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【完結】伯爵様は帝国から抜け出したい  作者: ともはっと
そして、訪れる

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伯爵の元婚約者は、事実を知る


「やぁ、マール兄さん、久しぶりだね」


 ランジュ伯爵領。

 久しぶりに戻った我が家は、どこか寂し気だった。


 帝都の華やかさに比べればランジュ伯爵領はとにかく田舎。

 その更に王国寄りにもなるランページは、もっと田舎である。しかも戦いに明け暮れる蛮族の領地。


 そんな領地は、まもなく僕のものとなる。

 蛮族の地とは言え、広大な領地だ。この領地を開拓し、帝都より大きな町を作り、そして王国と帝国を商人たちが行き来することでにぎわいを見せる、そんな土地に僕はしようと思う。


 今から考えることは多く、僕は輝かしい未来に胸を躍らせる。


 本来の当主であるマリアベルの夫となる僕は、次期伯爵である。

 ムール・ランページ。

 あの帝国で由緒正しきランページに、歴史書や物語に語られるランページの一員と僕はなる。

 これほどまでに嬉しいことは、あるだろうか。いや、ない。

 そしてマリアベルとの間に、すでに子も儲けている。

 次代もいる。

 我が血がランページとなり、称えられる。


 なんとも素晴らしいことか。



「気安く呼ぶな」

「へ?」


 ランジュ家の見慣れた門を潜り、門の前で再会したランジュ家次期当主である長兄、マール兄さんは、嫌そうな顔をして私にそう言った。


 なんだ兄さん、僕を妬んでいるのか。

 それはそうであるだろう。

 兄さんがもしマリーニャと同年であれば、もしかしたら僕の代わりにランページへと入っていたのかもしれないのだから。

 だが、マリアベルを射止めない限り、ランページはモノにすることはできない。


 つまり、どうあがいても、兄さんは僕の上に立つことはできないのだから。


「どうしたんだい、マール兄さん。もっと喜んでほしいんだけども」

「喜ぶ? なぜ?」


 はっと、鼻で笑うと、兄さんは僕の肩を小突いた。

 まるであたかも、兄弟のじゃれ合いのようだ。


「兄さ――がっ」


 それが、本当に、力強く。まさに僕に尻餅をつかせるほどの、小突きでなければ。

 その勢いで、門の前に立って話をしていた僕は、門の外へと出されてしまった。


「ぐっ、な、なにをする!」

「お前こそ、誰に向かって言っている。お前ごときが軽々しく声をかけてくるな。この疫病神が」

「は、はぁ!? に、兄さんだからといって、言っていいこともあればやっていいことと悪いことがあるだろう! 僕は、次期ランページ伯爵だぞ! ランジュ家より広大な領地を持ち、モロニック王国から帝国を守る盾だ。そのランページに守られているランジュ家が、次期ランページ伯爵に盾突くのかっ!」


 言ってやった。

 すっきりする。


 いつもマール兄さんは、自分が継ぐランジュ家を誇らしげに語っていた。

 だけども、それは僕にはとても小さく見えた。

 ランジュ家は、伯爵家とはいえ、そこまで大きい領地ではない。

 ランページと帝都まで繋ぐ途中の領地と言えばいいが、それでも帝都までの間にはもう一つ大きな侯爵領がある。ランジュ家はあくまで金のない平民ややむを得ず泊まらざるをえなくなった商人たちが泊まる休憩地。言ってしまえば、観光地もない、村が大きくなった程度の町が点々とあるだけの領地だ。

 もちろんいいところもある。その素朴さや自然がいいという人もいるのだ。廃れているわけでもない。いろんな場所の中継地点でもあるのだけど、ほぼ確実に通る場所ではあるが、あえて止まる場所でもない。そんな領地だからこそ、田舎なのだ。


 それに、ランページが負ければ、侯爵家が軍を整えるまでの時間稼ぎとして使われるという、不遇な土地でもある。


 そんな土地の領主が、帝国の盾であるランページの次期当主に、威張り散らすなよ、と。



 ――なのに。



「はぁ……トメカ爺も、もっと早くこの事態を報告してくれていれば、こんなことにならなかったのにな」

「何か、言いたいことでもあるなら、言えばいいじゃないか、兄さん!」

「言いたいこと? いくらでもあるが、その前に――」


 無視である。先程の僕からの罵倒は、兄さんには何一つ通じていなかった。

 むしろ蔑むかのように見下ろす兄さんのその目は、僕を惨めにさせる。まだ立ち上がっていないからか、それでもその目は、弟を見る目ではない。




「――平民になり下がった男が、いつまでも弟ヅラするなよ。なんで当たり前のように我がランジュ家に平民が入ろうとしているんだ」



 そして、兄さんにそう言われたとき。

 こいつは、何を言っているんだ? と。きょとんとしてしまった。



「お前さ。……ほんっとうに、なにもわかってなかったんだな」

「なにをだよ! 平民って、何の話だ!? 僕はランページ次期伯爵だぞ!?」

「はぁ?」


 怪訝な表情を浮かべたかと思うと、大笑いされる。

 だけども、笑いを止めた後の兄さんは、怒りに満ちた表情を見せる。それこそ、自分の腰に佩いた剣に手をかけだすほどの怒り。


「お、弟を殺す気か!?」

「だから、弟じゃねぇんだよ、お前は」

「え?」

「お前、とっくにランジュ家から離縁、廃嫡、追放されてんだよ。だからお前は平民。貴族でもなんでもないし、ここにきていいはずがねぇんだ。こうやって会話してもらえてることをありがたく思えよ。……一応、元弟として、な」

「……え」

「あんなことやらかせばそりゃそうなるだろう。本当に、残念なやつだよ、お前は」


 あんなこと。

 そう言われてもぴんとこない。

 むしろ褒められるべきだろう?

 本来の当主と結ばれ、ランジュ家とランページは晴れて親戚となるのだから。ただの親戚じゃない。あのランページだ。末席の僕が、当主の、ランページ。

 僕は、知らず知らずに、何かをやらかしたとでもいうのか? ランジュ家から縁を切られるほど? ランページを捨ててまで?


 元々、ランページをランジュ家と一つにして、巨大な領土を手に入れることが目的だったんじゃなかったの?



「ランページと繋がりのない、平民のマリアベルと結婚するんだろ? ランページ女伯爵との良縁を、わざわざ捨てて。大層なことだよほんと……腹が立って仕方がない……っ」

「マリアベルが平民? 何を言っているんだ? マリアベルが、次の当主だろう?」

「は……? 何年も前に帝国としてマリーニャ・ランページが、ランページ当主だって叙爵されてるし、帝国中の誰もがしってることだぞ? マリアベルが当主になる? どこ情報だそれは」

「い、いや、だって! マリアベルはランページの血筋だろう!? マリーニャはマリアベルが成人するまで代理当主をしているって」

「そんなわけないだろうが! マリアベルはマリアベル・ベリー! 元ベリー男爵家の娘で、今は没落して平民扱いだ! ランページは後見をしてただけで、十八になったらランページを出て市井に出る女だぞ!」


 な、なんだって?

 そんなこと聞いたことがない!

 嘘に決まっている。


「まさか、そんな考えで……そのせいで、そんな、馬鹿げたことで、この領地に多大な被害を及ぼされたのか……っ」


 領地に被害?

 このランジュ家になにかがあったのか?

 僕が、婚約破棄したから?

 だって、マリアベルが次期伯爵だから、だから、僕は、マリーニャを捨てて、マリアベルと。


 周りを見渡す。

 そう言えば、来たとき、妙に寂しさを感じた。

 本当に? 本当にランジュ領地はここまで寂れていたか?


「がっ」


 そう思った時、兄さんに胸倉を掴まれ、思いっきり殴られた。


「お前のせいで、ランページ家に与する領地群からは見限られ、周辺領地からも非常識な領地と言われて信用を失い取引のほとんどを失った! 数日で財源がなくなり傾いて、弟のミールだってランジュ男爵家で苦労している! ぜんぶ、全部お前が、浮気して婚約破棄なんて愚かしいことをしたからこうなったんだ! どうしてくれる! 何がしたい! 殺しても飽き足らない!」


 兄さんが、ついに剣を抜いた。

 尻餅をついて座り込んでしまった僕は、「ひっ」と情けない声を出してしまう。


「ランページの恩恵は計り知れない! なのに、それが分かっていながら、どうして、どうしてあんなことをしたんだ! 当主に恥をかかせた! 自分で婚約破棄の書類を書かせた! お前は婚約破棄できる立場でもないのに! 偉くもないのに! 元々、お前に与える領地がないからと、父上が必死に拾ってきた縁談だったのに! すべてを、無駄にした! なにもかも、今まで父上が為してきた全てを!」

「そ、そんな……そんなことっ。だ、だって、だって知らなかったから!」

「知らないで済む問題かっ! 元は弟だったからこそ、こうやって話してはいるが、見ているだけでも怒りがこみ上げて我慢の限界だ。今すぐ消えろ! できないのなら、ここで殺す!」

「ひ、ひぃっ」



 がらがらと、何かが崩れていく音がした気がした。


 今すぐ、ランページへ赴いて、マリーニャとやり直さなければ、すべてが、終わるっ!

 婚約破棄の書類に僕はサインしていない。だから、まだ破棄は成立していないはずだ。

 まだ、まだ。望みはある。


 領地を走る。馬車は借りられない。来るときに感じた違和感。見渡すと、僕を見る誰もが怒りに満ちた目で見ていた。


 兄さんだけでなく、この領地にいたら殺される。

 ランページへ逃げればマリーニャが助けてくれるはずだ!


 僕は、思わずランページへ向かって駆けだしていた。



 そんな走る僕を嘲笑うかのように、豪華な馬車がランページ側から向かってきて、轢き殺されそうで脇道へと慌てて逃げると、猛スピードで通り過ぎていった。


 ちらっと見えた紋章。

 青い虎の紋。

 帝国誰もが知る、カシミール殿下の馬車だ。


 ランページで何かあったのか、それとも途中で引き返したのか。

 帝都への道ではなく、レンジスタへと向かう道へと消えていく。


「いや、今は、急がなくては」


 ランページまでの道のりは、まだまだ長い。




 ――僕がランページへと向かっている間に、王女様が重傷を負ったという帝都を揺るがすほどの事件が起きていたことなんて、知る由もなかった。

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