?」
「そうね。貴女はさっきまででしたら野蛮で関わりたくないただのクラスメイトでしたわ。でも、今しがた貴女は自分を犠牲にしてまで動物を救い、愛する心を持っている素敵な女性だと解りましたわ。だから、ワタクシは助けてあげたいと思った。それだけですわ。それと、何よりワタクシは猫が大好きですの」
「九条院……恩に着る! 感謝する!」
「いっ、いえ、私はご病気の猫ちゃんが可哀想だから助けて差しあげるだけですから! 勘違いしないで頂きたいですわ!」
九条院、素直じゃないけどいい奴なんだな。少し見直したぜ。
「じゃあ、ご病気の猫ちゃんは九条院の動物病院で預かって行く事にしますわ。ちょっとした手配のため席をしばらく外させて頂きますわね」
九条院は病院の手配のため、携帯電話を片手に外へ出て行った。
「九条院さん優しいのね」
「ただ金持ちなだけじゃなかったわね」
「れーこさん優しいなの」
ふと、疑問だったことを思い出す。
「そう言えば影山さ。さっき包丁持って出て来たけど、あれ何でだったんだ?」
「あ、飯作ってたの忘れてた!」
意外とおっちょこちょいだったりするんだ。
テーブルの上に置かれている包丁を持って台所に行こうとする影山。その両肩を掴み座らせる純一の姿があった。
「お前は猫の世話や看病疲れてるだろうから、少しゆっくりしてろ。オレが飯くらい作ってやるよ。材料適当に使うからな~」
影山の手から包丁をすっ、と取り上げ台所に向かって行った。
「ありがとうっ。アタイのために……。純が来てくれて嬉しいよっ」
ん? 言葉遣いが若干変わってなかったか? みんなの顔に視線をやると俺と同じで不思議そうな表情をしていた。
「やっぱりアタイも手伝うよ~っ。家の台所だから純だけじゃ大変でしょっ?」
立ち上がり台所に向かう影山の背中を見送る。
「えっと、みんな気付いたか?」
みんなの顔を見渡す。
「うん。私もそんな気がした」
「言葉遣いが若干変わってたわね」
「何と言うかキャラ自体もちょっと変わってたなの」
台所から二人の声が聞こえてくる。
「野菜はこうやって切ればいいんだよな?」
「そうね。でも、純一が思う通りに切ってくれればアタイはどんな切り方でも許しちゃうぞっ」
「おっと、危ない!」
「そんな包丁の持ち方したら危ないわよ。アタイが手本見せてあげちゃうぞっ」
「じゃあ、頼むよ。ほい、包丁」
「純は包丁もろくに使えないんだな! いい歳なんだから包丁くらい使える様になっとけ! こうやって切ればいいんだよ! ほら、やってみろ!」
「おう」
「そうよっ。やれば出来るじゃないっ」
あ、言葉遣いが変わった。
「あれか? 武器とか凶器的な物を持つと性格変わるのかな?」
「私が確かめてくるわ」
セリアが転がっていた木刀を持って立ち上がる。セリア……無事で帰って来いよ。
「イリアスさん、どうしたの?」
包丁を純一に渡したから人格戻ってるな。
「お水もらってもいいかしら?」
とりあえず、セリアが接近したようだ。
「どうぞどうぞ。純~、その押さえ方だと左手が危ないわよっ」
「こういう時はね――」
「影山さん、コップに水注ぐから木刀持ってて」
「猫の手にするんだよ! 解ったか!?」
あ、性格変わった。
「すまない。オレあんまり料理しないからさ」
「それくらい基本だろ! そんなだから、純――」
「お水ありがとう。木刀持つわね」
「好き好き大好きっ!」
――っ! 茶の間のメンバー一同、笑いを堪えるのが大変だ。
「やっぱり、木刀持ってて」
「さっきの言葉はなしだ! 忘れろ!」
セリア、面白いからって遊びすぎだって。
「ちょっ、やめろ、なんで木刀を振りかぶるんだよ!」
「影山流剣術――」
「くそ! 包丁が邪魔で白刃取りで出来る状態じゃない!」
「頭蓋骨砕き!」
「吉原流 包丁ガード!」
パキン! ゴスッ! ……バタン! ――えっと。この音は影山の技を純一が包丁でガードしたけど、包丁が折れて木刀がヒットして純一がノックアウトって事でいいんだろうな。
「木刀持って行くわね」
「純、大丈夫ぅ~!?」
「意識が……」
セリアが木刀を持って笑いを堪えながら戻ってきた。
「あれは、面白いわね」
「遊びすぎだ」
でも、面白いというのは否定出来ない。しかし、純一の弱点が見つかったから嬉しくてしょうがないな。
「純~、起きてよ~っ。もう、純が起きないからアタイが作らなきゃっ」
気絶中の純一をそのままにして、影山は料理を続けた。
コトン、コトン、コトン――。
テーブルの上に人数分のご飯・味噌汁・野菜炒め・生姜焼きが並んだ。
「すごく良い匂いがする」
「美味しそうなの~」
「私の料理より美味しそうだわ」
「まぁ、誰が作ってもセリアの料理よりは美味しそうに出来――がはっ!」
「余計なこと言わない方がいいわよ」
横から顎は殴るな。下手すると気絶しかねないんだから。
「「「「「いただきま~す」」」」」
「美味しい~!」
「これは、勝てないわ」
「美味しいなの~!」
みんな予想通りの反応だ。それじゃ、俺も食べてみるか。……もぐもぐ。
見た目通り美味しいな。この生姜焼きなんて生姜の風味が良くて最高に美味い。セリアもこれ位作れるようになると嬉しいんだけどなぁ。もう顎を殴られたくないから言わないけど。
影山が箸を持ったまま食べ始めないと思ったら、純一の食べる様子を見つめていた。確かに、自分の手料理だと好きな人の反応は気になるだろうな。
「おぉ、美味いな。これなら良いお嫁さんになれるんじゃないか?」
「本当っ? 純、『にゃ~』『にゃ~』(貰ってくれる?) 嘘つかない!?」
「本当だ。嘘は付かない」
あぁ。また猫の鳴き声が被って大事な言葉がよく聞こえなかった。そして、今回のでフラグが揺るぎないものになったな。これは面白いから誤解したままにしておこう。
「嬉しいっ!」
「おい美咲っ、抱きつくな」
影山が勢い良く純一に飛びついた。あんなにも嬉しそうな顔で抱きつくなんて、本当に純一が好きなんだな。それにしても、影山の嬉しそうな笑顔ってやたら可愛いな。
「目付きキツいけど、笑うと可愛いんだな。そして、あの押し付けられてる胸、いいなぁ。うらひゃまひぃ」
ぎゅっ! と右と左の頬をつねられた。
「宇佐美くん、エッチな事考えてる」
「涼介は本当にスケベで変態ね」
「ふぇりあ(セリア)にふぉのざふぉ(小野里)、はなふぃて(離して)くらはい」
痛ってぇ~。離してもらってもまだ頬がじんじん痛む。
「「「「「ごちそうさまでした~!」」」」」
皆そろって感謝の挨拶をした後、玄関から大きな声が聞こえて来た。
「九条院のヘリが到着しましたわよ~!」
ヘリ? 九条院は茶の間まで上がってきて、
「そう、急がばヘリコプターですわ!」
と、キメ顔で台詞を言う。また、ワケの解らないことを。
「ご病気の猫ちゃんを運びますわ」
影山は隣の部屋から、傍目からでもすぐに弱っていることが解るくらいに痩せた猫を抱いて来た。薄く涙を浮かべながら、九条院に猫を預ける。
「……九条院さん。この子、お願いしますねっ」
「あれ? 影山さん、なんだか雰囲気違いませんか?」
「それは、後で説明するよ」
九条院には後で説明しないとな。いきなり、この影山を見てもワケが解らないだろうからな。
「では、九条院の名にかけまして、この子の病気は必ず治して差し上げますわ!」
そう言って、九条院は猫を抱いて外のヘリコプターに向かった。
九条院の姿が見えなくなるまで、影山はずっと顔を上げる事なく頭を下げていた。本当に猫が大切なんだな、って気持ちが伝わってきた。
「じゃあ、俺達もそろそろ帰らせてもらうとするよ。美味しいご飯、ご馳走様」
「明日、また学校で会いましょうね」
「今度、料理教えなさいよ」
「待ってるなの~」
「うんっ。明日から学校行くよっ。みんな本当にありがとう!」
「オレも待ってるからな」
「純。今日はアタイ本当に嬉しかった! 明日からよろしくね」
「お、おう」
何も知らない純一は過剰なまでの感謝と感じて、違和感を覚えてるようだな。九条院さんだけじゃなくて、純一にも説明する必要がありそうだ。
影山の家から学校へと戻る道中で、どのタイミングで純一に説明をしようか迷っていた。
「さ~て、美咲が明日から学校に来れば点数ゲットだな。そう言えば、なんか途中から美咲の様子が変だったんだが何かあったのか?」
ちょうどいいので、ここ理由を説明しよう。
「あ~、あれね――――」
大事な部分を猫の鳴き声にかき消され、お互いの言葉が違う意味でとらえられていた事を純一に詳しく説明した。
「――ええええぇぇっ! 今から、美咲の所に戻って誤解を解いてくる!」
「そんなのダメよ! 影山さん傷ついちゃう!」
珍しく小野里が大きな声を出す。確かに、両思いって解ってすぐに勘違いでしたってのは女の子にとっては辛い話だもんな。気持ちはよく解る。
「それ以前に、オレがこれから先の学校生活で傷つく予感がしてならないんだよ!」
純一はこのままだと走って影山の家まで戻りかねない!
「セリア! 志乃!」
二人にアイコンタクトを送る。
「「了解!」」
察した二人は同時に頷き、俺を含め三人で純一を囲む。
「宇佐美流――」
「イリアス流――」
「服部流――」
「腹殴り!」
「顎殴り!」
「玉砕き!」
純一の各箇所をそれぞれ思い切り殴り付ける。
「がはっ!」
股間を抑え、一気に崩れ落ちる身体。
「お前らまで、〇〇流を語りやがって」
「「「いや、カッコイイかな? と思って」」」
純一よ……悪く思わないでくれ。乙女の心を守るためにはこうするしかなかったんだ。しかし、志乃よ。玉砕きは非情すぎないか? せめて横っ腹殴りくらいにしておいてあげた方が良かったんじゃないか? さっき純一は股間を抑えて倒れたから、多分それが致命傷だったと思われるんだが。
「ウサさん、純さん担いでなの」
何事もなかったかの様に話を進めている。忍者、恐るべし。
よっこいせ、とガタイのいい純一を担ぎあげる。しかし、コイツ予想以上に重いな。このまま担いで帰るのは骨が折れそうだ。……さて、戻ったら残りの授業か~。
「授業面倒だな~」
「宇佐美くん。そういう事はいわないの」
笑いながら小野里に言われると、しょうがないなぁって思ってしまえるのが不思議だ。
学校へ戻る道すがら、ふと、リストバンドに目をやると願望魔力が少し貯まっていた。
これで、モテモテへの道に一歩近付いたな。