高台への道。
「ここが、高台の入り口だな」
ここは高台の一番裾の場所。一番低い位置からフェンスが立っていて、それがぐるりと一周囲まれていた。その、一部が扉になっていて近くには事務所の様なものが建っている。
「お嬢様の御学友の方ですね。御通り下さいませ」
「れーこさんの話では、この細い道を登っていけば一番上まで行けるなの」
確かに細い道だな。車二台がギリギリすれ違えるかどうかの幅だ。多分、この道は工事車両が通る道ではないのだろう。歩き進んで行く道の途中で、周りから複数の気配がした。
「気をつけてなの。何か来るなの」
俺達五人の目の前に野犬が飛び出してきた。その数、四匹。
「この犬、目付きがおかしいですね」
「オレ達が空き地で捕獲した犬の事件の時と同じ目だな。テバス以外、一人一匹行けるか?」
悪意が憑いているのか。昔だったらキツかっただろうけど、魔力変換が出来るようになった今なら、苦手な犬の一匹位そんなにも怖くはない……はず。
「来るぞ!」
影山は野犬の首の後ろに木刀を叩き込み一撃で沈める。流石、全国クラスの剣の威力はすごいな。志乃は苦無の柄で野犬の頭を叩き気絶させた。あれ、鉄だからマジで痛いんだよな。
そして、純一は――。
「くらえ! 目潰し!」
相変わらず卑怯な技を使っていた。
「くそっ! 避けるな!」
しかも、避けられてるし。――って、呑気に観察してたら俺の前まで野犬がじりじりと接近していた。……やっぱり、犬怖いんだけど! そんな俺の前にテバスチャンがに出てくる。
「僕に、お任せ下さい」
「いや、危ないぞ!」
「大丈夫ですよ。ほらっ、ワンちゃん。ご飯だよ」
丸い団子の様な物を宙に投げる。それを上手にキャッチして食べる野犬。そして、程なくしてブクブクと泡を吹き倒れた。
「寺瀬特製の痺れ団子でございます」
テバスチャンすごいな! これが執事のたしなみってやつか! これで全部片付けたかな?
「すまん、涼介! 一匹仕留め損ねた!」
純一の声で振り向くと、野犬が俺に飛びかかって来ていた。
「うわっ!」
恐怖で反射的に手が出てしまい、野犬の目に俺の指が刺さる。意図的ではなかったが、目潰しが野犬に炸裂した。
「涼介。お前、卑怯な技を使うんだな」
「お前に言われたくない! これは事故だ!」
まさか、純一に卑怯呼ばわりされるとは思わなかった。
「テバス。美味そうな団子持ってるな。ひとつくれよ」
「あっ、それは……」
純一はひょいっとテバスチャンの言葉を最後まで聞くこと無く、持っていた痺れ団子を勝手に手に取り口に放り込んだ。もぐもぐ――バタン。ブクブク。
倒れて泡を吹き出した。卑怯だけでなくバカすぎる。倒れた純一は影山に担いでもらい、高台への道を更に進んで行く。今度は、野犬ではなく二匹の狼が待ち構えていた。
「狼か。これは厄介だよな」
「アタイも純を担ぎながらだと、少しキツいかも」
「ここは、志乃に任せるなの」
「僕も残って、志乃さんを援護致します。ですので、宇佐美君達は先に進んで下さい」
二人には申し訳ないけど、今はセリアを助ける事が先決だ。
「じゃあ、志乃にテバスチャン。ここは頼んだ!」
「任せるなの!」
「セリアさんを必ず助け出して下さいね」
志乃が苦無を投げて狼と応戦している横を、俺達三人は走って通り抜ける。
「……さて、僕の銀食器のサビになりたいのはどいつだ?」
えっと。なんかテバスチャンが人格が変わった様な台詞を言った気がするんだけど……。とりあえず、今は進もう。すごい気になるけど。
☆
かなり登っただろうか。多分、もう三分の二くらいは登り進んだと思う。一番上までもう少し、と思った時に俺達の目の前に見覚えのある人影が……あれは、竹刀を持った生活指導の松永先生だ。
「何で、松永がこんなところに居るんだよ!」
俺だって解らない。でも、入り口は許可がないと通れないだろうからアランが関係してるのは間違いないだろう。
「学校をサボる奴はお仕置きダ!」
様子がちょっとおかしいな。目を凝らすと松永先生の後ろに何かが見える。
「影山、松永に悪意が憑いてる」
「って事は、用務員の時みたいになってるって事か?」
「そうなるな。かなり強くなってるかもしれない」
『はっはっは! そいつは俺様が用意した』
空から声が聞こえる。この、いけ好かない声はアランだ。
『お前らに教師が攻撃出来るかな? 悪意が浄化されても、傷付ければその傷は残るし、殺してしまえば本当に死んでしまうからな。気を付けて戦う事だな。しかし、悪意によって強化されたそいつは強いぞ。手加減して倒せるかどうか見ものだな。あーはっはは!』
卑怯な真似してきやがるな。あのキザ野郎は。
「ここはアタイに任せな」
担いでいた純一をゆっくりと地面に下ろす。
「大丈夫か? さっきまで純一を担いで走ってて、体力をかなり消耗してるんじゃないのか?」
「それでも、充分戦えるさ。松永はアタイの純に恥ずかしい格好させた恨みがあるからね」
恥ずかしい格好? あ、メイド服か。あれはイタズラした純一が悪いんだけど。まぁいいか。
「影山。殺すなよ」
「安心しろ。半殺しで止めとく」
「安心出来るか!」
「松永。アタイが相手だ」
「サボった生徒は指導ダ! 指導ダ!」
「覚悟っ!」
木刀を握り締め、走って松永先生に接近する。木刀を身体の横で構え、
「影山流剣術――薙払い!」
そのまま横に振り抜く!
影山の技が決まったと思った瞬間、松永先生は竹刀で木刀を受け止めていた。
「竹刀で受け止めた!?」
「甘いんだヨ!」
「うっ!」
攻撃を受け止められた際に生じた隙に、影山が身体を蹴り飛ばされ倒れる。
普通だったら、木刀を竹刀で受け止めることなんて出来ない。受け止める事が出来たのは多分、悪意の力が関係しているのだろう。
「この強さはちょっとヤバイな」
これは、俺も魔力変換して戦わないとならないな。体力温存とか言ってられない。
「美咲に何してんだよ……」
後ろから怒りに満ちた声が聞こえて来た。
「純一、気が付いたのか?」
「あぁ。ついさっきだけどな。松永先生、いや、松永。お前をぶっ殺す!」
「純一。殺しちゃだめだ」
「半殺しだ!」
やっぱり、純一は影山と似たもの同士なんだな。
「悪意が憑いてるから、気を付けろよ」
「そんな事はどうでもいい。美咲を傷つけた報いを受けてもらう」
「今度はお前カ! 指導してやル!」
「あの松永の持ってる竹刀、木刀並に強化されてるから要注意だぞ」
「了解。松永死ねええぇっ!」
いや、だから殺しちゃだめなんだってば。
純一が走って向かって行く。正面からで大丈夫か? そう思った時、地面を蹴り上げる。
「くらえ! 砂目潰し!」
「また、卑怯な技か!」
本当にコイツは卑怯の塊だな。
「ぐああぁ!」
砂目潰し大成功。目頭を抑え苦しんでいる所に純一が更に攻撃を加える。
「くらえ! 指目潰し!」
「どんだけ卑怯なんだよ! どんだけ目を潰したいんだよ!」
「ぐあああぁ!」
純一は更にポケットから何かのスプレー缶を取り出した。
「くらえ! 催涙スプレー!」
「卑怯すぎるわ! ついに、そこまで行ったか!」
苦しむ松永先生の上に乗り鼻をつまみ、開いた口に団子のようなものを放り込む。あれは、さっきのテバスチャン特製の痺れ団子かな? ……ブクブク。あの泡は、やっぱりそうだ。
「悪は成敗される運命にある!」
「お前の方が悪っぽいわ!」
純一は、倒れ込んでいる影山を抱き起こし声を掛ける。
「あれ? 純? 目を覚ましたんだ。良かった。もう、アタイ心配したんだぞっ……」
あ、木刀離したから可愛くなってる。
「あぁ。俺はもう大丈夫だ。オレを担いでくれてたんだってな。サンキューな」
「純にお礼言われるなんて嬉しいなっ。あ、早く先に進まなきゃだよねっ。――痛いっ!」
影山はさっきの蹴りで負傷したみたいだな。
「ここから先は俺一人で大丈夫だから、お前は影山の側に居てやってくれ」
「……そうだな。そうさせてもらう。必ずイリアスを助けて来いよ」
「任せろ!」
俺は純一とお互いの拳を合わせた。――そして、俺は高台の頂上に向かい走っていく。