第3話 クラスメイトだった
「はい?」
市香が困惑して漏れた言葉は、男から吹いている風がさらっていく。
男は形が変わる黒い影に注視し、低い声で真言を唱えていた。
男から感じる強い力。
市香は驚いて男を見上げた。
「ふぅ」
男の力で影は霧散し消えていく。
それを確認した男は掲げていた右手を降ろして、振り向いた。
市香と目が合う。
「え」
「あ」
「…見えてた?」
「えっと、はい」
思ったより若い。
多分市香と同じぐらい。
着ている服は紺色の袴で、銀色の光る数珠が胸元で踊っている。
「えー”みえる”人?」
「えっと、はい…」
「そっかぁ……ん?」
余計なことを言ったかもしれない、と思ったときには男の顔がこちらにせまっていた。
上から下まで、そして市香の顔をまじまじと見られる。
「もしかして…不二崎?」
「え、そうだけど…」
知られていた。
居心地の悪さがせり上がってくる。
今まで誰かに“みえる“ことは言ったことがない。
ただ、不二崎 市香には目の前の男がだれかは分からない。
「あなたは…?」
「いや、その…」
随分整っている顔なのに、気にしたことがない。
「同じクラスの…阿辺です…」
「阿辺くん?」
阿辺 宏志。
そういえばそんな人がいたかもしれない。
大学受験はしないので、いつも授業には興味なさそうに窓から校庭を眺めていたことしか覚えていない。
物静かで、授業で答える以外に声を聞いたことはない。
彼も ”みえる“人だとは知らない。
「え、あの、ここで何を…?」
「それはこっちの台詞だ。君は受験組だろ」
初めてまともに聞く声は、低くて落ちついていた。
先ほどの緊張感が解けたようにどかっとスミレの隣に座った。
「受験組は今丁度忙しい時期だろ。勉強しなくていいのかよ」
「私は…」
本来なら焦って勉強しないといけないんだろうが、勉強しても受験を許される志望校がない。
何より勉強をしても、実力が発揮できる自信がない。
「あーそういえば不二崎は成績よかったなぁ。別に今更勉強しなくてもいいってか?」
「まぁ…その…」
思わず言葉につまってしまう。
彼に答えても意味がないと思ってしまう
こうなることなら、居心地が悪くても早めに家に帰るべきだった。
「にしても、もったいないなぁ」
「え?」
じろじろと見てくる宏志がそう言うので、見透かされたのか、と焦る。
思わず宏志を見ると、にかっと笑ってこちらを見ていた。
「よく見ると不二崎も結構力強そうじゃん。こっちに来たら重宝されるだろうなぁって」
「力、って……?」
「ん?今の、見えてたでしょ?物の怪を祓う力だよ。俺達陰陽師は霊力って呼んでるけど」
「陰陽師⁈」
陰陽師。
かつて日本の平安時代で活躍したとされる伝説のような人物だ。
それが目の前にいる。
しかも、クラスメイト。
「まだいたんだ……」
「まぁな。こうやって夜な夜な暗躍してるわけよ」
そんな彼に強いと言われた。
市香は思わず自分の手を見つめる。
「強いの、私って…」
「よく見たらな」
宏志の手が市香の手を取り、手相を見るように手のひらを眺める。
「通常”みえる”ってのは力の証。俺全然気付かなかったわ」
「そんなに…?」
「いや、だって、不二崎が”みえる”なんて思ってなかったしな」
「よく隠してたな」と関心される。
“みえる”力は、市香にとって地雷でもあった。
幼い頃から見えていて、誰かに口に出さないように言われたのだ。
“みえない”母にも気持ち悪がられて、当時近所で遊んでいた友達にも嫌がられた。
そのせいで、言わなくなった。
このことが認められるとは、思わなかった。
「ふ、不二崎⁈」
「え、あ、ごめん…」
今回の受験だって、見えなければうまく行ったはずだった。
うまくいかなくても、それを母や周りに理解してくれれば、少しは慰められると思っていた。
そう思うと、気がつけば涙が止まらなくなっていた。
「え、なんでだろ…」
「何か、あったのか?」
うろたえた宏志はキョロキョロと周りをみて、はっと気付く。
「もしかして…失敗、したのか?」
声が出ない市香はなんとか頷いた。
彼が受験のことを言っていることが分かったから。
「受験会場とか確かに多そうだけど…邪魔をされたか?」
また頷く。
先ほどの黒い影は本来“みえない”もの。
その“みえない”ものと対峙していた宏志なら、分かってくれると思った。
「あー…そういうことか」
地面に涙を落とす市香の頭にぽん、と手が乗る。
それは不器用に、慰めてくれる。
「あいつら、不二崎が“みえる”ってわかったからだろうなぁ…」
「わ、わたしも、緊張してたし…さすがに…無視できなくて…」
「不二崎でも緊張するのか?」
「そりゃするよ!」
涙と鼻水でぐちゃぐちゃの顔に構うこと無く、思わず宏志につっこむ。
大学受験は一年に一回のみ。
一次試験は二次試験への選択肢が変わる。
いわば人生の分岐点。
その分岐点が限られてしまった。
「そうか。そりゃ、大変だったな」
慰めるように言う宏志の言葉は市香がほしかった言葉。
引っ込みかけていた涙がまたあふれてくる。
差し出されたティッシュに甘えて、周りに人がいないのをいいことに、ひとしきり市香は泣いた。




