転写の儀
イルナ=メルクが最後に残した記録魔術──
その映像は、極めて不完全だった。
像は歪み、色調は薄れ、音声は断続的。
それでもアリオス・ヴェルネは、かすかに聞き取れる言葉を何度も再生していた。
「……アレクト……お願い、これで……あなたを……」
「……もういちど、わたしの……」
「…………誰にも、壊させない……」
「誰にも……壊させない、か」
アリオスは記録再生符を止め、机の上に置いた。
イルナの研究は、もはや単なる転写術の実験ではなかった。
失われた兄の記憶を、自分の中に“復元”しようとする行為。
それは禁術であり、そして、深い感情の儀式だった。
彼女が準備していた術式陣は、研究塔の最下層で発見された。
地下の結界領域、かつて「転写の儀」が試みられた場所。
塔の管理記録によれば、最後にこの区画へ立ち入ったのもイルナだった。
アリオスとカルシェは、現地調査に赴いた。
「ここが……転写の儀の“原型”が試された場所」
カルシェが呟いた。
儀式陣の外周には、崩れかけた刻文が残されていた。
光を受けた一節だけが、かろうじて判読できる。
《“澱”は澄まず、記憶は静かに沈む。そこに触れるは、術ではなく、想いなり──》
「……これは」
アリオスの脳裏に浮かぶ。
イルナは記憶を保存しようとしたのではない。
彼女は、兄を“取り戻そう”としていたのだ。
そのために、破損した転写符を補い、過去の記憶と自身の感情を媒介として術式を完成させようとしていた。
──だが、失敗した。
それが事故か、あるいは誰かによる妨害かは、まだわからない。
「だが、もう一人この儀に関わった者がいる」
アリオスは、地下の術式陣の痕跡に残された微細な靴跡に目を留めた。
それはイルナのものとは異なる、小さな痕跡だった。
カルシェが顔を上げる。「……子ども?」
「いや。小柄な術師か、あるいは……」
そのとき、アリオスの胸の中で、ある一つの可能性が形を取った。
この儀式に“協力した”者がいる。
その者こそが、事件の鍵を握る者だ。