ope25 毒は毒で制す。
ある日の夜。
異世界美容整形クリニックは、本日の診察を終えていた。
オークたちの姿もなく、院内は静まり返っている。
野高が棚を拭きながら言った。
「先生、今日は珍しく平和でしたね」
須高は椅子に深く腰掛けたまま、短く答える。
「……嵐の前触れだ」
その直後だった。
──コン、コン。
夜の静寂を裂く、控えめなノック音。
野高が振り返る。
「え、こんな時間に……?」
扉を開ける。
そこに立っていたのは──黒いローブに身を包んだ一団。
そして、その中央。
見覚えのある顔。
「……セリスさん?」
ローブが外される。
現れたのは、王国調査官セリス。
だがその目は、いつもよりわずかに緊張している。
「……入れてくれ」
野高はすぐに道を開けた。
須高は視線だけを向ける。
「……患者か」
セリスは首を横に振る。
「今日は違う」
そして、静かに一歩下がる。
「この方だ」
奥から、一人の少女が前へ出る。
フードが外れる。
長い銀髪が揺れた。
整った顔立ち。
だが──どこか影がある。
野高が息を呑む。
「……まさか」
セリスが告げる。
「王女殿下だ」
空気が張り詰めた。
音が消える。
須高は変わらない。
ただ一言。
「……座れ」
王女はゆっくりと椅子に腰を下ろす。
指先が震えている。
須高は観察する。
顔。
姿勢。
そして──脚。
わずかな沈黙のあと。
「……悩みは」
王女は目を伏せた。
迷い。
だがやがて、口を開く。
「……足です」
野高が小さく驚く。
「足……ですか?」
王女は続ける。
「舞踏会で……お声をかけていただくのですが」
「ドレスになると……脚が」
言葉が詰まる。
セリスが補足する。
「王宮は広い。歩く距離も多い」
王女は小さく頷いた。
「……太く見えるのです」
「見られるのが……怖い」
静寂。
須高の視線が、王女の脚を正確に捉える。
そして結論。
「……脂肪ではない」
野高が反応する。
「え?」
須高は言い切る。
「……筋肉だ」
王女が顔を上げる。
「……筋肉?」
須高は頷く。
「……使い方が硬い。張っている。だから太く見える」
セリスが腕を組む。
「……治るのか?」
須高は一言。
「……可能だ」
そして振り返る。
「……野高くん」
「はい」
須高は告げる。
「……痩身エステ」
一拍置いて──
「……そしてボトックス注射だ」
─────────
第一段階:痩身エステ
裏庭。
夜風の中、訓練が始まる。
「いち!に!さん!」
野高の声が響く。
王女が必死に脚を動かす。
「はあ……はあ……!」
動きはぎこちない。だが確実に変わっていく。
須高が遠くから見ている。
「……力みすぎだ」
野高が優しく言う。
「力を抜いて、流す感じです」
何度も繰り返す。
脚の使い方。
重心。
歩き方。
そして──数日後。
第二段階:変化
王女が鏡の前に立つ。
脚のラインが変わっていた。
張りが取れ、滑らかな曲線。
野高が微笑む。
「すごく綺麗です」
王女が驚く。
「……軽いです、歩きやすい……」
須高は頷く。
「……準備はできた」
第三段階:ボトックス注射
手術室。
静かな緊張。
王女が横になる。
「少しだけ、チクッとします」
野高が言う。
王女は目を閉じた。
「……大丈夫です」
須高が確認する。
筋肉の位置。
量。
深さ。
そして──注射。
最小限。
的確に。
数分で終わる。
「……終わりだ」
王女が目を開ける。
「もう……ですか?」
須高は短く言う。
「……明日だ」
──────────
翌日、王女が再び訪れる。
歩き方が変わっていた。
軽く。
しなやかに。
鏡の前に立つ。
そして──固まる。
「……細い」
脚はすっきりとし、無駄な張りが消えていた。
自然で、美しいライン。
セリスが目を見開く。
「……ここまで変わるのか」
野高が笑う。
「努力と技術です」
王女はそっと脚に触れる。
「……これが」
小さく呟く。
「私の脚……?」
須高は腕を組む。
そして一言。
「……パーフェクトだ」
帰り際。
王女は深く頭を下げる。
「ありがとうございました」
その表情には、もう影はなかった。
セリスが静かに言う。
「この件は極秘だ」
野高が頷く。
「もちろんです」
王女は振り返る。
そして、自然に笑った。
「……舞踏会、楽しみです」
須高はカルテを書く。
患者──王女
(痩身エステ・ボトックス)
そして一言。
「……次」
こうして
異世界美容整形クリニックはついに、“王女の美すら完成させる場所”となったのだった。




