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神隠し事件。

 俺の住んでいる街《緑ノ(みどりのまち)》は基本的には普通の街なのだけれど、街自体がパワースポットな上、街の各所にパワースポットがあるらしく不思議現象が度々起こる事で有名なのである。

 天狗が出たり、忍者が居たり、神隠しが起こったりとネタみたいな出来事が沢山あるのだ。

 この中でも、実際に見たことがあるのが『神隠し』だ。

 俺が小学校の頃に目の前で起きた出来事だった。


 それは、近所の公園で純一と遊んでいた時の事。

「滑り台楽しいなぁ~! オレ、次は頭から滑ってみようかな!」

 この、滑り台下の砂場に頭を突っ込んでいる男が、当時から仲の良かった友達の純一だ。普通の小学生と比べて、かなり身体が大きく力もあった。その分、少しバカなのが玉にキズだ。

「なぁなぁ、滑り台の一番下の所に画鋲仕込んでおいたら面白くね?」

 危険な事をさらっと言い出す純一。普通の小学生の発想じゃないよな。

「大怪我するからやめろ」

 俺は、こんなふざけた事を言う純一を諭すように言った。

「冗談だよ。ちょっと面白いかな? と思って」

「面白くねぇよ! 実際にやったら出血ものでドン引きで笑えねぇよ」

 ちぇっ、と舌打ちが聞こえる。そして、俺が新たに提案する。

「真面目な話、滑り台の最後の方に両面テープを仕込んでおいたらどうだ?」

「ん? それ、どうなるんだ?」

 俺の考えを理解出来ない純一が、不思議そうな顔で聞き返して来たので説明する。

「女の子が滑り台を滑るだろ? そして、両面テープの所を通過すると――」

「通過すると?」

「――スカートならば、めくれてパンツが見える!」

「最低だな」

「ズボンだった場合でも、もれなく食い込むおまけ付きだぁ!」

「変態決定だな」

 俺は目の前にグッと握り拳を作り、キリッ! とキメ顔で力説してやったさ。

「あとは、それを写メで撮れば任務終了!」

「捕まってしまえ。そして、お前の人生も終了してしまえばいいと願うばかりだ」

 ものすごい軽蔑の眼差し&呆れ顔。

 こんないつものくだらないやり取りしていたら、年齢は同じくらいと思われる黒髪の一人の女の子がやって来るのが見えた。

「作戦実行!」

「するな! この変態野郎!」

 純一にひっぱたかれた。良いアイデアだと思ったんだけどなぁ。

 女の子はトコトコと歩いて俺達の方に近づいて来た。

「ねえー。遊ぼうよ~」

 とても、可愛らしい笑顔だったのが印象深い。

「ねぇ、遊ぼうよ」

 マセていた俺は『じゃあ、大人の遊びでもしようか』と言いたかったんだけど、また純一に変態扱いされたくなかったので、普通に「いいよー」と返事をした。

「えっと、名前はなんて言うの?」

「私、芹沢葵(せりざわあおい)って言うんだ」

「オレは吉原純一。そんでこっちが――」

「俺は宇佐美涼介。よろしくね」

「うん! よろしく」

 遊びを提案する純一。

「じゃあ、葵。鬼ごっこでもしようか?」

 そうか! 解ったぞ! 純一は鬼になって葵の身体を合法的にタッチしまくるつもりなんだな! ナイスアイデア! 俺はアイコンタクトを送った。

 アイコンタクトを理解したっぽい純一は無言で手招きをして、近寄った俺の頭をまたもひっぱたく。

「おまえ、変態すぎるぞ」

 どうやら、俺の考えは間違っていたようだ。遊び的にも。人間的にも。

「誰が鬼やる?」

「じゃあ、私がお母さん役やるね」

「「お母さん役?」」

 二人同時に疑問が生まれた。何故、鬼ごっこに『お母さん』が出てくるんだろう。

「あれ? お母さんがお父さんのスーツのポケットからピンク色の名刺を見つけて、包丁を持って鬼みたいな顔で家中を追いかける遊びじゃないの?!」

 (この子の家、大変なんだな……)

「うん。それとは違う遊びだね」

 俺の言葉の後に純一が説明を始める。

「えっと、一人が鬼になって他の人は逃げる。鬼にタッチされたら、その人と鬼交代。その交代した鬼にタッチされたらまた鬼になる。その繰り返し」

「うん! わかった! 楽しそうだね!」

 葵の屈託のない笑顔が可愛かった。

 それから、ジャンケンで負けた俺が初めの鬼になった。その場で十を数えてからスタートだ。俺から遠く離れていく純一と葵。

「よ~し! 捕まえに行くぞ~!」

 純一をタッチしても楽しくないから葵から追いかけよう。合法的に触れるチャンスだしな。ふふふ。

「変な事考えるなよ! 変態涼介!」

 何で解ったんだ? 表情に出てしまっていたのか? ポーカーフェイスには自信はあったんだけど。

 純一が葵に何か耳打ちをしているのが見えた。

「えっ? うん。解った。 変態りょ~すけ~!」

 葵まで俺の事、変態呼ばわり!?

 ――純一め、葵に変な事を吹きこみやがったな。

 ブランコの方に逃げた葵を追いかける。

『どこから触りまくってやろうか』と楽しみにしながら追いかけたが、葵の足の速い事速い事。ブランコの周りを逃げる葵を追いかけるが、なかなか追いつけない。

 その後、滑り台の階段を登る葵に続き俺も階段を登り追いかける。

 俺より先に階段を登りきり、滑り台を滑っていく葵。

「待て~!」

「捕まらないよ~っだ!」

 葵は滑り台の最後の方でレーンから横に飛び降りた。

 俺はその動きに反応できずにそのまま最後まで滑り降りる。

「ぐあっ!」

 俺は声を上げてしまった。

「涼介! どうした!?」

「大丈夫!?」

 少し離れた所から心配してくれる二人。

「さっき、滑り台に仕込んでおいた両面テープでズボンが食い込んだ!」

「バカか! 本当に仕込んでたのか! お前、マジで変態だな!」

「涼介、おかしい~、あははっ」

 俺のバカな行動をみて笑う二人。

 そんな中。――葵の笑顔って、すごく可愛いな。ふと思った。

 それから砂場を追いかけたり、ジャングルジムを登って追いかけたりして、俺達と葵との楽しい時間は過ぎて行った。

 かれこれ、一時間は鬼ごっこで遊んでいただろうか。楽しい時間はあっと言う間に過ぎると言うのは本当だった。結局、俺は葵を捕まえる事が出来ず、合法的に触れなかったのが悔やまれる。

 遊び疲れて、公園の真ん中に三人で座り込んでいた時に事件が始まる。

「あ! 黒いワンちゃんだ!」

 犬を見つけた為か、高いテンションの楽しそうな声で葵が公園の入口を指さしながら言った。

「「――っ!」」

 俺と純一は、子供ながらも一目で『この犬は、危険だ!』そう、理解出来た。

 なぜなら、その犬はドーベルマン。獰猛で危険な事で有名だからだ。何よりも、息を荒らげ興奮状態でこっちを見据えてゆっくりと近づいて来たから。

「高い所に逃げろ!」

 明らかに危険を感じた純一が叫ぶ。俺は、『え?』と状況を理解出来ない葵の手を引っ張り滑り台を目指して走り出す。

 結構な距離があるもののドーベルマンが走ったら正直な話、人間の足の速さでは追いつかれてしまう。走って追いかけて来ない事を祈りながら走る。運が良かったのか、ドーベルマンは歩いて近づいて来たようで距離を置いたまま滑り台に辿り着く事が出来た。

「葵。先に登って! いいから早く!」

 俺の必死の形相に、緊急事態と気付いた葵は急いで階段を登る。その後に続き急いで登る。

 滑り台の隣に建っている小さなプレハブ小屋の上に、純一が避難しているのを視界の端で確認する事が出来た。

 階段を登り切った所で下を確認するとそこにはドーベルマンが興奮した様子で、こちらを見ながら滑り台の周りを歩き回っている。

 これはかなりヤバい。こいつ、ヨダレを流しながら息を荒らげてる上に目がおかしい。

「ねぇっ、あのワンちゃん怖いよ!」

 俺の背中に隠れ、泣きそうな声を上げる葵。そんな葵の両肩を掴み元気付けようとする。

「大丈夫! 何があっても俺が守ってやるから!」

 葵にはどう聞こえたか解らないが、俺は恐怖を抑えつけ平静を装って言ったつもりだ。もしかしたら、声は震えていたかもしれない。

「涼介! 滑る方から登って来たぞ!」

 純一の必死の叫びに気付き、振り向いた先には既にドーベルマンの姿があり、今にも襲い掛かって来そうな気配だった。

 武器を持たない俺が出来ることは、拳を使って殴る事くらいだ。

 思いっ切り右の拳を握って振り上げ、ドーベルマンの顔を目がけて渾身の力で拳を振り下ろす!

「うわあああぁっ!」

 声を上げての渾身の一撃はドーベルマンの鼻先をかすめただけに終わった。しかし、この攻撃によりドーベルマンは完全に俺を敵だと認識した。

 右手を振り下ろし静止している一瞬の隙に、鋭い歯が右手首を目がけて襲いかかってきた。

「ぅあああぁっ!」

 ドーベルマンの歯が深く刺さり激痛が走る。至近距離で見たそれはもう、歯ではなく牙としか思えなかった。

 痛くて怖くて泣きそうだったけれど、葵の前だったので強がって泣くのを我慢する。

「葵は俺が守る! 絶対に!」

 腕を振ろうとも噛み付いた歯は抜ける様子がない。このまま手首を噛みちぎられるんじゃないか、と不安と絶望が頭をよぎり泣きそうになった瞬間。

「おおおりゃぁ!」

 純一の力んだ叫び声と共に、普通の小学生が持てる限界であろう大きさで、先の尖った石が飛んできた。

 プレハブの上に敷いてあった、雨漏り用のベニヤを押さえていた石を投げてくれたのだ。しかし、石はその大きさの為か上手くコントロール出来なかったようで、ドーベルマンには当たらず、俺達の立っていた滑り台の足元に当り、地面に落ちてゴロンッと転がる。

 でも、その衝撃のお陰で噛み付きが少し緩くなった気がした。しかし、すぐにまた歯が手首に激痛と共に食い込んでくる。

「今度こそおおぉ!」

 純一が間髪入れずもうひとつ大きな尖った石を投げる。

 今度はドーベルマンの引き締まった身体、脇腹あたりに直撃した!

「キャン! キャンキャン!」

 甲高い声を上げ、俺の手首に突き刺さった歯を引き抜いて、滑り台を駆け降りて遠くへと逃げて行った。俺は、出血した右手の痛みを堪えながらも後ろの葵を気遣った。

「葵! 大丈夫!?」

「ごっ、ご、ごめんなさぁい! わ、わた、ひっく、私を、助けた、ひっく、ばっかりに、ひっく、右手がぁ、ひっく、血がぁ」

 葵は泣きじゃくって顔がくしゃくしゃになっていた。きっと、怖かったのと血だらけの俺の右手を見たからだろう。

「俺は大丈夫だから。ねっ、泣かないで」

 さっきまで激痛が走っていた右手はおかしくなったのか、もう感覚がほとんどなかった。けれど、泣きじゃくっている葵を目の前に弱音なんか吐けるはずもない。

「う、うん。ひっく、あり、ひっく、がとう」

「俺、葵を守れて良かった」

 怪我をしていない左手で葵の頭をなでなでしてあげる。

「もし、ひっく、右手が動かなくなっちゃったら、私が、ひっく、涼介の右手の代わりになってあげるからね、ひっく、絶対に約束だからね」

「大丈夫だよ。ありがとう」

 頭を撫でてあげたからか、だいぶ気持ちが落ち着いたみたいで、葵はほとんど泣きやんだ様子だった。

「二人とも大丈夫か!?」

 プレハブ小屋から降りた純一が、滑り台の下から声を掛けてくれた。

 泣き止んだ葵が、滑り台の柵に寄りかかり純一にお礼を言おうとした、その時。

「ありが――」

 ベキッ、っと嫌な音が。

 滑り台の柵の根元が腐食していたらしく、そのまま柵が折れてしまい葵が頭から落下したのだった。

 下には、さっき純一が投げて滑り台に当たり、落ちて転がっていった大きな尖った石があった! 

「――ヤバい!」

「――葵っ!」

 俺達の声などお構いなしに、自然の摂理の通り落下は始まる。

「――間に合わないっ!」

「――だめだっ!」

 葵の頭が石の上に落ちる! その時だった――。


 ――ピカーッ!


 葵の周りから目も開けていられない程の閃光が発っせられ、そしてその光が消えると共に葵の姿は消えていた。

「葵!?」

「どこに行った!?」

 俺と純一は目を疑った。さっきまで一緒に遊んでいた葵が消えるなんて思ってもいなかったからだ。そもそも、人間が消えることなんてあるはずがない。いくらこの街自体がパワースポットと言われているとはいえ目の前で人間が消えるなんて……。


「――神隠しだ」


 俺は、目の前で起きた出来事がすぐに理解出来ず、純一の発した『神隠し』と言う単語でハッ、と気付かされた。

 でも、さっきまで一緒に遊んでいた葵が居なくなるなんて信じる事が出来ず、必死に叫んで探した。

「葵~! 葵~! どこだ~!?」

 もちろん、見つかるはずもない。目の前で消えたのをしっかり見ていたんだから。

 でも、信じたくなかったんだろう。その後も、叫んで探そうとしたがそれを制止するかのように純一が俺の肩を掴んだ。

「おい! 葵の事は俺達にはどうしようも出来ないんだ。 それより今はお前の手の治療が先だ。 行くぞ!」

 純一が家に連絡してくれ、すぐに親が迎えに来て俺達は病院に向かった。

 診察の結果、『右手は握力が正常に戻ることはないだろう。でも、日常生活で支障は出ない程度には回復する。それと、確実に傷跡は綺麗には治らない』との事だった。

 まぁ、日常生活に支障が出なければいいか。力仕事断れるし。前向きに生きようじゃないか。


 その、翌日のニュースで葵が消えてしまった『神隠し』の事件の記事が読まれていた。


「なぁ、ニュース見たか?」

「ああ。葵の事を言ってたな」

 俺と純一は昨日『神隠し』のあった公園でブランコにゆらゆら乗りながら話をしていた。

「でもさ、オレが思うにあの『神隠し』は葵を助けたんじゃないか?」

「なんでだよ、葵は居なくなっちゃったじゃん!」

 少しムキになり言い返した。

「あのまま最後まで落下していたら、オレの投げた尖った石のせいで葵は大怪我もしくは死んでたと思う」

「確かにそうかも知れないけどさ。でも、『神隠し』で助かったから良かったって言うのかよ! 神隠しで居なくなった人は帰って来た例はない、って母さんが言ってたぞ! 神隠しで居なくなったら、死んだも同然なんだよ!」

 純一の言っていることは理解出来ていた。でも、心のどこかでそれを認めたくなかったからムキになったんだと思う。

 ――あれ? 俺、なんでこんなにムキになってるんだろう。

「純一、怒鳴ってごめん。……俺、なんだか胸が苦しくてしょうがないんだ。何だろう……この気持ち。もしかして――」

「多分、お前の思ってる通りだと思うぞ」

 あんな少しの時間を一緒に過ごしただけだったけど。

 ……俺は葵の事を好きになってたんだな。

「元気出せよ」

 俺の気持ちを察して、純一は俺を気遣ってくれた。

「う、うう、うわあぁぁん!」

 俺は、行き場のない思いと胸の奥の苦しさに耐えられず泣き出してしまった。

「泣きたい時は思いっきり泣け。好きな人の為に泣く、お前を笑う奴はオレがぶっ飛ばしてやるから」

 純一の言葉に甘えて、周りを気にせず大声を出して思いっきり泣いた。

 数分は泣いていただろうか。そのおかげで気持ちが少し楽になった気がする。

「少しは落ち着いたか?」

「ありがとな。おかげで立ち直れそうだわ。……いつか、葵が帰って来る事を信じて生きてくよ」

「ああ。信じて待ってればきっと帰ってくるさ」


「葵~! また、ここで遊ぼうな! 約束だぞ! 俺、いつまでも待ってるから!」


 俺は、『葵に届け!』とばかりに、大声で空に叫んだ。

 空耳に違いないと思うけど、どこからともなく葵の声で「約束だよ!」って返事が聞こえた気がした。


 これが、実際に俺の目の前で起きた『神隠し』事件だった。

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