伯爵の護衛騎士は、把握できない
王城に辿り着いた私は、愛馬キナコをランページのタウンハウスで休ませようと帝都の貴族街を乗馬しながら低速で進んでいた。
強行軍かと思うレベルで帝国からレンジスタ王国へと走ったキナコはもうへとへと。私もへとへとだけど、お嬢様が暴走する前になんとしても戻らなくてはならなかったので必死だった。
もう、護衛のテイを為してない。
このままだとお父様とお母様に怒られる。あの二人、お嬢様のこと大好きすぎるから。
お嬢様が小さい頃から――というか、私もだけど、幼馴染な私から見ても、自分の娘同然だったから。なのに、実の娘には、お嬢様の肉壁となれと躾けるのもいかがかと思わなくもない。子として愛されていたことは分かっているので文句はないのだけども。
……この一騒動が終わったら、お父様とお母様にいい報告とかできるようにしないといけないかな、なんて、相手もいないのに考えてみる。
そもそも、ヴァイスリッターは、女性で固められた騎士団。男性が少ないから恋愛事情に弱い。ヨモちゃんがとにかく人気なんだけど、ヨモちゃんはお嬢様が好きすぎだから、皆はお嬢様とフィンバルク殿下推しなのよね。
ほら、お嬢様とフィンバルク殿下がくっついたら傷心のヨモちゃんを慰めてワンチャンとか、ね。
「マリーニャはどこだっ!」
タウンハウスに近づき、門をくぐってやっとキナコを休められるとほっとする。キナコも「ブフー」と大きく息を吐いて、「つかれたー」と意思表現してきた矢先のことだった。
私が守るべきお嬢様の名を呼ぶ、あまり聞きたくない声が耳に入ってきたのは。
黄色の虎の紋が掲げられた、王族専用の馬車が用意され、その馬車から現れた男性を、私はただただ見つめ続けてしまう。それはまさしく、呆けてしまうというに相応しいほどに。
なぜ、ここに来た?
カシムール・フィルア・ジ・インテンス第二王子その人が。
と王族に思ってはいけないような、そんな一言さえも、思わずその場で言ってしまいそうになる。
私がここにいることがバレると色々聞かれる可能性が高いと感じた私は、すぐに隠れた。
まさか、ランページ邸で王権を使って求婚していたのは冗談でも嘘でもなく、本当にお嬢様を手に入れるために、今ここに来たとか?
そう思うと、ぶるりと体が震えた。
それはつまり、お嬢様を王族から守っていたランページ不可侵法が撤廃されたことになる。
フィンバルク殿下は?
カシムール殿下のほうが先に?
現状の状況を確認したいのに、確認できる状況でないことが歯がゆく感じる。お嬢様も今どこにいるのか分からない状況に、より焦りが生まれる。
「帝都に来ていると報告をもらっていたのだが。タウンハウスにはいないのか」
「帝都の尊き太陽のご機嫌麗しく……」
「常套句はいらん。今は聞かれたことにだけ答えろ」
メイドのアイラが震えながら頭を垂らしている。
まさに何も知らないメイドを演じるアイラが凄いなんて思う。アイラほど今の状況は把握している人はいない。それが分かっているのかは不明なものの、的確にアイラへ声をかけているカシムール殿下も、もしかして人を見る目や観察力に優れているのではないかと思えてしまう。
アイラは、お嬢様が誇るランページ騎士団【ヴァイスリッター】の中郡部隊所属。ヨモちゃん直属の部下で、帝都での情報収集を担当している。
帝都で起きた出来事はすべてアイラの手の中。それくらいの情報網はランページだから持っていて然るべき。それを体現するのが、まさにアイラなのだから。
そんな相手を、見てすぐに見極め声をかけたのなら、何か特殊な能力でも持っているのではないかと疑ってしまうほどだ。
「言え。マリーニャはどこだ」
「おじょ――……マリーニャ様は、先日、ランページへと戻りました」
ちらりと、頭をさげたままのアイラの視線が私の方に向いた気がした。
「なぜだ」
「急報がきたとのことです」
「急報?……王国が攻めてきたとも聞いていない。ならばその急報はなんだ、答えろ」
「……ランページ分家で、義妹となりますエフィ・ランペルジ様が、この度婚姻となることが決まり、その支度にございます」
「……なるほど、祝い事か。どこへ嫁ぐ」
「レンジスタ王国へ。そのために帝都へと赴いておりました」
「ふむ……ならば、今、マリーニャは、ランページにいるということだな?」
「左様でございます」
エフィ・ランペルジ?
それは誰のことを言っているのだろうか。ランペルジは、ランページ継承権のない家系を指すことは知っているものの、そこには今は誰もいないと認識していた。
私がレンジスタ王国に向かっていた数日間の間、何があったのか。
それをアイラは、カシムール殿下に話しているようで、簡略して私に教えてくれていたのだ。
「では。その祝い事にもう一つ、祝い事を追加してやろうではないか」
カシムール殿下はそう言うと、踵を返す。
祝い事を追加する。
それは何を指しているのか。すぐにわかった。
それは祝い事ではない。
それはランページにとって凶事だ。
カシムール殿下の求婚。それも王権を使った、強制的な婚姻。
「アイラっ」
カシムール殿下が馬車に乗り、この場を去ったことを確認すると、私はすぐにアイラへ声をかけた。アイラはゆっくりと頭を上げると、私に笑顔を向ける。
「カンラ様。いますぐ、王城へ。フィンバルク殿下へ謁見し、殿下を動かしてください」
「え。い、いえ、それよりも、お嬢様が……」
「お嬢様はランページにはおりません。今頃、エスリフィア王女様をレンジスタ王国へと送っているところかと」
「っ!? え、勇者様との婚姻は?」
「王女様を、エフィ様へと偽装し、ランページの養子縁組をしたうえで、キュア王子様に嫁がせる予定とのことです」
何が!?
思わず叫びそうになった。
「カシムール殿下がランページに向かった今が好機です。いまの間にフィンバルク殿下をお嬢様の元へ向かわせ、そして求婚させるのです」
「た、確かに。そうなると、ランページ不可侵法は、もう撤廃されたのね」
「明日には代替的に帝国中に広まる予定です。フィンバルク殿下推しの我らの勝利のために」
「そ、そうね。ヨモちゃんには悪いけど、今すぐ王城へ向かってフィンバルク殿下を動かします!」
私は、突き動かされるように王城へ向かって走る。
問題は、私が護衛騎士の立場であり、フィンバルク殿下に取り次ぐまでに時間がかかりそうだということ。
でもそこは、ランページの力を借りて無理やりにでもねじ込む所存。
お嬢様の幸せは、私の手にかかっている。
そう思うと、へとへとだった私の体は元気を取り戻し、まだまだ戦えると言わんばかりだった。




