その日の夜。
今日は飛び降り事件のおかげで、もの凄く疲れた。風呂上がりに音楽を聴きながらベッドの上でごろごろする。至福の時間だ。
コンコン。誰だ? と言っても、セリアか母さんくらいだよな。
「入るわよー」
入って来たのはメイド服姿のセリア。う~ん。今更だけど、相変わらず可愛いな。
「どうした。俺と一緒に寝たくなったか? ほら、右側空いてるから来いよ」
言ってすぐに後悔した。セリアは『顔の右側がガラ空きよ!』とでも言いながらパンチしてくるはず――。そう思い、顔の前に拳でガードを作る。
あれ? パンチが飛んでこない。恐る恐るガードを降ろす。
「なっ、なっ、何言ってるのよ、バカじゃないの!?」
セリアの顔が真っ赤なんだけど。どうしたんだ? 熱でもあるのか?
立ち上がってセリアのおでこに手を当ててみる。
「熱はないみたいだな」
「な、何いきなり触ってるのよ!」
「いや、顔が赤いから熱でもあるのかと思ってさ」
「熱なんてないから、大丈夫よ!」
さっきよりも顔が紅潮しているようにも見えなくもない。
「とりあえず、座ろうか」
テーブルに着く俺とセリア。
「そう言えば、何で部屋に来たんだ?」
セリアは、こほんと咳払いをして仕切り直し口を開く。
「願望魔力はもう結構溜まったのかしら?」
「あぁ。今日の事件を解決したら満タン近くまで貯まったぞ」
腕を上げてリストバンドをセリアの方に向ける。
「じゃあ、あとひとつくらい事件を解決すれば完全に貯まるわね」
「この状態だと、まだ使えないんだろ?」
「まぁ、使えなくはないけど満タンで使うのと比べるとかなり効力は劣るわよ」
「そうか。じゃあ、俺の完全なモテモテ計画を実行するためには満タンにしてから使った方が良いって事だな」
「そういう事になるわね」
最終試験の課題が達成出来るというのに、ちょっと不服そうな表情のセリア。今日は、本当にどうしたんだ?
「そう言えばね。あの、あのね。その、そのね」
さっきの不服そうな表情から照れた様な顔に一転した。
「どうしたんだ? 柄にもなく、もじもじしちゃって」
こんなセリア珍しい。ってか、初めて見たかも。
「お母様にクッキーの作り方を教わって、焼いてみたから持ってきたの。食べる?」
「マジで!? もちろん食べるよ!」
一旦、廊下に出て可愛いらしい容器とコーヒーの乗ったトレイを持って部屋に入ってくる。テーブルにトレイが乗せられた。俺は、可愛いらしい容器を渡され蓋を開ける。
「これ、セリアが作ってくれたのか?」
「初めてだから美味しくないかも」
恥ずかしそうに下を向きながら、スカートの裾を握っているのがなんとも可愛らしい。
「じゃあ、頂きます」
もぐもぐ。セリアはクッキーを頬張る俺を不安そうに見つめる。
「めっちゃ甘いな」
「砂糖入れすぎたかも……」
「どんだけ砂糖入れたんだよ。小さじか? 大さじか?」
「一握りかな」
「なんだその聞いたことのない単位は!」
「もう! 文句言うなら食べなくていい!」
「ごめんごめん。でも、甘すぎるクッキーもさ、こうやって苦いコーヒーと食べるとちょうど良いだろ?」
そう言いながら、クッキーをもう一枚口に運ぶ。微妙に膨れっ面のセリアが無言でうなずく。
「だから、バランスが取れてるとちょうど良いって事もあるわけ。それにさ、何よりもセリアが一生懸命作ってくれたって事と、その気持ちがすごく嬉しいよ」
クッキーが甘いため、苦いコーヒーが一層美味しく感じる。
「べ、べ、別にアンタの為に作ったわけじゃないんだから! トイレのついでに作っただけなんだから!」
「ぶっ! 照れ隠しだとしても言葉は選べ! それは食べ物の時には適さない!」
コーヒーを吹き出してしまった。よりによって『トイレのついで』はないだろ。まぁ、それだけ慌てていたって事か。
「甘いクッキーと苦いコーヒーみたいに、変態な涼介とそれを調教する私もちょうどいいわよね」
「なんじゃそりゃ」
なんか、無理矢理に上手い事を言おうとしたみたいだな。
「あのさ。また機会があったらクッキー作ってくれないか?」
「今日、失敗しちゃったのに、また食べてくれるの?」
「もちろん。セリアの手作りなら喜んで食べるよ。あ、今度は砂糖控えめで愛情多めで頼む――なんてな」
「じゃ、じゃあ、また気が向いた時にでも作ってあげるわ。それじゃ、私お母様のお手伝いに戻るわね」
立ち上がってドアを開け、部屋を出て行こうとするセリアの背中に声を掛ける。
「クッキー、楽しみにしてる」
「気っ、気が向いたらだからねっ」
照れながら振り向いた。
「解ってるって」
――バタン。
手作りのお菓子ってこんなに嬉しいもんだな。左手で頬杖をついて嬉しい気分に浸る。
そして、右手のリストバンドに視線を移す。もうじき、魔力も完全に貯まるな。あと少しだ、頑張るぞ!