伯爵は、王命を聞く
「……で、なんであんなことしたのよ」
「いや、感極まって」
「感極まって私の初めての唇を奪っていいと?」
私は、腕組んで仁王立ち(だから仁王って誰よ)である。
ベッドに腰かけさせてその前で説教中。
いきなり現れたフィンにいきなり唇を奪われて、まさかのそこから何度かの啄みを受けて恥ずかしくなってきたのでボディブロー。
よろめいたところを、襟首掴んで一気にベッドに投げ捨てる。
で、驚くフィンの前に立っての、説教である。
「初めてをもらえたのは嬉しいよ」
「そ、そう言う話じゃないでしょ!」
なんともまあ嬉しそうな笑顔を向けられると、流石に怒る気も失せてくる。
べ、別に、初めてがフィンであって、いいんだし。
「で、なんでここにいるの?」
私はため息で自分の恥ずかしさやら嬉しさやらを吐き捨ててフィンの隣に座る。
フィンが私の肩に触れてきた。
今までこんなことしてこなかったのに、なんでいきなりそんな行動にでるのかと。
私も近づきたいからちょっとだけ近づいてフィンの顔を間近で見た。
「ヨモギに薬盛られたことは?」
「なんとなく覚えてる」
「なんでやったかは?」
「……眠りにつく前に、ヨモギが、休んだほうがいいって言ってた気がする」
「そうだね。それが理由」
言われてもさっぱりわからない。
「ヨモギがさ、姉さんが休めないから休ませたいって言ってね。言われてみれば、マリニャンは働きすぎだったからね」
「それが理由で薬盛られたらたまったもんじゃないんだけど」
「ほら、色々あったじゃないか」
そう言うと、フィンは私の髪を撫でる。
忙しかった。それは確か。
その上で、婚約破棄からの王家との婚約確定話があって、もう疲れているのも確か。
実際、もうやってられるかって思ったのも確かだし、なんだったらもうすぐそこが王都だからこのまま逃げてやろうかなんて思ってしまう。
「逃げてもいいんだけども、ね」
「……逃げていいの?」
フィンからそう言われるとは思ってもいなかった。
「逃げてもいいけど、戻ってきてくれることを信じてはいるよ」
「……逃げたら、戻ってこないかもしれないわよ?」
このまま逃げる。
逃げたら、カシムール殿下の第三夫人として生きることもなくなる。
だけど、ランページでは、なくなる。
……カシムール殿下と結婚したら、ランページでなくなるのだろうから、それは一緒かもしれないわね。
だったら、私自身が、私だけのために、逃げちゃえば。
「……ランページを、捨てられないわ」
そこに行き着く私は、自分の故郷であるランページが好きすぎてどうしようもない。
「ランページを捨てるなんてことはないと思うけどね」
「どうして? だって、私は、このまま戻ったら、カシムール殿下と婚姻することになるのよ?」
フィンは、それでいいのだ。
きっと、私のことなんて、どうとも思っていないから。
ただ、家族になるだけだから。義理の兄として。
……そうなったら、私が苦しいかもしれない。
そう思うと、フィンの胸元に触れていた私の手に力がこもってしまった。
「ならないけど?」
……?
フィンが何を言っているのか、分からなかった。
「フィン? あなたもしかして状況が分かってない?」
「君よりはわかっているさ」
「……そう。あなたは、私がカシムール殿下と一緒になることは問題ないのね」
「いや、だからそれがならないんだって」
……?
フィンが、何を言っているか、分からない。
「私、カシムール殿下に王権を宣言されていたのを、あなたも知っているわよね?」
「知っているさ。そんなの、とっくになかったことにしたよ」
「……は?」
「いや、そんなことさせるわけないじゃないか、この私が。マリニャンを他の人に渡す? 何を言っているんだい?」
「いや、その……そう言ってもらえるのは嬉しいのだけども……。王権を……? なかったことに?」
そんなこと可能なのだろうか。
「父上から、王命を授かった」
「!?」
王権は、王族として王の権力を使うことを指す。
王命は、王そのものから命じられる絶対的な命令を指す。
「……インテンス帝国、第一王子、フィンバルク・フィルア・ジ・インテンスが、マリーニャ・ランページへ、王命を伝える。私、フィンバルクの言葉は、帝王の言葉と心得よ」
王命は、どのようなものでも、それこそ死を賜れと言われれば殉じなくてはならない重いものだとわかっている。
本来であれば、その王命を携えた代理相手を王として接し、その場で膝をつく必要があった。
だけど、フィンが私が離れようとすると、異常な力を込めてきて離してくれない。
仕方がないのでその姿勢のまま、姿勢を正して聞くことにする。
「王権による、カシムール・フィルア・ジ・インテンスとの婚姻は認めない。しかしながら、マリーニャ・ランページにおける様々な一連の問題を考え見るに、ランページとしてもこの先も帝国に尽くしてもらいたく、早急に婚姻をすべきである」
「……」
つまり、王は、私と誰かを、結婚させようとしているということになる。
ランページ不可侵法もなくなった今、考えてみると、野放しになっているようなものなのかもしれない。ランページというとてつもなく巨大な領地と戦力。
いまにして思うと、不可侵法は、不可侵にしつつ、互いに離れられなくする法でもあったのかもしれない。
それがなくなったいま。今度は、帝国の、王家の息のかかった誰かを宛がい帝国から離れられなくするという魂胆のように思えた。
……どこまで言っても、私はそういう道具なのかもしれないわね。
カシムール殿下との婚姻がなくなったのはよかった。よかったのかもしれないけど、結局は私の知らない誰かとくっつくことになるのかと思うと、婚約破棄された傷がまだ癒えていないのだろうか、ちくりと胸が痛んだ。
……違う。きっとこれは、今好きな相手と共にいるのに、その相手から知らない相手との婚姻を勧められることが、嫌だから。
そう思うと、私の手に更に力がこもる。
「よって。第一王子、フィンバルク・フィルア・ジ・インテンスは、ランページに婿入りとし、ランページには帝国の【護国】として、第一王子と共にこれからも守り続ける任務を新たに与える。また、フィンバルク・フィルア・ジ・インテンスは、以降、フィンバルク・フィルア・ジ・ランページと名を変え、王位継承権はないものとする」
「……え」
「あわせ、ランページ不可侵法についても改めて撤廃すべきだったのかを協議し直すことにする。また、今回の帝王家第二王子の起こした問題については、ランページへの叙爵を補填として検討する。だって」
「……え?」
今、何を言われたのだろうか。
叙爵? ランページは伯爵家ではなくなるということ? 今でさえ辺境伯として侯爵と変わらないのに?
……違う。そこじゃない。
「……フィン?」
「なんだい?」
「フィン……?」
「あれかな? 今度は、フィンバルク殿下と呼びなさいとか言ったほうがいいのかな?」
「フィンバルク殿下」
「いや勘弁してほしい。フィンと呼んでくれないかな」
「フィン」
「なんだいマリニャン」
今の話が本当であれば。私は――
「フィン……。私と、結婚するの?」
「そうだよ」
そう言ったフィンは、見惚れるような笑顔を私に向けた。
「もう離さない。さっき言ったじゃないか」
そう言って、フィンは私を力強く抱き寄せた。
「……やっと、君を手に入れることができた」
「……うん」
「だから、君にしっかりと伝えたい」
「……うん」
「マリニャン……いや、マリーニャ・ランページ。私の妻と、なってくれるだろうか」
そんなの、答えは決まっている。
「はい」
後は互いに、言葉はいらなかった。




