世界の果てを目指して
どれほどの時間を歩いたかなんて覚えていない。一歩を一秒と数える事で、時間の計測が出来ると何かの本に書いてあったけど、そもそも歩数なんて数えていない。
長い事歩いていたけど、何時しか、久し振りに疲労を感じるようになった。水分補給の為に使おうとした魔法だが、気づけば使えていた魔法も発動しなくなった。
何が起きているのか分からないが、キ〇ウべ〇モドキが死んだ影響だと仮定した。それ以外に、思い付かない。
杖の代わりにしているマスケット銃が、消えて無くならない事がせめてもの救いだ。
久し振りに感じる疲労と空腹で、意識が飛び、何度も転んだ。その度に起き上がり、マスケット銃を杖の代わりにして歩く。
世界の果てを求めて、ひたすら歩く。
紫藤さんの最期の言葉を胸に、一歩、また一歩と、遅々とした動きでも、前に進む。
歩いた先、周辺に瓦礫が無くなっても、更にその先を目指した。
そんな歩みを続けて、また転んだ。顔から地面に突っ込むような形で転んだ。杖にしていたマスケット銃が地面に転がる。
これまでと同じように起き上がろうとした。
「……あれ?」
だが、何故か腕に力が入らない。足腰も同様だ。
「――そっか、ここまでか」
力が入らない意味に気づき、最後の力を振り絞って、私はごろんと寝返りを打った。
肺に残っていた息を吐いて、私は灰色の空を見上げた。
代わり映えの無い空。その空の下、瓦礫は無く、まっさらな地面が、ただ広がっている。
そんな地面の上で、ただ一人、私は転がっている。
呼吸をする度に、意識が薄れて行く。
疲労と空腹と水分不足が原因か。それ以外に、何が原因が存在すると言うのなら、教えて欲しい。
……本当に、ここまで、なんだね。
どこにも辿り着けないまま、ここで果てる。
それが、堪らず悔しい。
少しだけ回復したのか、右腕だけは動かせそうだ。
何かを掴みたくて右腕を伸ばした。でも、右手は空を掻いただけだ。
瞼が落ちて視界は暗転し、力尽きて右手は地に落ちる。
――その筈だったが、何かが右手を掴んだ。
「おっと、まだ意識は残っていたか」
久し振りに、他人の声が耳朶を打った。
誰だろう。聞こえた声は低いので、多分男だ。
「おいおい、気絶しないでくれよ」
声に応えたいが、喉は枯れている。唸り声が微かに出ただけだった。
ぺちぺちと軽い音が聞こえるけど、何も感じない。
「おいおい、気絶寸前どころか、マジで死に掛けているじゃねぇか。……ったく、仕方ねぇな」
その声と共に、私の口に何かが注がれた。少量の液体である事は判った。苦労するが、水分を求めて頑張って液体を飲む。
「よーし、そのまま飲め」
言われるがままに、私は液体を飲み続けた。
この液体が何なのか。声の主は誰なのか。そんな、あれこれを考える余裕は無い。『生きる』事を求める生存本能のままに、私は液体を飲んだ。
不思議な事に、液体を飲み続けた事で、意識が徐々に鮮明になって来た。同時に触覚を始めとした感覚も戻って来たので、私は見知らぬ男性に抱え起こされている事に気づいた。
未だに重く感じる瞼を開けると、ぼやけた視界の中、金と赤の双眸と視線が合った。
「おっ、いい感じに回復して来たな。喋れるか?」
「ぁ、あ、あー……、誰?」
声は出た。言う事は他にもあるのに、口から出たのは疑問だった。
「第一声がそれか。良いけどよ。俺の名はコリフェーオだ」
「こ、りふぇー、お?」
視界が徐々に鮮明になって来た事で、コリフェーオと名乗った人物の容貌がはっきりと見えて来た。
空色の刈り上げた髪。金と赤の双眸。顔の下半分を隠すマスク。
髪と瞳の色といい、外見からして、この人物が日本人では無いのは確かだ。
「さて、お前の名前は?」
「黒羽紫」
「クロバネユカリだな」
コリフェーオが口にした私の名前のイントネーションが、国外の人とほぼ同じだった。
私の様子を確認したコリフェーオは、僅かに目を眇めた。
「さて。唐突で悪いが、……クロバネユカリ、お前には選択肢が二つある。一つ、お前が穴だらけにした白い変な生物の力を継承して俺の部下になる。もう一つは、拒否してこのまま死ぬ。考える時間をあまりやれないが、……どっちにする?」
コリフェーオの提案を聞き、私は少し考えた。
提示された選択肢は、『生きるか、死ぬか』の二択だ。帰る世界が無い私からすると、拒否は死を意味する。
『生きて、帰って、下さい』
コリフェーオの部下になる意味について考えた時、紫藤さんの声が脳裏に響いた。
「部下になったら、何をするの?」
「ん? そりゃ、俺の仕事の手伝いだな。色々とやるが、俺が纏めている部署は『派閥内の粛正』が中心だ。あの白いのを穴だらけにする前みたいに、命懸けで戦う日々になるのは、確実だな」
私は命懸けで戦う日々と聞いて、一瞬どうするか迷った。
でも、行く当てがない以上、選択肢は一つしかない。紫藤さんのお願いは半分しか叶えられないが、全て叶えられないよりかは、遥かにマシだろう。
「力を、継承する。行く当てはもう、ないしね」
「分かった。……ん?」
コリフェーオに私の答えを告げた時、大きな地響きが発生した。周辺を素早く確認し、状況を理解したコリフェーオは悪態を吐いた。
「くそ、もう崩壊するのか。有益な実験だとか寝言を履いていたくせに、あのヘンテコ生物、手を抜いたな」
コリフェーオの言葉の意味は分からない。多少回復はしたが、そこまで思考が回らない。
「仕方がない。細かい説明は安全なところに移動してからだな。えーと、転がっているこの杖? あ、違った。この長いのはお前のか?」
コリフェーオが拾って私に掲げて見せたのは、これまでの苦難を共にしたマスケット銃だった。
手にした当初は、不吉と叫んだが、今となっては愛着が出て来てしまった。
「私の、マスケット銃」
「ますけっと? あ、何でもない。こいつは、お前のだな。さてと」
コリフェーオはマスケット銃を掴み、今度は私を横に抱いて立ち上がった。今の私の体勢は、所謂『お姫様抱っこ状態』と言う奴である。こんなところで体験する日が来るとは思わなかった。
立ち上がったコリフェーオは、軽く膝を曲げてから空へ跳び上がった。その勢いは凄まじく、地面があっと言う間に遠ざかって行く。
……紫藤さん。私、可能な限り、生きてみるよ。
私は遠ざかる地面を見ながら、紫藤さんに言葉を送った。私の言葉が届く事は無い。それは判っているが、記憶の中にいる紫藤さんに向けて送りたかった。
言葉を贈った直後、視界が暗くなった。気が抜けたのか、眠気が襲い掛かって来る。
運ばれている最中なのに眠ってしまうのはどうかと思ったけど、私は睡魔に負けて眠りに落ちた。
次に目を覚ました時、知らない天井が広がっていた。
何だろう。転生もののラノベでよく使われる文言を、まさか実際に使う日が来るとは思わなかった。
寝過ぎたのか、頭痛がする。苦労して起き上がり、周辺を見回す。
そこは広い部屋だった。
私が横になっていたベッドは天蓋付きでとにかくデカい。キングサイズなのか、自宅で使っていたシングルサイズのベッドよりも、遥かに大きい。そして、敷布団はふかふかだった。
そんなベッドの上に私はいた。服装はそのままだ。
体勢の維持が難しいふかふかのベッドの上を這って移動し、端に辿り着いた。ベッドから降りて、周辺を歩いて探すと、パンプスを見つけたので履く。
パンプスを探す途中、コップと水差しも見つけたので、水を一杯飲んだ。
軽く息を吐き、ベッドの端に座って頭痛対策で蟀谷を揉んでいると、ドアがノックされた。ドアを開ける為に立ち上がろうとしたら、足が縺れてすっ転んだ。びたーんって感じに転んだ。
転んだ際に発生した音で、部屋の住人が起きていると言う知らせになったのか。ドアが開いた。
「……何やってんだお前?」
「転んだ」
私は両手を使い上半身だけを起こし、部屋にやって来た人物を確認する。
部屋に来たのはコリフェーオと見知らぬ瑠璃色の髪を縦ロールにした女性だ。
コリフェーオは未だに起き上がれない私を抱え起こし持ち上げてベッドの上に移動させた。
「デトルゥーオ、説明通りに頼んだぜ」
「分かりましたわ。この手の事は、女性同士が良いですものね」
コリフェーオはデトルゥーオと呼んだ女性に一言言ってから、部屋から去った。




