伯爵の友人は、宣言する
「殿下! フィンバルク殿下っ!」
私を呼ぶ声が会議室に殺到する。
エスフィ姉さんについてを話す会議の場。その直前に私と話していた、この帝国の王である父上が倒れた。
誰もが理解するのは、それが姉さんに不幸が訪れた心労によるものである、と。
姉さんが死んだという王城に流れた噂は、今私の一言ですべてが変わる。
「我が姉である、第一王女、エスリフィアは、死んではいない」
私の発言に、誰もが「おおっ」と声をあげる。
「で、では、何があったのでしょうか! 殿下、王女殿下は無事なのですかっ!」
だけども、そんな不穏な噂が流れるということは、何かがあったということである。
帝国というこの大きな王城で、徹底した管理がされているにも関わらずに流れた噂だからこそ、信憑性があると誰もが思ってしまうのだ。
「……」
生きている。
そう言い、そして反応した貴族たちを一度見る。
誰もが、その姉さんを、カシムと共に陥れた貴族たちだ。
「なんだろうな」
そう思うと、思わず、嫌みも言いたくもなった。
「お前達は、姉さんを、どうしても引きずりおろしたかったのではないのか?」
私の次に紡いだ言葉に、誰もが口を閉ざした。
瞬時に静かになる会議室。
思い出すのは、満場一致に近いレベルで決議された、姉さんと勇者の婚姻のことだ。
「なぜだろうな。今こうやって騒いでいる誰もが見覚えがある。……そう、そうだ。姉さんを、いかにして勇者と婚姻させようかと、躍起になっていたものたちではないか。よかったではないか。そのような噂が流れるほど、姉さんに悲劇が起きたということが。嬉しいだろう?」
言いたくもなる。責めたくもなる。
姉さんが、なぜあの勇者なんぞと一緒にならねばならないのか。
「……まあ、いい。」
ため息が漏れる。
こんなことを言っても、何も変わらないし、もう変えられないのだ。
そして、それをそのままにしておいた私も悪いのだ。
「姉さんは、王城に突如現れたドッペルゲンガーによって、負傷した。……姉さんに言い寄っていた勇者と共にな」
改めて話し出した私の回答に、辺りは一気に騒がしくなった。
「ドッペルゲンガー!? なぜそのような」
「王女殿下に成り代わった、なるほど。王女殿下に成り代わったドッペルゲンガーをフィンバルク殿下が討伐したことで、そのような噂が流れたのですな」
「王女殿下が無事でなりよりでございますな。これで勇者との婚姻も進められる」
騒ぐ貴族たちの中から、今の状況に似つかわしくない。それこそ姉さんをモノとしか思っていない軽口に、怒りが溢れ、机に拳を叩きつけてしまう。
「……姉さんが無事であると、言ったか……?」
今、それでも勇者との婚姻を進めようとする貴族が誰か。それに賛同したそれらを睨みつける。
「姉さんもまた深く傷ついた。そのため、今はランページへと護送中だ。……もう、帝都へ戻ってくることはあるまい。傷を負った女性を、勇者に宛てがう、と。その発言は、どちらにも失礼ではないか?」
「そんな……っ」
「で、では……我々は……」
「そもそも、ドッペルゲンガーがなぜ王城にいたのだ!」
「そ、そうだ。思い出した! 確か、数日前に、第八倉庫に運び込まれた魔物がいると」
「カシムール殿下が軍事目的で連れてきたと聞いているぞ!」
「それともう一つ、言わなければならないことがある」
ドッペルゲンガーがなぜいたのか。それがカシムの仕業であることが大っぴらになると、ややこしいことになる。
私は、更にこの場を混乱させることが分かっていたが、皆に知らせなければならない重大なことを伝えた。
「先ほど、父上――いや、帝王が、倒れたことについてだ」
「な、なんとっ!?」
更に困窮する会議室。
当たり前だ。帝国の王が倒れたのだ。誰もがその危険性を感じとる。
ドッペルゲンガーなんぞどうでもいいくらいの一大事件。姉さんには悪いが、それこそ姉さんが継承争いから墜ちたことよりも大事件だが、父上が倒れたことを後出しすれば、姉さんとカシムの一件カモフラージュになる。
確定とは言えないものの、カシムが父上に飲ませていた神経毒の薬が原因であるなんてことが知られれば、尚更カシムへの糾弾は激しくなるだろう。
本当であれば、そうすべき、ではあるのだろうが……。
「……フィンバルク殿下」
「……」
「殿下が、帝王と、なられるのですな」
「……なぜ?」
なぜ、そうなるのか。
まだ父上は生きている。
生きているが、ここ数年の体調不良による帝国定例行事にも参加できなくなった父上の代わりに私達王子王女が代わりに行っていた。
いつかは訪れる。
それが早いか遅いかの違いであれ、誰もが次代を考えていた。
今、貴族たちから出た意見は、まさに国民たちの総意でもあったのだろう。
だからこその、帝位継承争い。
そして、その継承をもっとも望んだのは、カシムであり、カシムだけであった。
カシムが望んだ、帝位。
だが、言われてみれば、今この緊急事態において、父上がもし崩御した際には、帝王の座を空席にしないためにも王城にいる直系後継者が即座に継がなければならない。
そして、今、ここにいるのは――
「カシムール殿下は、ランページへと。それがなぜなのかはわかりかねるところではありますが、エスリフィア王女殿下はもう戻らない。そして、エルト殿下も西へと戻られた。エルト殿下については、元々帝位継承は破棄しております。そうなると――」
私――フィンバルク・フィルア・ジ・インテンス。
ただ一人。
もし、父上がこのまま起きなければ、私が継ぐことになる。一日でも空位とするわけにはいかないからだ。
だが。できない。
それはできないのだ。
私が、マリニャンと共になるためには、帝位は、邪魔だ。
私もまた、自分の利のために、想いのために、帝王という帝国の王を、重圧を、カシムになすりつけようとしているのだから。
そうして進めてきたこの想いは、もう、止められない場所まで、来てしまっている。
「……――父上とは、すでに話した」
「で、ではっ!」
「この帝国を治める、次期帝王は、カシムだ」
この決定事項は、元々そうであったのだ。
そうでなければ、私や姉さん、エルトがどうしてここまで外にいこうとしているのか、そう動いた結果がすべて無駄になる。
すべては、カシムが帝王になるという夢、としてその想いを遂げさせたいから。
愛する弟に、それをしてやりたいから。
そして――
「これは決定事項である。……私は、これから帝国の為、ランページへ向かう」
「ら、ランページへっ!? カシムール殿下といい、なぜですかっ! ランページ不可侵法に関係がっ!?」
「……お前たちに言う。これは王命である」
立ち上がり、騒ぐこの部屋の参加者たちすべてに聞こえるように、言う。
私の言葉に、それが王の言葉であると理解した貴族たちは、誰もが口を閉じ、姿勢を正し私の言葉を待った。
「我ら王族は、カシムール・フィルア・ジ・インテンスを、次代の帝王とする。これは我ら王族の総意であり、そして我ら王族は、帝都の護りへとそれぞれ就任する」
これだけは。
「エルトは北西のナーガ国から帝国を守る盾として、また帝国を豊かにするための貿易と交渉を含めて領地を潤すことは今後も変わらず行う。姉さん――エスリフィア王女との婚姻で同盟の強化を考えていたレンジスタ王国とは、ランページからキュア王子と懇意のあるエフィ・ランペルジを王女の代わりに政略結婚を為し同盟を強固にすることで帝国を守る。急を要することもあり、ランページと王家主体で秘密裏に動き成立済みである」
「そ、それでは……殿下、フィンバルク殿下はいかように……」
「私は――」
今、この私が貴族たちに伝え、そしてこの場で皆に認めさせる一言が。
ずっと言いたかった言葉が、やっと、言える。
「――ランページ不可侵法の撤廃と共に、マリーニャ・ランページに、王命をもって私との婚姻を成立させ、そして私はランページへ臣籍降下し、帝国を守る、【護国】の血となる」
マリーニャ・ランページ。――マリニャンを、今、この貴族たちの場で、私の妻とすることを、宣言するのであった。




