伯爵狙いの第二王子は、空回りに気づく
「兄上。くっ……兄上っ!」
王城。
兄上に腕を引っ張られるように城内へと連れられる。いや、引っ張られるというのも生易しい。腕が引きちぎられるかと思うほどに力強く握りしめられ、兄上のどこにそんな力があるのかと思うほどの歩くスピードと引っ張りに、私がたたらを踏むように何度も躓き倒れかけては姿勢を無理やり正して進まされる。
何度読んでも、私を引っ張る兄上は、背後を振り向くことはしない。
ただただ、前へ前へと。私を連れて進む。
これは大会議室への道だということは分かっている。
ざわざわと騒がしい城内に、何かがあったのかと訝しむが、兄上の私の制止の声さえも無視するその行動に、思うように周りを見渡すことさえできない。
怒っている。
あの、兄上が、怒っている。
そう思うと、嬉しい反面、それ以上に、今の状況も踏まえて、怖い、という想いが強く出る。
まさか、こんな簡単なことで、兄上は簡単に怒るのか。と、驚きもあった。
私が、ランページ――マリーニャ・ランページを王権を使って、妻としたことに。
いや、分かっていた。
兄上が、マリーニャのことをどれだけ大切にしていたのかを。
……いや、分かっていなかった。
兄上のマリーニャへの想いを。
私は、兄上を、怒らせたかった。
あの兄上を怒らせることで、怒らせるようなことをして、兄上と対等となりたかった。
兄上より上になったということを、優越感を得たかった。
だから、マリーニャ・ランページに手を出した。
そして、手に入れた。
手に入れた、のに。
怒らせたい。だけど、本当に怒ったときに、ここまで自分を突き放されるような雰囲気になるとは。
あの兄上が。こんなにも私に怒るとは。
どこか。
甘く、見ていたのかもしれない。
いや、兄上を、馬鹿にして、何をやってもいい、なんて思ったのかもしれない。
違う。
そんなことを、本当にしたかったわけではない。
私は――
「座れ」
気づけば、大会議室へと着いていた私は、やっと一言兄上が私に向かって話した声に、押し殺した怒りに、これから何が起きるのかと不安を募らせながら兄上が指さした場所をみる。
それは、大会議室の、簡易玉座。
帝王である父上のみが座ることを許された、玉座である。
「……兄上、何を」
「黙れ。いいから、座れ」
「兄上。……その、なんだ、す――」
あまりの怒りに。表情さえ見えてこない兄上のその怒りは、私はとんでもないことをしてしまったのだと、先ほどまで嬉しかった思いを払拭し、兄上に謝るべきだと、謝罪の言葉を口にしようとした。
だが、兄上は、その言葉さえも告げさせず。
私を放り投げるように、その玉座へと投げ捨てる。それこそ乱暴に。ゴミを捨てるかのように。ぽいっといった音であればさぞかし痛くもなかっただろう。
だが、握りしめられた手首と、乱雑に投げ捨てられたときに捻ったために、手首に痛みが走る。
「ぐぬっ。な、なにを」
「あぁ?」
バランスを崩しながらも、こけることもなく二、三歩よろめき兄上に相対するまでに耐えた私を褒めてほしい。
だけども、そんな私を。――私の抗議の声も、何もかもを無視して、兄上の手が私の顎に伸びる。
がしっと顎を掴まれた私は、顎を砕かれるかと思うくらいの圧迫に、悲鳴をあげた。
「お前。今の状況、分かっているか?」
「|ひ、ひぉい。あ、あにをしむ《ひ、酷いじゃないか、何をする》」
「お前、どうして王城に、ドッペルゲンガーなんか、持ってきた」
「っ!?」
なんで。なんで兄上がそれを。
まだ、計画の前に、露見した。いや、まさか、エルトから聞いたのか。
「第八倉庫から逃げ出したドッペルゲンガーが。この王城で何をしたかわかるか」
「に、にげ――っ!?」
エルトではない。ドッペルゲンガーが脱走して動いたのかっ。
それでは、私の計画が台無しではないかっ!
だからか! だから城内はここまで騒がしかったんだ。
……いや、まずい。
まずいぞ。
私が、それを連れてきたということが広まり、私の計画が漏れれば、帝王への道が遥か遠くへと遠ざかる!
「俺やエルトにけしかけるなら、まだ許してやった。……別に、その程度、どうということもない。だがな。その結果、姉さんが、犠牲になった」
「っ! あ、あえうえぎゃ……っ!?」
さ、最悪だ。
まさか、ドッペルゲンガーが、私のいない間に暴れていたなんて。
しかもよりにもよって、姉上に危害が及んでいたとは。
これは、勇者との婚姻もすべてが……
「姉さんは、死んだよ」
「し……っ!?」
死んだ?
……姉上が?
それは、私に衝撃を与えた。
そんなまさか。と。そんなわけがない、と。姉上が勇者の血を継ぐ子を儲け、そしてその血がやがて帝国の、帝王一族の血となることで勇者の力を子孫に残してよりよい帝国を築く私の計画が、一瞬でとん挫した。
だけども、そんなことよりも。
姉上が、死んだ。
そのことに、驚きどころか、そんなわけがない、と、姉上は助けようと色々動いていたのに、その結果がこれであるということに、心がざわめく。
「ドッペルゲンガーに食われてな。で、そのドッペルゲンガーに襲われたお前のお仲間の勇者も。さっき起きたらしいが、怯えて使い物にならないとさ。……勇者が聞いてあきれる」
どさりと。
顎を圧迫する力が緩まると、私はそのまま地面へと座り込んでしまった。
「そんなつもりは」
「どんなつもりだったんだ」
「え……」
「お前、俺とエルトにけしかけようとしていたのを否定してないよな? それで俺達が死んだら、同じように思ったのか」
……死ぬ?
そうだ。死ぬ。私は、エルトも兄上も、殺したいと思っていた。
だから、ドッペルゲンガーに成り代わらせて、始末して……。
「人はな。誰だって死ぬ。父上も、姉さんの一件で、元々体を壊していたところに心労が重なり倒れた。お前、本当に、そんなことも分からないほど愚かだったのか?」
「……」
そんなことは、思って……いや、思っていたのは確かだしそれを実行しようとしていたのも確かだ。兄上もエルトも、邪魔な存在だった。姉上も邪魔ではあったが、それでも姉上は脅威とはなりえないことが分かっていたからこそ助けたかった。
なんで私は。
私は、そこまで、兄上とエルトを、殺したいと思ったんだろうか。
帝王になるための障害だったから?
いつも私の意見に文句をつけるから?
私が常に一番でなければいけなかったから?
ただ単に、気に食わなかっただけだから?
私は、本当に。
そんな短慮で、血の繋がった兄上とエルトを、殺そうとしていたのか。
なぜ、私は、そこまで……。
いや、簡単なことだ。
……帝王の座を、奪われたくなかったから、例え兄弟にでも、奪われたくなかったから。認めたくなかったから。自分以外の誰かが、父上から帝位を継承することを。
ただ、それだけ。
本当に、それだけだった。
私はいつだって、兄上とエルトに負けていた。何をしても負ける。何をしても二人に勝てなかった。
何をしても、何を言っても、全てが私以外に集約される。結局、私が議題としてあげても、三人の意見が採用される。
まだ政務を行っていた父上も、私の意見より三人の意見を重宝した。
なぜだ。
なぜだと苦悩した。
だから、私は、自分の持てる権能を使って、意見を通した。
通して、帝国を大きく、自分の求める、自分の思い描く帝国へと、導こうとした。
その中で、彼らは、邪魔だった。
ただ、それだけ、それだけである。
「今、姉上がそのような状態で、ドッペルゲンガーに成り代わられて姿を隠し、そして父上も心労で倒れた。その時にお前は……お前は何をやっていたんだ」
「だ、だって……でも。私が帝王になるためには……」
そんな自分の想いを、悟られたくなかった。彼らより上に立ちたかった。彼らより優位に立った。立ったことで、より彼らに追い抜かれまいと、横暴な態度をとった。それを、家族のみんなが、許してくれていた。
「前からそう言っていただろう! 誰も、お前の帝位継承を妨げない、と!」
兄上にそう叱られたとき。
私は今まで、思い違いをし続けていたのだ、と理解した。




