伯爵は、夢を見る
――キィ……キィ……――
――キィ……キィ……――
――キィ……キィ……――
「本来の当主が適齢となったとき。当主の権利を夫である自分が譲り受ける」
今にして思うと、誰が言いだしたのかしら。
そんなこと、あるわけないのにね。
マリアベルが私の伯爵家を継げるわけでもない。
だって、私がその本来の当主なんだから。
私のことを言っているなら適齢となったのも少し前。
帝国から、代理当主から正式に直系として叙爵されたのも学園を卒業した後辺りだったかしら。
もう、何年も正式なランページ女伯爵として活躍していたのにね。
いくらなりたいと思っても。それでもなれないものだってあるのに……。
勘違いさせたままにさせちゃったわね。
今までどんな勘違いしていたのかしら。私のことを伯爵家代理当主だと思い込み続けていたのかしら。
爵位継承権がないのに自分が後継できると勘違いしていたマリアベル。
ただの平民だったマリアベル。
ランページのお客様なだけのマリアベル。
何もしてこなかった、マリアベル。
マリアベルと一緒になることで、これから伯爵家を盛り上げるつもりだと豪語していたムール。
私と結婚することでしか、今と同じ水準、またはそれ以上の恩恵を与えられないはずのムール。
私と結婚しない場合は、適齢も過ぎているから伯爵家から身分を剥奪されて平民になるはずのムール。
何も知らなかったムール。
私と一緒になることで、マリアベルと一緒にランページにいようとしたアルヴィス。
マリアベルとシャリアさんに拾われた、孤児のアルヴィス。
二人の専属執事として二人に仕えたアルヴィス。
ランページとなんの関りもないアルヴィス。
そもそもが、ランページの執事でもないアルヴィス。
三人とも。
何を思って、そんなこと、やっていたのかしら。
……今となっては、どうでもいい。
私は夢を見る。
今日に至るまでの、夢。
――キィ……キィ……――
「おねえ……、さ、ま……」
見たこともない恐ろしい顔をして私を見上げるマリアベル。
お腹もふっくらと膨らんでいる。あらもうすぐ産まれそうね。
「い、いやあぁぁぁぁぁぁっ!」
そんなマリアベルを見下ろす私。
何をそんなに怖がっているのか分からないけど、ムールと幸せにね。
本当にそう思っているのか、勘違いしているだけなのか、なんてことはわからないままだけど。ランページの血が入ってもないのに、なんでそんなことを思い描いたのかもわからないままだけども。それでも、子供には、何も罪はないの。だから、これから大変だろうけど、お幸せにね。
「マリアベルに何をした――っ!」
ん? なに? 騒がしく男性執事がきたわね。
「――っは、はぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?」
……ああ、アルヴィス。
私を見て腰を抜かしたのかしら。座り込んで叫んでいるわ。失礼ね、本当に。
あなたは何をしたかったのかよくわからなかった。
分からなかったけど、マリアベルの従者なんだから、マリアベルが平民になったらランページにいられなくなると思うのだけども、大丈夫なのかしら。
……ああ。本当にそうなのね。
だから私に告白してきたのね。私と一緒になれば、ランページにいられるから。
でも、マリアベルは平民になるから、アルヴィスはマリアベルとは一緒にいられないのよね。ああ、でも。私を手に入れたら、なんとかできるとでも思ってたのかしら。
できるわけ、ないんだけども。
私に権限がすべてあるから、何もできることないんだけどもね。ヨモギみたいに、私から権限譲渡されない限り。あなたに渡すわけないじゃない。ランページに雇われているわけでもないんだから。
残念ね。
私はあなたに興味が何一つないから。
あなたのものにはなれないわ。
それに、身分も違うし、あなたがランページを支えられるとも到底思えないから。
ゆらゆらと揺れる視界で、二人を見下ろしながらそう思う。
あぁ……眠い。
この抗えない眠気に、私は夢心地。そう、まるで今まであったことが夢のようにさえ思える。
きっと、夢なんだ。
そろそろ結婚しようと心に決めたら婚約破棄されて、マリアベルとムールがくっついて。
フィンが、熱烈な花束アピールしてくるから、学生時代から好きだった気持ちが再燃してしまった。
だけども、王族とランページは結婚できない。
だから、もう一度気持ちにふたをする。
ランページでトラブルがあったから戻ってトラブルを解決したら、今度はカシムール殿下に王権での婚姻未遂をされて。
ランページ不可侵法なんて初めて知ったわ。てっきり、ランページが王族と関わらないって取り決めていただけかと思ってた。
そこでフィンが助けてくれて。
ランページ不可侵法を撤廃するなんてカシムール殿下が言うから、それなら私はフィンと結婚することもできるんだ、なんて思ってしまった。
期待なんかしちゃいけなかったのに。
私の婚約破棄よりも少し前に、エスフィ王女もキュア王子と結婚できなくなっていた。代わりに勇者と結婚が確定して、傷心しているからってエルトに言われてお見舞いにいって。
そこでエスフィ王女をどうしても助けたくてランページにトンボ帰り。
……そこからおかしくなったのかな。
エスフィ王女をエフィとしてキュア王子に嫁がせる作戦を実行した。
二人はうまくいったけど、今度は私がランページ不可侵法を撤廃したカシムール殿下に王権を使って公の場で求婚されてしまった。
そこまでして私じゃなくてランページを求めるのなら、もう、私なんて誰も必要としていないのだから、それでいいのかもしれない。
そうやって、ランページが、紡いでいかれるのなら、それで。
あぁ、眠い。
ゆっくりと、眠りたい。
短い間に色々あった。
休む暇もなかった。もう、少しは、休んでも、いいよね。
おやすみなさい……




