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【完結】伯爵様は帝国から抜け出したい  作者: ともはっと
伯爵の友人は知る由もなし

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伯爵狙いの第二王子は、兄の想いに気づけない



 私はフィン兄上と別れた後、城内の端へと侍従に案内を受けながら向かっていた。

 この侍従はエルトから話を聞いて急いで私に伝えたかったそうだが、エルトはあれが何か知っているのだろうか。


 ……いや、考えるのはよそう。

 あれが何だとエルトが知っていたとしたら、計画が狂う。

 知らないものとして進めるべきだ。


「……」


 侍従が私に何度か声をかけているが、私はそれに対して適当な相槌のみを返す。


 先程の兄上との話において、兄上が自分のことをどう思っているのか、少なからず分かったことは有益だった。

 少ない時間ではあったが、話してよかったとも思う。



 兄上こそ、私が帝王になるための障害であり、壁であった。

 姉上は兄上以上に問題ではあったが、レンジスタに嫁ぐのであればそれで障害とはなりえない。そのように動けばよかったのであるが、王配にしてレンジスタから優秀な王子を引き抜くことで弱体化を図ろうなどという私の勢力により、王配案に傾いてしまった。

 そのため、私は障害となりかねない姉上さえも敵に回さねばならなくなったのだが、それ以上に兄上という敵に対して、どう対応すべきなのか考えあぐねてしまっていた。


 フィン兄上は、優秀すぎる。


 父上からも信頼が厚い。だが第四継承権という低い位置であるからこそ、人脈がない。――いや、正しくは人脈がないのではなく、上位貴族と言える侯爵や中位貴族の伯爵との接点がない、といったほうがいいのだろうか。だからこそ発言権がない。しかしながら、下位貴族である子爵、男爵クラスにはすこぶる評判が良く、兄上の派閥は下位派閥が多い。とはいっても少数ではあるのだが……。


 この帝国を回しているのは、侯爵、伯爵といった高位貴族たちだと私は思っていた。会議の場での発言力や決定権があるのはそれらである。だが、実際に動くのは高位貴族の傘下にいる下位貴族なのである。それらの協力を得られているのであれば、仕事も進めやすい。それが兄上のフットワークの軽さにも繋がり、父上からの依頼にもすぐに答えられるのだから、信頼も高くなる。


「……そんなことも、私はわかっていなかったのだからな……」

「殿下? 何か?」

「いや、なんでもない」


 私の周りは、常に高位貴族がいた。そして兄上の周りには、下位貴族が。

 それは私にとって、とても優越感に浸れるものだった。


 兄上と私とはなにもかもが雲泥の差がある。

 兄上が私の障害となることはない。


 そのようなことを思っていた。

 だが、兄上の評判は高い。だからこそ、私は私にしかできないことをやってのけた。


 フレイ王国を、フレイ王国の第一王子を懐柔し、女王即位と同時に断罪と反乱を起こすことで我が国へと引き入れることに成功した。

 異世界から勇者を呼び寄せ、そして帝国へと招き入れ、勇者と帝王の血を混ぜ、勇者の力を帝国に引き入れる。

 王国内部に深く密偵を忍ばせ、大戦時には有利な援軍として、工作兵として動けるように、一領地そのものを手に入れることができた。

 そして、いま。

 我が帝国の昔からある盟約――ランページ不可侵法を撤廃する。


 これらは、私が行った最たるものだと自負している。

 他にも様々なことを行ったが、それらの中でももっとも大きなことはこれらであろう。


 私が思う帝国のために。

 父上の後を継ぐ準備を進めてきた。


 姉上は勇者と婚姻させることで帝王の一族から除外した。

 エルトは前々から継承争いに興味はなかったが、西側をくれてやることにした。


 脅威はそれだけで消えた。


 だが、兄上――フィン兄上だけは、何をしても、揺るがない。

 なぜなら、兄上は敵足りえなかった。そう思っていたから。



 敵だ。

 あれは敵なのだ。


 それは、姉上の一件以降の兄上から分かった。


 兄上は先ほど私が帝王を望むなら邪魔はしないといった。

 だが、存在そのものが邪魔なのだ。

 下位貴族に人気があり、そして父上にも私以上に評価されている。私がいくら帝国のために素晴らしい政策を行い実行して成功しても、それでも兄上には届かない。



 だから、もう――殺すしかないのだ。





「殿下。到着いたしました」

「うむ……」



 王城東門第八倉庫。


 ぐいっと渡された苦い飲み物を飲み干して、ついにご対面だ。


 私の、いや、私が、帝王となるための計画の一つ。

 兄上を、殺すための、その重要なピース。



「これが、ドッペルゲンガーか」



 真っ黒い人形の魔物が、そこにいる。

 人に擬態していないこの姿を、これから兄上へと変える。

 そして、兄上を、すり替える。


 そうして、兄上を倒した私は、帝王として、この帝国を導くのだ。



「……機を見て、これを使う。その時まで、しっかりと管理しておくように」

「はっ!」


 パーツは揃った。

 後はそれはいつ行うべきか。である。





 だけども。



<カシムはさ。私より、帝王になりたいという欲が強いのだろう?>

<……兄上は、帝王になりたくはないのか?>

<ないね。なりたかったらいくらでもなるといい>



<カシム、もう一度言うよ? カシムは私の大事な弟だ。そして弟が帝王になりたいと言うのであり、順当であるからこそ、それを妨げることなんてしない>



 そう言った、兄上の顔が、どうしても忘れられない。


 兄上を、殺すことは、正しいのだろうか、と。

 本当に兄上が敵でないのなら、私は兄上を信頼し、兄上と共に帝国を大きくできるのではないか、と。



 ドッペルゲンガーを見ながら、私は苦悩する。

















「――以下のことから、カシムだけでなく、私からも進言させて頂きます。これはエスフィリア姉上も同じ意見であることはすでに確認が取れております」


 私が父上にランページ不可侵法を撤廃することへの書類を提出すると、その書類に見向きもしなかった。

 だが、フィン兄上がその書類について正統性を語りだすと、耳を傾け、やがて病床で震える手で私の作成した書類を手に取って話を聞く姿勢をとった。


「確かに初代帝王、そして以降の帝王とランページの関係性において、確固たる揺るがない信頼関係があるのは明白。だからこそ、特権をランページに与え、帝国を王国から守る壁として、戦力として権限を持たせ続けていたのです。それは今も変わらず、ランページこそが、王国から帝国を護る【護国】且つ、何があったかは分からないものの、一度は帝王とランページは一つになっているのです」


 私は、兄上の言葉を聞くにつれて、私が提案した事実にも関わらず、兄上がそうであるというからこそそれが正しいのだと、心から納得してしまっている自分に気づき、言葉を失った。



「わかった。……だが、もう数日ほど、待て。そう簡単に成立できるものではない。それほど、ランページ不可侵法は、帝国にとって、帝国とランページという信頼において重要なものなのだ」

「わかりました。父上がいいというその時に、行っていただければ」

「うむ」


 父上はそう言うと、疲れたのか、またベッドへと戻っていった。



「……はい。……おい、そこの女官。父上にいつもの薬を飲ませておいてくれ」

「かしこまりました」

「……薬?」

「ええ、先日優秀な薬師から手に入れた薬です。父上には少なくとももう少し長生きしてもらえなければなりませんからね」

「言い方。言い方だよ、カシム。父上の病気に障る。私たちは出よう」










 やはり。そうだと。確信した。



 ――兄上は。敵だ。


 兄上は、倒さなければならない。


 私の道を塞ぐ、壁だ。



「だが、どうする……どうすれば……」



 兄上は、敵となりえない。味方にもならないだろう。

 兄上を敵として完膚なきまでに倒し、そしてドッペルゲンガーの餌にして、私は晴れて兄上に勝てるのだ。



「…………そうか。大切なもの」



 兄上の大切なものを、奪えばいい。そうすれば兄上は敵となる。

 なんだ簡単なことじゃないか。

 兄上が大事にしているもの、それは私も今欲しているものだ。



 ランページ。



「……いや、マリーニャ・ランページ。あの女伯爵当主のほうだ」



 あの女を私の妻とする。あの女を汚す。

 不可侵法が消える今。ランページを手に入れるために求婚したあの時と同じように。

 王権を使ってあの女を手に入れればいいのだ。


 なんだ、簡単ではないか。

 ランページを手に入れるために、マリーニャ・ランページを妻とするために、ランページ不可侵法を撤廃するよう動いたのだから。



「やはり、私の考えは、間違っていないのだ」



 ランページを手に入れ、そして王国へと。


 私の帝国が更に大きくなることを想像し、撤廃と共に兄上と敵対し、兄上を殺す。



 私は、兄上を殺すことを迷わなくなった。











 ランページ不可侵法が撤廃されるまで、残り数日――

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