伯爵は、失意の中
「……マリニャン……そのー……」
「……」
「こんなことぅ、言うのもぉ……きっとダメだと思うけどぅ……元気、出してぇ……?」
「……」
分かってる。
ミサオも、マオも私を励まそうとしてくれているってことは。
二人がこんなことになったなら私もどう声をかけていいかわからないから。
だから、二人が、言葉を選びながら、それでも慰めの言葉をかけたくてもいい言葉が浮かばないってことも、よくわかっている。
「ごめんね二人とも。何か言われたとしても、どう答えたらいいか、わからない」
馬車の中。左右で私に気を遣ってくれている二人の肩を抱き、二人の温かさに縋らせてもらう。
私以上に泣いてくれている二人には、感謝しかない。
だけども、なぜだろう。
私は、涙が出てこない。
「マリニャン……」
「マリニャンぅ……」
だけど。
……うん。だけど、私は私が理解できている以上に。傷ついているんだなって、思った。
ムールとの婚約破棄。
相手を奪われたという、女性としての魅力のなさを露呈し、長年連れ添っていた相手のことを理解できてなく、また相手も私のことを理解してくれていなかったのだと傷ついた。
少しだけ、私の中で期待もあったのかもしれない。
ムールという好きになろうと努力しなければならない相手と政略結婚をする、ということから解放されたことによる喜び。
そのほんの少しの喜びが、結婚という、逃れられない未来へ期待を持ってしまった。
傷ついていたのも確か。だから、休みたかった。
なんだったら、婚約破棄できるはずのない格下の相手から破棄されたという事実に、恥ずかしくて逃げてしまいたかった。私を知らないどこかへ、帝国そのものから抜け出したかった。
当主だからこそ、婚約破棄という醜聞がより響く。ランページという帝国の誰もが知る貴族だからこそ、響く。
逃げる。それは当主として、直系唯一の当主としてできるはずもない。
だったら、それなら。政略結婚とはいえ、傷が癒えた後にいい相手を見つけるのもいいかもしれない、なんて思っていた。
なのに。
ヨモギの慰め含んだ提案。
アルヴィスからの、意味の分からない急な求婚。
特に、カシムール殿下から言われた、王権による婚姻未遂。
それは、私にとって、とても重くのしかかる。
学園でフィンの弟だということで顔を合わせた程度の相手であって、王城でもそこまで深く関わっていたわけでもない。
いきなりランページが欲しいからという理由で私を妻とする、という発言に、女性としてだけでなく、自分自身に価値がないのだと言われたように思えた。
ランページという大きな土地。戦略的に重要な土地。
それらが必要なのであって、それを手に入れるために私の血筋が必要なだけ、ということを言われた。
王城で勇者とカシムール殿下の話を聞いたとき。
フィンも、王族だから、そう思って私と友人関係を築いてきたのかな、なんて不安ももたげてきた。
だから聞いた。
【フィンも。ああいうこと、を考えているの?】
と。
【君は、ランページという力が、どれだけのものか、分かってないんだね。本当に】
それは、フィンも、私がランページだから、と。そう思っていたのだと思った。
もちろん、そんなことで、フィンと過ごした記憶は色褪せることもない。
フィンのことが好きだったから、一緒になることのできない相手だけども、好きになってしまったから。
フィンに。
ランページ不可侵法を撤廃すると、カシムール殿下が動いたことに、期待をもってしまっていた。持ってしまっていた私が、そう言われてしまった。そう理解してしまった。
フィンは、私のことを女性として、好きではない。
ただの友人としか思っていなかった。
でも。
フィンなら、いい。
嘘でも。ランページが欲しい、というだけでも。政略結婚も、フィンとならよかった。
私が、フィンのことが、好きだから。
【さあ、マリーニャ・ランページ。喜ぶがいい。ランページ不可侵法は私が撤廃した。この、私こと、カシムール・フィルア・ジ・インテンスが、お前を迎えに来たぞ】
だけども。
フィンは、来てくれなかった。
カシムール殿下より先に、来てくれなかった。
だから私は。
カシムール殿下と、婚姻することになるんだろう。三番目の夫人として。特別な存在というわけでもなく、ただランページのためだけの婚姻だ。
帝都へ戻る馬車の中で、諦めるしかないのだと、自分に言い聞かせた。
【ふー……危うく。取り返しがつかなくなることであった。これでお前は。いや、ランページは、私のものであるな】
【私はすでに二人妻がいてな。私が帝王となった際には、正妻が正妃となる。お前は側妃だ。嬉しいだろう。兄上。私はランページを手に入れることができました】
だけども。
カシムール殿下がフィンの前で、そう言った時。
言いようのない、絶望感に苛まれた。




