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地獄の管理人

作者: 深山秋

 これは、昔むかし本当にあったような、なかったような……そんな出来事だ。


ーーーー


 ドンッ! ドンッ!

「うるせぇ離せ! 俺は戻るんだ! とっとと返しやがれ!!」

 真っ暗な空間で男の怒鳴り声が響く。近くのヒョロい職員が取り押さえようとするも、どうやら力比べで負けたらしい。「ちょっ、痛い……」と漏らしながも、職員は引きづられながらも男の足を離さずに抵抗していた。


 揉める二人から少し離れたところには、荘厳な門があった。そしてその前には門番が二人。 

 真っ暗な空間では揉めている様子までは見えなかったが、段々と声は近づいてきていた。

「なんだか揉めてますね」

 後輩は意見を求めるように先輩の方を向いた。

「亡者が迷い込んだんだろ」

 先輩は気にするなとばかりに自分の作業から片時も目を離さない。

「いま問題が起きるのはまずいですよね、牛頭馬頭(ごずめず)さん呼びます?」

「……あの二人は呼べない」

「呼べない? どうして」

 先輩門番は何もない周囲を警戒するようにキョロキョロ見渡してから、後輩に顔を近づける。

「ここだけの話、悪魔に暗殺されたらしい」

「悪魔!? は、犯人は……?」

「しーっ! 噂だうわさ。犯人は未だ逃亡中。悪魔ってことしか分かってない。だけど、現にお二人……二匹? の代わりにただのオニの俺たちが門番してるじゃないか」

「確かにそうですね……」

 日本の地獄は鬼が管理している。鬼は力が強く、勤勉で働き者だ。日本昔ばなしのように現世で強盗を働いたりする鬼は少数だ。やられたらやり返す。それが鬼の信条だ。反対に悪魔は働きはするが怠惰で悪戯好き。何より、悪魔は人間と契約すれば現世にも姿を現して活動することが可能だ。人の善悪問わず、悪事を働くのが彼らの十八番だった。それぞれの鬼と悪魔の本能は相容れず、最近では地獄の閻魔大王を悪魔の王サタンが暗殺しようとしているという話もある。先輩門番は饒舌に語った後、「はぁ……」とため息をついた。

「まったく、悪魔がここにいるなんて恐ろしいったらないよ」

「噂といえば、今朝小耳に挟んだんですけど、ちょうど今日は閻魔大王がこの門のすぐ近くに視察に訪れているんですって。たったお一人で」

「へぇ……そりゃ初耳だ。おまえさん、物知りだなぁ。大王も悪魔に暗殺されなきゃいいけど」

「流石にそれは……あっ」

 世間話を遮るように、先ほどからどこぞで暴れていた男と後輩門番の目があった。


「やばいです先輩、こっち来ますよ」

「あ? めんどくせぇ……とっとと輪廻に追い返そうぜ」

 焦る後輩を横目に、先輩門番はお気に入りの地獄アイドルの雑誌を閉じて立ち上がる。

「えっ、ちょっ、先輩……! 一人にしないでくださいよぉ!」

 ポケットから何かを取り出すと、「ほれっ」と言って後輩に向かって何かを投げた。

「鍵……?」

「そこの門の鍵だ。俺が戻ってくるまで預かってろ」

「えっ!?」

 ひらひらと背中越しに手を振りながら、先輩門番は力づくで亡者を気絶させると、亡者を引きづりながら闇夜の中へと姿を消していった。


「…………」

 後輩門番は鍵をじっと見つめる。


(気づかれてた……? いや、私の演技は完璧だった。先輩門番に気付いた様子はなかった。よし。この鍵は……うん、本物だな。とにかく、やっと門を開けられる)


 ここは地獄と輪廻の間に生まれた闇。決して吹くことのないはずの風が、門の松明の火を吹き消す。現れたのは闇の権化。閻魔を狙う悪魔たちの王、サタンその人であった。


 サタンは本来の姿を現し、鍵をゆっくりと回す。

(地獄で変化を行使して暗殺するより、本来の姿で一瞬で閻魔の息の根を止めてやる……! そのほうがかっこいいからな!)

 ニヤリと笑いながら、ゆっくりと開く地獄の門の中へ飛び立った。


 ーーーーパタン。


「ちょっとぉ……さすがにやりすぎじゃありません?」

 ここは地獄との境界に生まれた闇。 ーーー否。ここは正真正銘、地獄である。

 どこからともなく戻ってきた三人のうち二人は二匹(、、)へと姿を変えて、地獄の大王、閻魔を見上げた。

「奴は現世に舞い降りた。契約者のいない悪魔の消失は時間の問題だろう」

 閻魔は部下の愚痴には答えず、計画の成功を誇示するように笑みを浮かべた。

「計画は単調だったと思いますけどね。サタンが思ったよりアホでよかったです」

「うるさい」

 閻魔の演出を遮るようにツッコミを入れつつ、二匹は門の前に移動する。


「此度は協力ご苦労だった。今度、ワシのお気に入りのアイドルの写真集を持ってきてやろう」

「「いらないです」」


 

 ーーーーここは地獄。閻魔大王が治め、報復が認められた世界。

 暴れたら殴り返され、籠絡しようとすれば奸計に嵌められる。それは大王に認められた権利であり、鬼の本能である。

 対抗するには己の才能や地位に溺れず、勤勉に学ぶことが必要だ。


「うわぁぁぁぁぁぁあああああ!!!」


 門から聞こえるのは亡者の悲鳴か、はたまた悪魔の叫びか。

 どうかみなさま、人には優しくして生きましょう。

 そして、自惚れにはご注意を。

 それでは、地獄でお会いできるのを楽しみにしています。


 閻魔より

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