伯爵の友人は、窮地に陥る
「あのっ、ばかものがっ!」
我が父上こと、現帝王は、ただでさえカシムが起こした一連の問題に心を痛めていたところを、今回の姉さんの死去とその死去の原因が、ドッペルゲンガーであり、カシムが第八倉庫に隔離していたものだということが判明し、だんっと、力強くベッドを叩いた。
何度も、何度もである。
まるで駄々を捏ねるかのような、それこそ悔しくてそれくらいしかできないからこそ、何度も何度も叩く。
「お前たちがカシムを想い、帝位はカシムに譲ると言っていた矢先のこれかっ」
すでに、カシムが帝王となるのは決まっていたことだったのだ。
姉さんはキュア王子の元へ嫁ぐために。
私は、マリニャンの伴侶となるために。
エルトは、帝国のため、西方を守るために。
姉さんが南西、私が東、エルトが北西。
すべて、帝国のためでもある。
レンジスタ王国との同盟。
ランページ不可侵法の撤廃からの私とマリニャンの婚姻をもって、モロニック王国への盤石な体勢作り。
ナーガ国との連携のためのエルトの西方就任。
いずれも、それぞれの思惑が私情は絡んでいるものの、カシムが帝王となって、帝国中央にどっしりと構えて繁栄を築く。
それが、我らカシムの家族の考えであった。
……わかっていた。
カシムが、私達に劣等感を抱いていたのは。
母親の地位による権力しかないカシム。その権力も、同腹である姉さんとエルトに奪われる可能性がある。
我ら家族は、誰もカシムを嫌ってなんかいないのだ。むしろ、カシムが自分自身で頑張ろうとする努力を認めているのだ。
その空回りが、
フレイ王国の吸収であり。
異世界人の召喚であり。
でも、それらも、カシム自身が考え、帝国の繁栄と礎のためと行動した結果なのだ。
ただ、やり方や事後がまずかった、だけである。
よくよく考えてみれば、フレイ王国の吸収の際には、自身の調略力をもって、フレイ王国第一王子兼第二王位継承権をもつ王子を懐柔し、無血開城させているのだ。
異世界人召喚に関しても、膠着する王国と帝国の打開策の一つとしてのことである。
禁忌とされているそれを使ったことは正直許せることでもないのだが、王国を混乱させ、且つ国力の低下を狙う手段としてはいい案でもある。その前準備として、王国に忍び込ませ爵位を得たヤッターラ家についても、順調であったのだから。
もし異世界人の召喚ではなく、別の手段を行い、且つ攻め入った時にヤッターラ家の謀略による国内からの離反者と領地を結集させれば、それこそ王国は帝国のものとなっていた可能性も高い。
ただ、それが。話によると、その召喚された異世界人たちが絡んだことで失敗に終わった、というところがあっただけで。異世界人の召喚ではなく、王国の間者を増やしヤッターラ家のような領地持ちを増やす計略で進ませればよかったのかもしれないと、後々になって考えればわかる。
悪いことではないのだ。
戦争なのだから。
だけども、詰めが甘い。
手伝えばよかったのかもしれない。
だけども、カシムは私達を警戒している。敵だと思っている。
だから、頼ってくれない。
兄として、姉として、それはとても悲しいことでもある。もちろん、弟としてもだ。
だから私たちは、帝王という帝国のもっとも尊く気高い地位をカシムに渡すことで、私たちが敵ではないことを、教えたかったのだ。
そして、家族として、ともに帝国を守っていきたいと、教えたかったのだ。
カシムの失敗も、詰めの甘さも、出来る限り穏便に。そしてフォローはした。
その結果、ランページには苦労をかけてしまったが、私がマリニャンと一緒になることで、それらを共にするのだから、許してほしいと思っている。
さすがに、姉さんと勇者の婚姻については何もできなったのだけども。
それについても、父上は大変激怒していた。
だけど、姉さんが帝国のためであると、キュア王子を諦めたことで、煮え滾りつつも許していたのだ。
「父上。お体に触ります。心安らかに」
「ふーふー……これが、落ち着いて、いられるかっ!?」
「でしょうな」
怒りで興奮冷めやらぬ父上は、何より、ドッペルゲンガーという魔物を使ってまで、私達を亡き者としようとしていたカシムを許すことができない。
そして被害者が出てしまったことに。
これを収めるには。言うべきであるのだろう。
「父上。姉さんは、生きていますよ」
「ふー――……なに?」
侍従を呼び、父上が普段飲んでいる体にいい薬とされる茶を用意してもらい、父上に肩を貸してベッドからソファへと移動する。
侍従が私と父上のお茶を用意し下がった頃合いを見て話す。
「ランページが動いております」
「お、おおっ? ランページが?」
私は、姉さんがエフィ・ランペルジとして、帝国のためにキュア王子と婚姻することで同盟関係を円滑にする手法を選んだことを話した。
そこで気になるのが、エフィ・ランペルジなる令嬢だ。
それこそ、私の姉である、エスリフィア・フィルア・ジ・インテンスであり、姉さんの念願のキュア王子の元へ向かっていることを話した。
「エスフィが……なるほど。……これを考えたのは、ランページか?」
「ええ。おそらくは。私も詳細を聞いているわけでもなく、あくまで推測ではありますが」
そこで気になるのは、では、なぜドッペルゲンガーが姉さんの姿をしていたか、になる。
父上も同じく疑問に思ったようで、そこは推測でしか話すことはできないが、どちらにせよ、偶発的に起きた事故とすることで、カシムがドッペルゲンガーを用意していたのは、私達を排除しようとしていたのではなく、軍事的利用をするための作戦であったとすることで対外的に許すことができるし、姉さんも幸せになれることを諭すと、父上も渋々納得してくれた。
父上の私への信頼とランページというどでかいネームバリューによる説得は、やはり、効く。
「ん? お前がマリーニャから聞いてない? なんだ、ついに振られたのか? カシムを使って不可侵法を撤廃したのにか?」
「振られていません。気づいておられましたか」
「当たり前だ。……それに、お前にも幸せになってもらいたいからな」
「ありがとうございます」
父上が、茶に口をつける。ごほっと、軽く咳をしたことに一瞬慌てたが、なんでもないようだ。
薬が効いているのか、少し落ち着いた父上は、改めて今の状況について話す。
「……どちらにせよ。収めるには、そうするしかないであろう。だが、王女が死んだというのは、公には出来ぬぞ」
「それは、緘口令を敷くしかないのではないでしょうか」
「病床にいる私の元にも耳に入るのだ。すでに王城では広まっているだろう」
「まだ噂です。姉さんには重度の病気のため、またはドッペルゲンガーとの戦いにおいて負傷し、療養のためランページの奥地へと転籍になったとしてもいいかもしれません」
「……そうすれば、帝国の威厳も保たれるか。ランページに向かったとすることで、エフィ・ランペルジという存在とも別で扱うこともできよう。表舞台からは消えるが仕方あるまい……。お前はどうするのだ。このような愚行を犯す弟を、これでも帝王とするのか」
「私がマリーニャと共にいられるために。そして、最愛の弟だからこそ、叶えてやりたいし、守ってやりたい。そう思います。愚行すぎますがね」
「……お前は、聖人にでもなったつもりか……」
会えないわけでもない。
父上は親として、子の幸せを願うそうだ。
私は、父上を説得できたことに安堵し、用意された茶を啜る。
すでに冷たくなったお茶は――
「――っ!? 父上、これを毎日っ!?」
「ん? どうした? そうだが。カシムが用意してくれた体にいい薬湯だな」
カシムが?……確かに、以前、ランページ不可侵法の撤廃の話が終わった時、カシムは侍従にこれと同じお茶を渡すよう伝えていた。
薬湯? これが?
これはどう考えても……
すぐさま薬湯を持ってきた侍従を呼び出し、溶かした茶葉を確認する。
用意された茶葉の匂いと軽く舐めて確かめて確信する。
「これは、いつからですか。いつから飲まれていましたか」
「いつから。というと……ううむ。体調が悪くなった辺りからだな。逆に、飲むことで少し楽にはなっているのだが」
「これは、毒、ですよ。神経毒。味覚や体にじわじわとかかるような、微弱な毒ですが」
「なっ!?」
侍従も慌てる。父上に出すときにはしっかりと毒ではないか毒見役もいたはずだ。今日も出すときには毒見役に飲ませて問題ないことを確認したうえで出していると言っていた。
「毒見役は、誰が用意した」
「か、カシムール殿下ですっ!」
もしその毒見役が、この薬湯に抵抗のある者で、毒を無効化する者であったなら。
カシム。
お前は……何を……っ!
「……カシム……私をも、憎いのか……」
父上の前で、言うべきではなかった。
そう、そういった父上を見て、後悔する。
父上は、一気に老けたかのように、誰が見てもわかるような傷心を見せ。
「う、うぐぅ……」
「ち、父上っ!?」
そして、意識を失った。
父上の容態の悪化。
それを引き起こしたのは、いや、最後のとどめを刺してしまったのは、私であった。




