あの日の約束。【完】
高台の一番上に着こうとした時、一匹の狼が道を塞いでいた。見た感じの雰囲気で悪意が憑いているが解る。犬やそれに似てる狼は苦手なんだよな。怖いから道の端を走って通り過ぎられないかな? ……って事で。――ダッシュッ!
「ガウッ! ガウッ!」
狼の横まで行ったら、走って追いかけて来た! やっぱり怖いな!
「――トランス! くらえ!」
ゴスッ。拳で殴りつける。
「キャン! キャン!」
魔力変換で攻撃力が上がっているのと悪意浄化の力があるため、憑いていた悪意は浄化され、狼は逃げて行った。この悪意の浄化により、リストバンドに示されている願望魔力のメーターが完全に貯まっていた。
よし! このまま、一気にアランの所まで行くぞ! 頂上への道を急いで駆け上がった。
高台に着くと、そこには氷の鎖で拘束されぺたんと地面に座っているセリアと、氷の椅子に座って肘をついて不敵な笑みを浮かべるアランの姿があった。
「涼介!」
「セリア!」
セリアの顔が見れて安心した。今、助けてやるからな。
「よく、ここまで来れたな。途中で逃げるか死ぬかと思っていたんだがな」
「残念ながら、俺には頼れる仲間がいるんでな! そのおかげでここまで来れた」
「そうか。じゃあ、その仲間とやらに生きて会えると良いな。まぁ、俺様と戦って無事でいられはしないがな」
相変わらず、ムカつく野郎だ。絶対にぶっ飛ばしてやる。そして、セリアを絶対に助ける。
「セリアは返してもらうぞ」
「ゴミ虫に出来るかな?」
「やってみなきゃ解らねぇだろ!」
アランを思い切り睨みつけ、腰を落とし構える。
「トランス! ――メフォゼ!」
股間から光を放ち、大剣が姿を現す。
「相変わらず、下品な所から剣を出すんだな」
「その言葉後悔すると思うぞ。なんせ、お前は今からその下品な剣にやられるんだからな」
「相変わらず面白いことを言ってくれるな、ゴミ虫は」
俺は、両手に力を込めエロスカリバーを前方に構えた。魔法を食らう前に決めてやる。
「また、一撃で沈めてくれるわ」
アランは右手を前に出し、構えを取った。
「うおおおぉ!」
エロスカリバーを振り上げ、一気に間合いを詰める。
「――氷多槍魔法!」
――っ! この前と違う魔法! アランの周囲に現れた無数の小さい氷の槍が俺を目掛け、四方八方から飛んで来た。
「しゃらくせえ! 気合で全部壊せばいいんだろ!」
とは言ったが、大剣一本と気合だけでは全ては追撃しきれず、小さな氷の槍がいくつも刺さる。意識が飛びそうなくらい痛い。鋭利なものが刺さるのがこんなにも痛いなんて知らなかった。痛みで意識が薄れ膝を地面に落とす。そして、エロスカリバーが手の中からゆっくりと消えていくのが見えた。
「涼介! 逃げて! ……私の事はもういいからぁ!」
――セリアの声。しかも、半分泣いている。その声を聞いたら飛びそうな意識はしっかりした。……絶対、セリアを連れて帰る。
「弱いな。一撃でそれじゃあ、俺様に勝てるわけがない」
「うるせぇ。お前なんかとセリアは結婚させない。俺はセリアを救う。セリアの泣き顔なんか見たくねぇんだよ。お前は心が痛まないのか?!」
「心が痛む? なぜだ? 女ごときの涙、見飽きたわ」
「それが特別な人の涙でもか?」
「特別? コレは俺様の魔法の契約に必要だから連れて帰るだけだ。契約さえ終われば、こんな女には用はない。……まさか、お前この女が……」
「うるせぇ! セリアはな、俺のために頑張ってくれた特別な人だ!」
「なら、取り返してみせろ。この人間のゴミ虫めが」
「泣いて謝っても許してやらねぇからな! このキザ野郎!」
「来いよ。先程のように我が魔法の餌食になるがいいっ!」
右の掌を前に突き出し魔法の構えを取るアラン。
確か、魔力変換は体力を魔力に変換するんだよな。ならば、ギリギリまで体力を変換しながら戦う覚悟を決める。セリアを守れるんなら瀕死になろうが構わない。
「トランス! ――メフォゼ!」
俺は、もう一度魔力の剣を創り出した。
「涼介! 戦っちゃダメぇ!」
今はセリアの言葉を効くワケには行かない。魔力変換を体力ギリギリまでし続ける。……そう言えば、セリアが以前『アナタは単純に伝説の変態。でも、魔力を『変形』させる事にも秀でてるって事っぽいのよね』って言ってたな…………やってみるか!
「またその下品なナマクラか! バカの一つ覚えもいいとこだな!」
嘲笑するアランの顔がムカついてたまらないぜ。
「お前なんかに、絶対に負けねぇ!」
剣を構え地面を思い切り蹴り、アランを目標に駆ける。
「――氷多槍魔法!」
アランの周りに現れた無数の小さな氷の槍の先端が俺を目標に定め待機した。その瞬間、俺は足を止め、後ろに飛び退き距離を取りエロスカリバーを振り上げ刀身に炎を纏うイメージをする。
「宿れ! 不死鳥の力!」
――そして、剣が炎を纏う!
「くらえ! 《不死鳥の力を纏いし聖剣》!」
身体をめがけ飛んでくる無数の氷の槍。俺はそれに向かって大きく振り上げた剣を振り下ろす! 三日月状の炎の衝撃波が氷の槍とアランを目掛け飛んで行く。途中で衝撃波は不死鳥の姿に変わり、氷の槍の大半を飲み込みアランに向かって行く。しかしアランは紙一重でこの不死鳥をかわす。その、アランの表情は驚きに満ちていた。
「火炎魔法剣だと!? 只の人間に使えるはずがない!」
「変態の力を舐めてると火傷するぜ! 炎だけにな! ――って、痛っ」
しかし、いくつか溶しきる事が出来なかった小さな氷の槍が、左肩と右の腿に突き刺さり鈍い痛みを与えていた。相変わらず痛い。でも痛みになんか構っている場合じゃない。振り下ろした剣の切っ先をそのまま下に向けた状態で、アランと肉薄する程に一気に距離を詰める!
「覚悟おぉっ!」
振り下ろしていた剣をそのまま横薙ぎでアランを斬りつける! これで終わりだ!」
「――甘い!」
「えっ!」
アランはどこからともなく氷の剣を創り出し、俺の剣を防いでいた。
そして不意の出来事に驚いている俺の隙を狙って、左肩に刺さった氷の上から拳を勢い良く振り下ろす。
「ぐあああぁっ!」
あまりの痛みに耐え切れず、悲鳴をあげてしまった。またも、意識が飛びそうになるが気合で堪える。俺に一撃加えたアランは後ろに下がり少し距離を取り、自身の得意な間合いを作る。アランとの距離が開いてしまった。その際、俺は左肩に刺さった小さな氷の槍を歯を食いしばり引っこ抜く。この上ない激痛が走ったが、刺さったままだと動きにくいためこればかりは我慢するより仕方ない。しかし、困った。距離のある攻撃は得意じゃないし、何よりその戦い方だと身体と力が持続しなそうだ。そう思い俺が次の攻撃に備えて剣を構えた、その時だった――」
「――爆発魔法!」
見慣れた魔法がアランに炸裂する。
「この魔法は――セリア!」
アランは咄嗟に出したと思われる、氷の盾でセリアの魔法を防いでいた。
「……ちぃっ! 後ろからか。油断していた」
どうやら背後から唱えられたセリア魔法を完全に防ぎきれなかったようで、アランの頬には数センチ切り傷が出来て、微かに血が滲んでいた。アランはそんな顔に違和感を持ったのか、手で頬を拭う。
そして、血を確認したその表情は途端に鬼の様な形相に変貌する。アランは血を見つめ、その場でわなわなと肩を震わせ始めた。その隙を見て、セリアが俺の所に走って来る。
「どうやって氷の鎖から抜けたんだ?」
「涼介の炎の衝撃波で鎖が少し溶けてくれたから、そこから抜けだしたの」
肩を震わせていたアランは、怒りに満ち溢れた様子で喋り出した。
「…………この俺様の顔に傷だと……! このゴミ女が! 絶対に許さんぞっ!」
「セリア、俺の後ろに回れ!」
嫌な予感がした。それはもう直感で感じ取れる位に。
「氷槍魔法!」
長い一本の氷の槍が俺とセリアを一緒に貫かんばかりの勢いで飛んでくる!
「やっぱりな!」
左肩の激痛に耐えながらも剣に渾身の力を込めて、飛んで来た槍を迎撃する。
「おい! ゴミ虫! その後ろの女を渡せ。俺様の顔を傷付けた報いとして、魔法で散々いたぶった後に殺してやる事にしたんだ。今すぐこっちに寄越せ!」
「そんな事言われて、はいそうですか。って渡す奴が居ると思うか?」
「じゃあ、お前を殺してからゴミ女を殺すとしよう……」
「やれるもんならやってみな! セリアは俺が守る! 絶対に!」
あれ――。
女の子を後ろに必死に守ろうとしていた、こんなシュチュエーションが昔にあった様な…………。
――――思い出した!
「お前なんかに、セリアは渡さない!」
「異様に威勢が良いな。虫の息寸前のゴミ虫の分際で。すぐにゴミ虫を殺して、後ろのゴミ女をゆっくりと時間をかけて殺してやるからな」
「はぁ? さっきも言っただろ? 聞こえなかったのか、このキザ野郎! 俺が守るって言ってんだろ!」
「相変わらず、口だけは達者なゴミ虫だな。面白い、ゴミ女をゴミ虫が守れるか試してやろう」
「セリアは……――いやっ! 『葵』は俺が守る! 絶対にだ!」
「思い出してくれたの――」
セリアは大きな瞳いっぱいに涙を浮かべていた。その頭を撫でながら俺は口を開く。
「すぐに気付けてやれなくてごめんな。まさか、公園での神隠しの時から髪の色だけじゃなく眼の色まで変わってるなんて思ってもみなかったからさ。だから悲しんで泣かないでくれよ」
「ううん。悲しいから泣いているんじゃなくて、嬉しくて泣いてるの……嬉しくて涙が……止まらないよ」
「安心しろ。今はもちろん、これからも葵の事を守ってやるから。だからもう泣くの禁止な」
「……うん」
「殺される覚悟は決まったか? お前らみたいなゴミ共には勿体無いくらいの魔法を用意してやったよ」
「女の子の涙をどうとも思わない、ゴミキザ野郎にゴミって言われたくないな」
アランは一瞬表情を強張らせたが、すぐに不敵な笑みを浮かべ直した。
「ふはは」
「何がおかしい!」
「コレを見ろ」
「そ、それは! 光の魔道書!」
セリアが驚いた表情になる。
「なんだそれ?」
「簡単に言うと、あいつの使っている氷魔法よりも数ランク上の光魔法が一時的に使えるようになるの。アレは簡単に手に入る代物じゃないのよ」
「何かあった時のために父上の書庫から拝借して持っていたんだよ。まさか、お前らなんぞに使うとは思わなかったがな」
「涼介……逃げて」
「――え!?」
「――逃げて! 私、大好きな人に死なれたくなんてない! 私が転送魔法で遠くに飛ばせば涼介だけでも助かるわ!」
「何でそんな事言うんだよ!」
「だって光魔法は威力が高すぎて今の私じゃ絶対に防げないの! だから涼介だけでも!」
「俺だけ助かれって言うのかよ!? お前の居ない世界なんて今の俺には、もう考えられないんだよ! お前が大好きな人に死なれたくないのと同じで、俺も大好きな人に死なれたくないんだよ!」
「……涼介。でも――」
言葉を続けようとしたセリアの唇を人差し指で抑えた。
「セリアが俺を守ろうとする必要はないよ」
えっ? と言う表情になる。
「――だって、俺がセリアを守るんだから!」
「涼介っ……」
セリアは唇を噛みしめ涙をこらえる。
「……絶対に、絶対に、守ってくれなきゃ嫌だからねっ!」
「絶対に守るよ」
「ひっく、絶対に、ひっく、約束だよっ!」
「あぁ。約束する――」
泣き出してしまったセリアの両肩を抱いて、危ないから少し離れていてと告げる。
「この世と大好きな女とのお別れの挨拶は終わったか?!」
嫌味ったらしい不快な声が聞こえてきやがる。
「お前こそ、今からお父上様とやらに謝る言葉を考えておくんだな」
「身の程知らずもそこまで行くとおめでたいな! このゴミが! 覚悟しろ。泣いても許してやらないからな」
「そのままそっくり返してやるよ」
アランは手に持った魔導書に視線を落とし、詠唱を始めた。
「この書を媒体に、我に今ひとときの力を与えたまえ」
俺もとっておきを使うか――! リストバンドに視線を落とし、そして右手を上げる。
「我が右手に宿りし魔力よ! 今、ここに――」
「涼介! そんな事したら折角最後まで貯めた魔力がなくなっちゃう!」
横からセリアの叫び声が聞こえる。でも、今はそんな事を気にしている場合じゃない。
俺は……セリアを守るんだ!
アランは腕を上げ掌を上に向けた。
「光魔法……ここに発動せよ!」
その瞬間、強風と共に目も開けていられない程の光が放たれた。そして、アランの右手には刃渡り三十センチ程の剣が握られていた。
「あれは、少し小さいけど光魔法の中でも最高クラスと言われている《聖なる剣》!」
「どうだ、ゴミよ! この魔力に驚いたか!」
「我が右手に宿りし魔力よ。今、ここに解き放て! そして、我が願いを叶えよ! 愛しい人を守る力を俺に与えろ!」
「――涼介!」
右手のリストバンドが大きく光を放ち、俺の身体は光で包まれた。身体の奥から今までに経験した事もない位の大きな力が溢れ出す感覚がする。そして、左肩の傷も治癒されていく。これが、魔力開放の力か……すごいな!
「うおおおおおぉっ!」
身体から溢れる力を一点に集め、魔力の剣を作り出す!
そこ(股間)にはこれまでには見たこともない、豪華な装飾の施された剣が現れた!
「すごい! ご立派ね!」
「普通に『すごい』とだけ言え!」
「ふははは! そんな物でこの光魔法と渡り合えると思っているのか!」
「やってみなきゃ解らないだろ。俺の《性なる聖剣》でお前ごとその剣砕いてやるよ」
「お前達、まとめて消してやるわ!」
「セリアは絶対に守る……」
「光魔法!」
「何があっても守ってやるさ」
「エクス――」
「エロス――」
「「カリバーッ!」」
魔力開放により、俺のエロスカリバーは普段の様な三日月状の衝撃波ではなく光の柱を放出する! アランの持つエクスカリバーも光の柱を放出させ、お互いの武器が放つ大きな光がぶつかり合う! そのふたつの力は拮抗していた。
押しつ押されつの状態が続き、その後、ぶつかり合う光は弾けて相殺された。
アランの持つ剣は刃渡り十五センチ程になっていた。おそらく、力を使ったせいだろう。
そして、俺の剣の刀身はかなりしぼんでしまっていて、もう一度力比べをしたら勝てそうもない。
「ふははは! ゴミ風情としてはよく頑張ったと褒めてやろう。しかし、もう一度耐えられるかな?」
「もう一度と言わず何度だってやってやるぜ」
とは、言ったもののさっきのエロスカリバーで俺の魔力はほとんど残っていない。
後は、無いにも等しい体力を無理矢理にでも魔力に変換して戦うしかないだろう。
俺に魔力変換が出来る最後の選択肢は、『体力を死ぬ寸前まで魔力に変換する』だけ。すなわち……命に等しい!
「うおおおおぉ!」
まずはありったけの体力を魔力に変換し、剣に力を送る。しかし、先程の魔力開放で創りだした剣には程遠い。
「もう、その程度の剣しか出せないのか。今度こそお別れだな。ゴミが」
俺にはもう、この命しかない。死ぬ気でセリアを守るしかないんだ!
「うおおぉ!」
声を上げエロスカリバーを大きく振り上げる。
アランは少し小さくなったエクスカリバーを振り上げた。
「エクス――」
「エロス――」
「「カリバーッ!」」
またも、お互いに放つ光の柱がぶつかり合う。しかし、今度は明らかに俺の放出する光の方が小さくて弱々しい。
でも、命と引き換えに魔力変換をすればギリギリどうにかなりそうな気がする。もう命を引き換えにして戦うしか他はないみたいだな。このままだとどっちにしろ死んじまうだろうし。なら格好付けて死んだ方がマシだ!
死んでも構わない、そう覚悟を決めて俺の命を魔力に変換しようとしたその時――
俺とアランの光の衝撃で生まれた風圧によりセリアは尻餅をついてしまう。
「あの世でも変態と呼ばれる人生を歩むが良い!」
「涼介! 負けないでっ!」
――あった! 俺に命以外の力。
そうだ! 愛の力があるじゃな――
その瞬間、俺の目に入って来たのはセリア――のパンツ。
セリアは尻餅をついたせいでM字開脚っぽく座った上に、風圧によってスカートがめくれ、パンチラが発生したのだ!
「ニーソでM字で風によるパンチラ最高おぉ~っ!」
そう! 俺には、超強力な変態の力があった!
ニーソによる絶対領域+M字開脚+普段と違い意図的ではなくハプニングによるパンチラ! これは、想像以上にスゴイ高揚感だ!
「ふおおおおおおぉ!」
性的興奮に共鳴するかの如く、俺のしぼんでいた《性なる聖剣》は魔力開放をした時と同じ。いや、それ以上に大きな力を発揮していた。
ぶつかりあっている光に、もう一度《性なる聖剣》での追撃を加える!
「これで終わりだ! エロスカリバー――」
「ダブルストライク!」
ぶつかり合っていた光を、俺の更に大きな追撃の光がアランごと飲み込み覆い尽くす。
「こんな、変態のゴミ虫に負けるとは――!」
光と共に、アランの姿は消え去っていた。
「勝った! セリアを……守れた」
剣を地面に突き刺し身体を支えて、肩で息をしていると、セリアが駆け寄って来る。
「涼介~っ! ……大丈夫!?」
「いやぁ。手強い相手だったよ。あんなのとは、もう二度と戦いたくないわ」
身体中が痛いのを我慢しつつも、笑いながら答える。
「どうなのよ?」
セリアの言葉に主語がなくて、質問の意味がよく解らない。まぁ、この状況なら適当に答えても殴っては来ないだろう。
「パンツは青だった」
「違うわよ! この変態!」
うん。殴られはしなかったけど右の頬に平手打ちが飛んで来た。なんだか、セリアのビンタが懐かしく感じるのは何故だろう……。
「聞いたのは涼介の怪我の具合よ」
「大丈夫。右のほっぺたが重症なだけで、あとはかすり傷みたいなもんだから」
痛えー! 今度は左の頬に平手打ちかよー! と、予想していたんだけど……あれ? 平手打ちが飛んで来ない?
「心配したんだから……」
こんな心配そうなセリアの顔、見たことないかも。無理に明るく振舞ってるつもりなのが解るだけに、若干調子が狂うな。
「大丈夫だから、安心してくれ」
本当に心配してくれていたセリアの質問に真面目に答え、『一緒に家に帰ろう』と言おうとした時の事だった。
上空に大きな光が現れ、ゆっくりと俺とセリアの前に降りて来る。
「アランが戻ってきたのか!」
満身創痍の俺には、もう戦う力なんて残ってないぞ!
「いえ、あの光は違うわ。安心して」
でも、セリアは緊張した面持ちになり背筋が伸びていたのが見て取れた。きっと知っている誰かなのは確かだろう。
降りてきた光は徐々に弱くなり、シルエットが現れる。その姿は老人の様に見えた。
「セリアよ。魔法使い試験……合格じゃ!」
「ありがとうございます。天界長」
「天界長? 天界の偉い人か」
老人を纏っていた光が完全になくなり、姿が露わとなった。
――ん!? なんか見た事ある気が……。
「あ! 自称運命の神様ことボケじじい!」
以前、登校途中に佐々木先生、志乃とぶつかった日があった。その日の最後にぶつかった老人がこの顔だったはず。
「よく憶えていたのぅ。お主の今までの事は全て天界から見ていたぞ」
「天界の長と言う事は、神様ってのはあながち嘘ではなかったんだな」
「だから、お主の事は全て解っておるよ。田中一郎よ」
「名前思いっきり間違えてるから! 以前と同じボケは勘弁してくれません!?」
「ところで、ワシのご飯はまだかのぅ?」
「だから、誰も憶えてないと思われる同じボケは勘弁して下さい!」
ボケじじい改め、天界長はうむむという擬音が聞こえてきそうな表情していた。そして、真剣な表情に一転させ、セリアに向かい威厳のある声で話し始めた。
「宇佐美涼介が願いを叶えた事により、晴れて魔法使いとなった訳だが……願いは何を望む」
「願い? そんなのがあったのか」
「そうじゃ。大変な試験じゃから、『ワシの出来うる範囲で願いを聞く』という報酬を出しておるのじゃよ……まぁ、そう急がんでも天界に帰ってからでも構わぬよ」
――――っ!
俺は言葉が出なかった。『セリアが天界に帰る』――それは、当たり前の事なのに全然考えていなかった。……いや、心の奥で考えたくなくて気付こうとしていなかっただけかも
知れない。
「セリア、天界に戻っちゃうんですか?」
無意識に口が言葉を紡いでいた。
「試験を終えたら、天界に戻るのが規則じゃからのう。その為に、迎えに来たのでのぅ」
「少しだけ待ってもらえませんか!」
このままセリアと離れるだなんて……。セリアに目を向けると、暗い表情で俯いていた。
「悪いが、ワシも忙しい身でのぅ。もうセリアを天界に連れて帰らねばならないのじゃ……すまんのぅ。――転送魔法」
学園長の目の前の地面に、大きな魔法陣が現れる。
「セリアよ。名残惜しいとは思うが、天界に戻るぞ」
セリアは暗い表情のまま、無言でゆっくりと魔法陣に向かって歩いて行く。
どうにかしなければ、と思ったが頭の中がぐちゃぐちゃで考える事すら出来ない。
――だけど、何かを言わないとセリアは天界に帰ってしまう!
「俺は……、お前と離れたくない! いつも俺の隣に居てくれたセリアが居なくなるなんて考えられない! だから、これからも側に居てくれよ!」
「私だってそうよ! 涼介と離れたくないわよ! ……天界長。……どうにかなりませんか?」
セリアが天使長に懇願する。
「じゃがのう……さっきも言ったが、試験が終わったら天界に戻るのが規則なのでな……。残念ながら『天界に戻らない』と言う願いは聞けないのじゃ……魔法陣の上に来なさい」
打つ手のないセリアは泣きそうになりながら、再度魔法陣に向かう。魔法陣にあと一歩の所で、俺は口が自然と開いて自分の気持ちを語り出した。
「セリア! ちゃんとした言葉で伝えてなかったから、最後に言わせてくれ。――芹沢葵こと、セリア・イリアス! 俺は、お前と初めて出会った時に好きになった。そして十年後のこの時代で、また新しく出会い好きになった。違う人だと思っていたのに同じ人を二度も好きになった。運命なんて信じてなかったけど、お前とは運命を感じたんだ……。――セリア。大好きだよ」
「涼介……ありがとう。嬉しい。――私も涼介の事が大好き!」
セリアが涙ながらに言ってくれた言葉は最高に嬉しかった。俺が今まで生きていた中で、一番嬉しい言葉だったと思う。
「セリアの為なら、この世に存在する全ての人を敵に回しても構わない。邪魔する奴は神だろうが魔王だろうがぶっ飛ばしてやる! だから、行かないでくれ!」
一縷の望みにかけて、右手を伸ばした。
「……でも、『天界に戻らない』って願いは聞いてもらえない……」
現実を見つめ、途端に表情を曇らせるセリア。
「今の私には、涼介の右手を握る資格なんて……――あっ!」
しかし、俺の差し出した右手を見て、何かを思いついた様だった。右手はリストバンドくらいしかしてないけど…………あっ!
セリアは胸に手を当てて、きりりとした表情で天使長に話し始める。
「天界長、私の願いを聞いて下さい! 私、セリア・イリアスにもう一度最終試験を受けさせて下さい。そして、願いを叶える人間にこの宇佐美涼介を選びます!」
「…………」
天界長は口を真一文字にして考える。
「…………まぁ、それなら天界の規則に反しもせず、ワシの出来うる範囲の願いじゃな。少し強引じゃが、特例としてその願い叶えてやろう。では、願いとしてセリア・イリアスがもう一度試験を受ける事を認めよう」
「……ありがとうございます!」
「それに、伝説の変態こと宇佐美涼介にぶっ飛ばされるのも難じゃからのう」
自称神様こと、天使長は微笑みながら言った。あ……俺、無意識にとんでもない人をぶっ飛ばすとか言っちゃってた。
「じゃが、特例を出す代わりに次の試験で必要になる願望魔力は今回の倍以上になるから覚悟をしておくのじゃぞ」
「このセリア・イリアス、どんな条件でも謹んでお受け致します」
「俺も、どんな無理難題でも頑張ります!」
「それでは、ワシは天界に戻るが……二人共、無事に試験合格する事を期待しておるからな」
「「頑張ります!」」
俺とセリアは張り切った声で天使長に返事をした。
すると満足そうな表情で、天使長は先程出した魔法陣の上に乗り、天界へと戻って行った。
「セリア……また、お前と一緒に居られて嬉しいよ」
「私も……」
俺はセリアとお互いの瞳を見つめ合う。
「…………」
俺もセリアも気恥ずかしさからか、目を逸らしてしまった。
「さっきまでは、必死だったから大丈夫だったけど、冷静な状態の時に二人で見つめ合うと死ぬほど恥ずかしいな」
「そっ、そそ、そうね!」
ここは、話を変えたほうが恥ずかしくないか知れない気がした。何を話そうか考えていた時に、部屋に置いてあったクッキーの事を思い出す。言わなきゃいけない言葉があったんだった。
「……あっ! 話は変わるけどさ、部屋に置いてあったクッキーありがとうな」
「お、美味しかった……?」
料理が得意じゃないセリアは不安そうな顔で聞いてきた。
「美味しかったよ。でも……」
美味しかったの言葉で、一瞬明るい表情になったが、後半の言葉でセリアの顔が不安で曇る。
「――でも……今度はセリアと一緒の時に食べたい」
今度は、ぱあぁ、っと嬉しそうな表情に切り変わった。
「じゃ、じゃあ、今度は一緒に……食べる?」
「おう。また作ってくれな。楽しみにしてる」
「しょ、しょーがないわねっ」
さっきまで、離れ離れになると思っていた状況だったから、こんな他愛のないやり取りでさえ幸せに感じてしまう。
「涼介……ありがと」
「……ん?」
急に言われたので、何の事だか解らなかった。
「昔……十年前ドーベルマンに襲われた時に守ってくれた事と、あの事件からすごく時間が経っていて、私を『葵』と別人だと思っていたのにも関わらず、命を掛けて守ってくれた事……」
「ああ、気にするな。『葵』も『セリア』もどっちも大切だと思えたから、守りたいと思ったから守ったんだから」
恥ずかしさもあったせいか、ちょっとぶっきらぼうな答え方だったかも知れない。
「涼介で良かった……」
「ん? 何か言ったか」
「ううん。なんでもないっ」
話をはぐらかされてしまった。まぁ、聞いてなかった俺も悪いんだけど。
「あのさ……聞いていいかな? 記憶が戻ったって言ってたけどさ、どれくらい戻ったんだ?」
「八割方は記憶が戻ったと思う」
記憶が戻ったのであれば、セリアに聞きたかった事がある。
「『葵』が神隠しで消えた翌日に、俺が空に向かって大声で言った言葉って届いてたか? あの時、返事が聞こえた気がしたんだけど……」
「……聞こえてたよっ」
セリアは、にこっとして返事をした。
「じゃあさ、あの時の約束を果たしに行こうか」
「うん! 約束だったよね!」
俺とセリアは公園に向かって歩いて行く。
言葉を交わした訳じゃない。だけど、俺達は自然と手を繋いでいた。
ぎゅっと握り合った手は温かくて、幸せな気持ちにしてくれた。
「ねぇ、アランとの戦いで最後に言った言葉、もう一度ここで聞かせてくれない?」
どれだ? どの言葉だ? この感じからすると、きっと恥ずかしい台詞だよな?
「恥ずかしいかも知れないけど、また聞きたいの……お願い」
って事は恥ずかしい言葉は確定……。――あれかっ!
「セリア――パンチラ最高おぉ~っ!」
「違うわよ! この変態涼介!」
パンチが鼻にヒットし、お馴染みの嫌な音を立てた。そして、例によって流れ出る赤い液体。
「ティッ、ティッ、ティッシュ~ッ!」
まさか、最後にまたもう一度この台詞を叫ぶとは思わなかったぜ。
【完】
最後まで読んでいただき本当にありがとうございます!
恐らく、「新人賞の1次すら通らない」と言うのを参考にしたくて読んでいる方が大多数だと思います。解る人ならすぐに解ると思いますが、評価シートでは散々な結果が書かれておりましたw
シートの内容をネットで公開は禁止されているので、詳しくは書けませんが「個性的なキャラ」「キャラ同士の掛け合いが面白く、飽きさせない」位しか褒められませんでしたw
「これから新人賞を目指す方の参考になれば……」と思い投稿してみました。
新人賞を目指す皆様、頑張って下さい!
星霧圭はもう、心が折れましたw
次回作はゆるい系のコメディを書いてみようかと思っています。あくまでも、思っているだけですが……コメントあれば頑張って描くかもしれませんw
参考のために読んで下さった方・面白いと思って読んで下さった方(極少数だと思いますがw)、最後まで読んで頂き本当にありがとうございました!