伯爵は、代官に話を聞いてもらう
「ヨモギ」
「どうしたんだい、姉さん」
「私って、多分女性として魅力がないってことなんだよね、きっと」
「……どうして、そんなこと、思うのかな?」
ランページ邸について、執務室へと案内された。
すぐに隣の寝室に向かってベッドにダイブしてすべてを忘れてしまいたかった。
だけども、ヨモギがそれを許してくれない。
ことりと。
ヨモギが目の前に置いてくれたティーカップをじっと見る。ヨモギがそのティーカップに温かい紅茶を注いでくれる。短い時間だけども、カップの中が満たされていくその様を見ながら、私はヨモギに思っていることを話していく。
「みんな、私がランページだから、気を遣ってくれているんだなって思って」
「そうかな?」
「そうよ。カシムール殿下は特にそうだったわね。……ランページを帝国の直轄領として王国との戦いに使いたいから私を娶ろうとしたし」
「……ムールは?」
「ムールは……あれは、私を当主として認めてなかったってことなんでしょう。勘違いもしてたのかもしれないわね。マリアベルも。……ああ、そう言えば、マリアベルもアルヴィスも、ここにいるんだったかしら。後でマリアベルには話をしないとね」
「そんなのしなくてもいいのに。その……アルヴィスは、姉さんの中ではどういう位置なのかな?」
「アルヴィスは、マリアベルと一緒にいたいからでしょ、きっと。ちょっと分からないけど、それもランページとマリアベルのためってこと。私の事を本当に好きってわけではないでしょう?」
そこまで言うと、ヨモギは、「そうだね」と言って、私の正面に座って自分の入れた紅茶を飲んだ。
私も一呼吸入れたくて、ヨモギの入れてくれた紅茶に口をつける。
じんわりと、温かい液体が体に入っていくのが分かる。
ほっと、無意識にため息が漏れた。
「じゃあ、僕のことはどう思ってるのかな?」
「え……?」
「僕だって、姉さんに、僕とどうか? なんて聞いたけども」
「……あなたは、弟よ。出来のいい、私には過ぎた弟」
「うん。分かってる」
それこそヨモギは、私に気を遣って言ってくれたんだと思ってる。だからあんなことを言ってくれたんだと思う。
だけど、それを実際にしてはならない。
だって、ヨモギは、私なんかにはもったいないから。私よりいい人だってきっといる。
私に相手がいないから選んでいい相手なんかじゃないから。
「じゃあ、さ。フィンバルク殿下は、どうなのかな?」
「フィン……?」
ずきりと、痛む。
どこが痛いのかさえも分からない。
「姉さん、殿下のこと、好きでしょ?」
「……うん。好き……」
「殿下も姉さんのことが好きだ。だから、殿下は、頑張っていたと思うよ?」
「頑張って、いた……?」
フィンが私のこと好き……?
そんなわけない。だって、彼は、私がランページだから仲良くしてくれていたのだから。
「姉さんと一緒になろうと、頑張ってたってことさ」
「そう、なの……?」
「いやいや、姉さん、それはちょっと可哀想だよ? フレイ王国をランページに吸収させたのだってそうでしょ。それに、姉さんをカシムール殿下の求婚から守ったじゃないか」
フレイ王国をランページに吸収させたのは、カシムール殿下が放置したからであって。フレイ王国に隣接していて対応ができるのがランページだけだったかじゃないの?
「だけど、フィンは……フィンは、私に、そんなことしてくれなかった」
いろんな人から求められた。
だけど、一番求めてほしい人からは、そんなこと、言われなかった。
「それに、もう、遅いよ。……私は――」
――私は、カシムール殿下に、王権を使って、求婚されている。
「わたし、は……」
ぐらりと、視界が歪む。
持っていたティーカップを、落としてしまっていた。
わざわざランページ不可侵法を撤廃させて、王族と婚姻可能としてまでして、ランページを手に入れるために。
帝国のためならば、なんて崇高な考えは持ち合わせてはいない。
だけど、そこまでしてくれた相手を、無碍にすることは、したくない。
それが王権という、逃れられないもので卑怯だと思ったとしても。政略結婚であるということはわかっていても。
「わたし……は……?」
……あれ。おかしい。
なんだろう。
体から、力が抜けている感じがする。
「姉さんは、疲れているんだよ」
「つか――れて、ぃる……?」
ヨモギにそう言われると、確かに、疲れているんだなって思った。
こんなことで悩むことも、きっと疲れているからなんだ。
寝たらすっきりして、色々考えられるかもしれない。
起きたら、カシムール殿下との婚姻も、前向きに考えたり、できるのかもしれない。
「ねむ――ぃ……」
「そうだね。眠いよね。体が、眠りを欲しているんだ」
違う。
この眠気は、違う。
目が開かない。眠い。
寝てはいけない。だけど眠い。
ヨモギ……まさか、あなた……私の飲んだ紅茶に……あぁ……眠い……。
「だから姉さん――」
「――後は。
僕のほうですべて終わらせておくから
ゆっくりと、眠るといいよ」
「姉さん。姉さんは、頑張りすぎなんだ。本当は、僕がそれを肩代わりしてあげたかったけど。……さっき、しっかりと。しっかりと姉さんから断られちゃったからね。本当に、本当に。残念だけど。殺したいほど、僕は姉さんのことが大好きなんだ。それこそ、誰にも渡したくないほど、誰にも見られない地下にでも幽閉してでも姉さんを自分だけのものにしたかった。でもやっぱり、それだと姉さんの幸せにならないから。……昔は、姉さんを幸せにできるのは僕だけだと思ってたんだけどなぁ」
――キィ……キィ……――
「だから、さ。姉さん。姉さんは、一度、死ぬべきなんだよ」
――キィ……キィ……――




