封印の記録
記録は、いつでも真実を映すとは限らない。
禁術師ギルドの保管庫に並ぶ膨大な魔術符たちは、記録者の意図、術式の精度、そして“感情”にさえ左右される。
アリオス・ヴェルネは、静かな魔力の光に照らされる封印符を前に、ひとつの仮説を立てていた。
「イルナの死を“事故”に見せかけるには、記録を改ざんする必要がある。
しかも、高度な封術と記録転写術、両方に長けていなければ不可能だ」
では──そんな技術を持つ者は誰か。
「……君かもしれないな、ヴェルノ」
記録閲覧室の隅に立っていたのは、アリオスの旧友にして、ギルドの補記官ヴェルノ=ラフタス。
転写術の復元と管理を専門とする、無口で飄々とした男だった。
「記録の改ざんなどしていない、と言ったら?」
「確かに君には動機はない。だが、イルナと面識はあったはずだ」
「一度だけ。彼女が“兄の記憶”について調べに来たときだ」
アリオスは静かに頷いた。
“兄の記憶”──アレクト=メルク。
かつてギルド内で“記憶の事故”を引き起こし、行方を絶った禁術術師。
「イルナは……自分の記憶を犠牲にしてまで、兄の意識を救おうとしたんだ」
「だとすれば、死は事故か、もしくは……“彼女自身が選んだ儀式の果て”だった可能性もある」
「それでも、現場の記録が歪められていた理由にはならない。
改ざんされた映像、焼き切られた筆記符、封印の痕……。誰かが手を加えている」
アリオスはヴェルノを見つめた。
「イルナを“救おうとした者”がいる。それは兄ではなく、第三者──
そして、術式の暴走に気づき、それを隠蔽した可能性のある者だ」
ヴェルノは目を伏せた。
「……一人、心当たりがある。だが、それを言う前に、ひとつだけ確かめたい」
彼は懐から、封じられた転写符を取り出した。
イルナが儀式の前夜、ヴェルノに密かに託したものだという。
「記録は一度も再生されていない。だが、再生すれば君は何かを知るだろう」
アリオスはしばらく沈黙したのち、符を受け取った。
そこにあるのは、事件の鍵ではない。
**イルナ=メルクという一人の少女の、最後の“選択”だ。
「……見せてもらおう。彼女が遺した“澱”を」