伯爵の『夫』は、ランページへ向かう
にやける顔が、止められない。
私はついに、やったのだ。
ランページ不可侵法の撤廃を成立させ、そしてマリニャンを狙うあらゆる男達の誰よりも先に、父上からの王命という絶対令を使って、マリニャンとの婚姻を強制的に成立させた。
これがいいことなのか悪いことなのか。
私からしてみればいいことだ。最終目標として、これからの通過点として、そこを私が目標としていたのだから。
マリニャンがどう思っているか。と聞かれたら……うん、それはもう……
「マリニャン。……待っていてくれ」
と、思うしかない。
帝都から、本来は軍事伝令用に常備させている早馬を使い、私はランページへと向かう。
すでに数日経ってしまった。
このまま早馬で駆けても、恐らくは、マリニャン達がランページに到着した後一日以上待たせてしまうことになる。
ランページに着けば、マリニャンとの生活が待っている。
ランページをここまで大きくしたのは私の貢献もある。マリニャンと共に未来のためにいろいろと動いたのだから。そうじゃなければ、カシムのやらかしたフレイ王国を、ランページに取り込んだりなんてしない。
そんな苦労を無視して、カシムといい、程度の新聞社といい、やってくれたもんだ。
まさか、帝都中に広まった号外に、ここまで苦戦するとは。
【帝都王城に魔物! 餌食となったのは第一王女、エスリフィア・フィルア・ジ・インテンス様! 療養のためランページへ】
【レンジスタ王国との同盟成立。孤独を愛する鋭き瞳熱血漢。砂漠の国の、義心熱きキュア・レンジスタ王子のお相手は、ランページの分家筋!】
【ランページ不可侵法の撤廃の成立! カシムール第二王子殿下がランページ女伯爵に求婚っ!? 第二王子が帝王の座に?】
【第一王子フィンバルク殿下が王命を宣言。ランページ当主との婚姻を発表。第一王子と第二王子の争いが激化!】
これらをすべて終わらせるには、改めて父上から王命を発してもらうしかなかった。
だけどもその父上は、意識は取り戻しはしたが、長年の軽微な毒物によって体が弱り切っていた。
父上の、カシムへの誤解も解く必要もあった。
カシムは、父上を殺そうとしていわけではない。ただ、体調の悪い父上を想って薬を手に入れてきただけだ。
疑惑に満ちた薬を。
カシムは恐らく、王国の罠にかかったのだ。
正しくは、王国の【四公】の一人に。一番怪しいのは、王国の南の支配者、トレード公爵辺りか。帝国と関係の薄い地域だし、そこからの交易物は貴重なものばかりであった。重要な財源ともなり得るので、だからこそ油断したともいえる。
私が先日マリニャンに渡した薬も、そこから取り寄せたものだ。
王国――王族派のやり方ではない。
新興貴族派が、何か仕掛けたのかもしれない。
……まさか、カシムがそこと繋がっているなんてことは考えたくはないが、王国に忍び込ませたヤッターラ家の事を考えると、王国に協力者がいるのは間違いはない。
それが逆に利用されたと考えれば……だが、そんな大物が……まさかな。
とはいえ、そんな薬を飲み続けて体調を悪化させてしまった父上を、動かすわけにもいかない。
だから、すでに王命が発動されているということで、貴族たちを納得させるしかなく、そしてそのために追加で号外を使って印象操作を行う。
それらに時間をかけすぎてしまった。
カシムには言った。
もう、手助けはできないと。
姉さんが死んだってことにしたのも、カシムに姉さんが生きてキュア王子のところにいることなんて知らせたくもなかったから、自分のやったことを悔いてほしいと思って嘘をついた。
生きていると知ったらなにするかわからないからね、カシムは。
マリニャンを悲しませたのだ。それもこれも、その罪を私との縁を切ることや姉さんが死んだと悔やむことで償ってくれればそれでいい。
マリニャンをあそこまで悲しませたのは、憎い。
憎いには憎いが、それでも、あれは私の弟なのだ。
最愛の弟だからこそ、それだけで済ませたのだ。
もう、王族という、私を縛るものは、ない。
世論も、そして、王命という言葉から、世間は私がランページとなることを認めたであろう。
だからこそ、嬉しい。
認められたことが。そしてマリニャンと共にいられることが。
だが――
――キィ……キィ……――
「フィンバルク殿下っ!」
乗馬している軍馬も、もう限界だ。「ぶふー」と大きく息を吸って少しずつ速度も落ちてきている。
そんな中、次の馬に乗った軍令が並走して声をかけてくる。
「助かる! すまない、この馬を労ってやってくれ!」
すぐさま互いの馬を走りながら乗り換え、「御武運を!」と何に対して武運を祈られたのかは分からないが、敬礼と共に遠くに離れていく軍令に、「今までありがとう!」と大きく声をかけた。聞こえていればいいのだが。
「急げ、急げっ!」
乗り換えた軍馬に、急ぐように声をかける。言葉を理解しているのか、軍馬は一気にスピードをあげた。
――キィ……キィ……――
――だが。あの時のマリニャンの顔が脳裏をよぎる。
どこまでも沈んだ表情。
暗闇を称えた瞳。いつものかぼちゃ色の瞳もくすみ、心なしか、彼女自身が纏う晴れやかな空気も淀んでいた。それはあの綺麗なかぼちゃ色の髪の毛も、暗く見せる程。
「……昔は、あんな顔なんて、しなかったじゃないか……っ」
新たに見たマリニャンの表情。
自分の知らないマリニャンを見たとも思えばいいのだが、だけども、学生時代から知るマリニャンは、いつも軽快で快刀乱麻のごとく難題を解決しては笑う、笑顔の絶えない女性だった。
なのに、卒業してから、そして今のこの情勢と、彼女の身に起きた一連の問題に、彼女はどんどんと元気がなくなっていっていたのは分かっていた。
だからこそ、彼女を励ましたかったし、彼女の隣にムールなんぞがいることが許せなかった。
彼女を悲しませるムールから、どれだけ彼女を救い出したかったか。
「……やっと、やっとそれが、できるんだ。だから――」
――だから、また、私に笑顔を見せてくれ。
目の前で、私しか知ることのできない距離で。その目で私を見て、私だけに見せてくれ。
――キィ……キィ……――
――キィ……キィ……――
「おねえ……、さ、ま……」
――キィ……キィ……――
「――っは、はぁぁぁぁぁぁぁぁーーーっ!?」
――キィ……キィ……――
――キィ……キィ……――
自分でも驚くほどのスピードでランページ邸へと着いた。一日中走り続けた。太陽が昇っている。
過去最高記録ではないか。そう思うほどの速さだ。私も息も絶え絶えである。
門前で私が下馬すると、最後の最後まで頑張ってくれた軍馬は、「ぶふー」と大きな息を吐いてその場に座り込むように倒れた。
軍馬に「よく頑張った」と声をかけると、安心したかのように目を閉じる。
ランページ邸から慌てて出てきたヴァイスリッター騎士団の一人に軍馬を任せると、私は自分の身だしなみを整えながらランページ邸へと入っていく。
「……なんだ?」
ランページ邸は、どこか慌ただしい。
まるでドッペルゲンガーが暴れた後の王城に似通った雰囲気であり、且つどこか暗さが漂っていた。
まるで、葬儀のような雰囲気。
メイドや騎士たちは、私を見るとどこか泣きそうな表情を浮かべて頭を下げて道を開ける。
「……なにが、あった……?」
不安。
屋敷の入り口に近づくにつれて、心がざわつく。
「……殿下」
玄関を開けて、ヨモギが姿を現した。
頭を下げた後、無言でぎぃっと扉を開けて入口へと誘うヨモギに、よりこの状況に困惑する。
すたすたと、まるでついてこいと言わんばかりのヨモギに、同じく無言でついていく。
一階から二階へ。
その間にすれ違う誰もが、涙をこらえつつ、ばたばたと動き、時には魂が抜けたように私達が向かう先を見ている人もいる。
執務室。
マリニャンの寝室に繋がる執務室。
……通り過ぎる。
すぐ隣の部屋の扉へ。マリニャンの寝室へ直接つながる扉だ。
ヨモギはその前にいくと、ノックすることなく、扉を開ける。
「ヨモギ……?」
「……」
入口の時と同じく、そこへ進めと言う無言のヨモギを訝しげに見ながら、私は中へと入った。
どこかマリニャンの香りがする部屋を、初めて見るその部屋を、失礼ながらきょろきょろとみてしまう。
ヨモギが扉を閉めて中へと入ってくると、手を差し出した。
その先を見るように促された私は、その手の先をみる。
「姉さんです」
マリニャンだと、そう言ったヨモギの視線の先は、ベッドだ。
そのベッドの上には、寝ている誰かがいる。
ぴくりとも動かないその誰か。
ここはマリニャンの屋敷でありここは彼女の寝室なのだから、そこに寝ている相手は彼女であるということは分かっている。
分かっているのだが。
その彼女の顔に、白布が被せられてなければ。
彼女が着ている服装が死に装束でなければ。
「なにが……なにが、あったっ!?」
思わずヨモギの胸倉を掴んで、叫んだりなんか、しなかっただろう。
ランページ邸で起きた、愚か者たちのエピローグ
間もなく完結となりますが、この辺りで更新を緩やかにさせてもらいます。
1日4話更新(8時、12時、18時、21時)から1日2話更新(8時.12時)に変更します(2025/06)




