伯爵は、邂逅する
「おお、エフィ! お前はどうしてエフィなのだ! どうしてそこまでしてエフィとしてこうも強く俺を惹きつけるのか。
お前の瞳に映る俺さえも、あまりに美しいその光景に嫉妬してしまう。
ああ、我がエフィ!
俺の心の奥底から湧き上がるこの感情をどう表現すればよいのか分からない。お前の微笑みひとつで、世界が輝きを増し、我が魂は天にも昇り、そしてお前のそばへと降り注いでしまいそうだ!
エフィ、君の存在が、この世界のすべての色を鮮やかに変える。その俺を呼ぶ声さえも、まるで甘い旋律のように心の奥底に響き渡る。
今、俺のこの胸の中に包まれた君の温もりが、冷たさを知らない暖かな日差しのように、俺の心さえも包み込む。その大きな愛で。いや、俺の愛はもっと大きい。だけどその愛でさえ、君の美しさにひれ伏してしまう。ああ、エフィ、俺は君なしでは考えられない。
君と共に過ごす一瞬一瞬が、永遠の喜びのようだ。この手に君を抱きしめ、君の全てを守り抜くことを誓う。それができなかったからこそ、生まれ変わった君をそばで守ろう! もう離さない! そして、君の微笑みを見続けることが、俺の唯一の願いだ。さあ、見せておくれ、その微笑みを。
俺を虜にする君の、俺だけが見ることのできるその微笑みを、
どうか。
どうか俺に見せ、
そして、俺を魅せ続けておくれ」
「ああ、キュア。どうしてあなたはキュアなのかしら!
私の瞳に映るあなたこそ私の心を温め、震わせるの。あなたが感じるその感情こそ、私が今感じていることそのものよ。
あなたがそばにいるこの瞬間が、私の心の奥底の喜びの泉を満たしてくれる。
あなたの言葉一つ一つが、私をの心を潤して深淵の底に沈むあなたへの愛を引き寄せるの。その愛しさは心の奥底から噴水のように噴き上がってくるかのよう。あなたの存在が、私の世界を鮮やかに色付けるの。
あなたの甘い旋律のような声が、私の体を愛で満たして震わせる。その温もりが、降り注ぐあなたの愛が、暖かな日差しのように私の心を包み込んでくれる。
あなたとの一瞬一瞬、その純粋で無邪気で美しい微笑みは、私を射抜き、留め置くの。深く沈んだ私の心の暗闇を払い。晴れやかに清らさに澄み渡らせる。
私の愛は、あなたのそばにあれ。そばであなたのために微笑みましょう。その愛が尽きぬように。誰にも奪われないように。
ああ、キュア。
私のキュア。
私とあなたの愛の物語は、生まれ変わった私と共に続いていくの。
永遠に。
そして常しえに!」
「「さあ、マリニャンも一緒にっ!」」
「はいはーい、すごいすごい。そのままずっとやっててください。ただし私のいないところでお願いします」
ばっと、抱きしめあって互いの唇がくっつく寸前まで顔を近くに寄せては、互いの目を離すことなく見つめ続けて長文を言い合って、そして言い合った後にとても晴れ渡った笑顔で、ウィングスプレッド――鳥が翼を広げて踊るかのようにばっと優雅に離れて広がる目の前の二人に、私は適当に返事を返した。
片方はエフィ・ランペルジこと、エスリフィア・フィルア・ジ・インテンスであり、もう片方は、レンジスタ王国の王子、キュア・レンジスタその人である。相変わらず、小麦色の日焼け姿が似合う熱血漢のくせに、優しそうな見た目をした、見た目詐欺の王子様。
「冷たいな! いつものマリニャンで俺は嬉しいぞっ!」
「うるさいですよキュア王子」
「マリニャン、しおたいおうー」
「でもぅ、やっぱりぃ、いつも通りのキュア王子様でほっとするねぇ……」
「本当に、喋らなければいい男なんですけどね……王女様が絡むと本当に……」
「あら、マリニャンお姉さま。まさかキュアを狙っているの? 残念だけどキュアはマリニャンお姉さまと言えど渡せないわ」
「はっはっは! 罪深い男だな俺は! だがすまないなマリニャン! 俺はエフィ一筋なんだ!」
「あ、いらないんで。本当に」
「つれないなっ! これがマオが言っている塩対応というやつかっ!」
「といいますか。なんで私が振られてる感じになっているのかが不思議だわ」
流石に、この短い期間で、婚約破棄に加えて自国の王子様からの告白未遂に、告白してもないのに他国の王子様に振られるとか勘弁してほしい。
「とりあえず、ちゃんと送り届けましたからね。幸せにしてもらえないならすぐに回収しにきますからね」
「なんの、こんなに嬉しいことはない! 必ず幸せにしてみせようではないかっ!」
「マリニャンお姉さま――いえ、マリニャン、ありがとう」
「エスフィ王女、どうぞお幸せに」
義姉と義妹ではなく、元王女と臣下として。
深く臣下の礼を取る。
「マリニャン」
そんな私の頭上に、王女様の声が降る。
「あなたも、レンジスタ王国にこない?」
「それは……」
「戻ったら、また、色々あるわよ。だったら……」
王女様の提案はとても嬉しかった。
だけど。
「ありがとうございます」
それは、できない。
「私は、ランページですから」
私の戻るべき場所は、あそこだから。
私は、婚約破棄からの騒動でとても疲れていた。なんなら、帝国から逃げ出したいと思う程に。
戻ったら、マオやミサオが言っていたように、私は誰かを娶らなければならない。
ランページという力を、そして、ランページを紡ぐための婚姻を。
そんな悩みを、想いを。
エフィこと、エスフィ王女様は、気づいてくれていた。だからこそのあの提案。
魅惑的で、魅力的で。
だけど。
いくら、私が、疲れていても、辛くても。
それには乗れない。
女性当主として、伴侶がいない、というのは危険だった。いつランページがなくなるのか、直系が私しかいない今、必ずそれは訪れる。
ランページ不可侵法が撤廃されようとしている今。
帝国王子様達とも婚姻が可能となろうとしている今。
カシムール殿下に一度王権を使った告白紛いのことをされたのだから、次されたときにどう答えるべきなのか。
フィンが、私にそうしてくれるのだろうか。
それとも、他の誰かが、私と一緒になってくれるのだろうか。
そう思うと、辛い。
誰もが、私を見てくれないように思えた。
結局はランページだからなのだ。帝国の要として必要だから、そこに私の意思はない。
あまりにも忙しすぎて、悲しむ暇もない。
悲しみたい。
大きな声で泣きたい。
そうまでして、ランページがみんな欲しいのだろうか。
欲しいのだろう。
大きな領地だ。フレイ王国を吸収して大きくなっているし、なんだったら、何年か前に訪れた災厄によって焦土と化した一部の土地は、その後急速に【狐巫女】の恩恵により肥沃な地へと早変わりし、いまや毎年豊穣を迎え続けている。
そのほか、モロニック王国との戦いにおいて培ってきた軍事的価値も高い。
帝都からみても引けを取らない町を抱え、戦争中とはいえ、王国と帝国を繋ぐ流通の要でもある。
私が欲しいのではなく、その領地が、みんな欲しいのだ。
政略結婚だから、と割り切ればそれでもいい。ムールのときはそう割り切っていたのだから。
だけども、せめて。それでもせめて。
「……恋愛、したかったな……」
ムールとは、小さい頃からの婚約だった。だからこそ、飲み込むことはできた。
婚約破棄されたからこそ。そう思う。
少しでも、時間が欲しい。
少しでも悲しむ時間が欲しい。心を、落ち着かせる時間が欲しい。
帰りの馬車の中。私は思う。
そう思うのは、おかしなこと、だったのだろうか。と。
それは、幸せを掴んだ王女様と、その幸せな姿を、見たからかもしれない。
――がたんっと。
急に、馬車が歩みを止めた。
なにがあったのか。
そう聞くよりも先に。
馬車の窓から見える私の護衛騎士たちと、マオとミサオの強張った顔に、異常事態だと理解する。
いつでも戦えるように、自身の武器を持つ。簡易的に胸を守る胸当てだけつけてすぐに扉を開ける。
「だめっ、マリニャン、出てきちゃだめっ」
マオの焦った声。私が馬車を出てはいけない事態。
逃げる。
その選択肢が正解だと、マオの顔は告げる。
だけども、私は、みんなを見捨てて、逃げることなんて、できない。
出来なかったから。
「見つけたぞ、マリーニャ」
私たちの馬車を止めた、それに。その方に。
「おかしいと思ったのだ。祝い事なのだから、当主として、ランページにいるわけがない、と。レンジスタへ向かったのだと」
それは、馬車。
高貴な方の乗る、紋章をつけた、馬車。
馬車の扉がばたりと開いて、ゆるやかに降りてくる。その方。
「途中で気づけて良かった。やはりこの波は、私の味方であるのだなとつくづく思う」
青の虎の紋。
その紋章は、帝王の一族、王族のみが使うことを許された紋章。
エスリフィア・フィルア・ジ・インテンスは、黄の虎の紋章。
フィンバルク・フィルア・ジ・インテンスは、赤の虎の紋章。
エルト・フィルア・ジ・インテンスは、黒、または紫の紋章。
――そして、青の虎の紋章は。
「さあ、マリーニャ・ランページ。喜ぶがいい。ランページ不可侵法は私が撤廃した。この、私こと、カシムール・フィルア・ジ・インテンスが、お前を迎えに来たぞ」
私は、王権をもって。
カシムール殿下に婚姻を、迫られてしまった。




