伯爵は、修羅場に現れる
「……カンラからみて」
私は、先に気づいたあり得ない答えを、カンラに改めて聞いてみる。
もうため息交じりに発言するカンラを見ていれば、それが正解だと思うのだけども、それにしても、なぜカシムール殿下が私を求めているのかがさっぱり分からない。
そもそも学生時代にフィンの弟ということで軽く挨拶をして、学園内でも会釈や世間話を軽くする程度だったと記憶している。
なので、実は、少しぽっちゃりで、いい顔している、という印象は残っているけど、その顔がどんな顔だったかとかまで事細かに覚えているかと言われると自信がない。
「そこまで、カシムール殿下は、私と親しかった?」
「全然親しくありませんよ」
「だったらなぜ?」
「それはもちろん、お嬢様がお綺麗だからですよ」
「……どこらへんが?」
言われて、じろじろと今の自分を見てみる。
冒険者として森に向かっていた私は、盾役も兼任するカンラとは違って、動きやすい軽装姿に白銀の胸当てをしている。筋力もそれほどあるわけでもないから、スピード勝負な私にはよく似合っているとは思うけど、それはあくまで冒険者としての姿である。
そんな姿も、数日森にいたから汚れている。髪も結構べたべたしているし、化粧なんてほぼほぼ普段からしてないから肌も荒れているだろう。髪の毛だってぼさぼさ。そこまで長くはないから手櫛でいくらでも整えられるけど、べたべただからあまり自分でも触りたいとは思わない。
「お嬢様は、そのような姿になっても十分に美しいですよ」
「それ、結構なお世辞よね」
「何を言われているのか。お嬢様、自分がどれだけ美しいか、分かっていない?」
そう言われても、私がモテた試しはない。
鎧で隠れているけど、カンラの胸だってルインに負けないくらい大きい。私はそんなに大きいわけでもない。私の側にはカンラがよくいたから、目線は常にそっち。男ってそういう所に目が行きがちだから、私はほぼほぼそういう目線で見られたこともない。カンラはそういう所でもいいカモフラージュだった。
学生時代、マリアベルみたいにスカート短くしてたわけでもないし、戦場でもがっちがちの鎧着てたから、モロニック王国でも、私が女だって分かっていた人、少ないんじゃないかしら。
「婚約者がいるのにモテるほうが異常では?」
「……それもそうね」
「でも、それでもお嬢様に近づこうとする輩はいましたよ」
それは初耳であった。
学生時代、確かに時々視線を感じることはあったけど、それはフィンが近くにいるから疎まれているからだと思っていた。あと、カンラへの目線を私に向けられたものかと勘違いしてたりとかね。
「すべて、マオ様達とフィンバルク様が潰しておりましたが」
「みんなしてなにやってんの!?」
「皆様、お嬢様が大事なのですよ」
そう言われると悪い気はしない。
だけども、大事な学生時代という青春をそのようなことで制限されていたとうのはなかなか悲しいものがあるかもしれない。
……あ、婚約者いたからそれはそれでいいのか。
「だとしても。学生時代はどうあれ。それはまだ若いからよ。今は相手を奪われて婚約破棄された傷物令嬢よ?」
「それは――」
「――っ、――!――っ!」
私たちが庭園で隠れていると、騒がしい声が聞こえてきた。
とっさに茂みに隠れて様子を伺う。
ちらりと見ると、庭園の中央部――ちょうど花壇で四方を囲む女神像の噴水辺りで事件が起きているようだった。
あそこは邸内の休憩場所としても使っている。
そこを荒らされたら憩いの場として使っているみんなが悲しみそうだ。
「……お嬢様はここでお待ちを」
「さすがにもうここに居続けるのもつらいのだけども」
「……姿は、見せないよう、お気をつけを」
頷くと、ゆっくりと茂みに隠れるように中腰でとととっと進んでいく。噴水近くに辿り着くと、そこからひょこと二人して顔を出して様子を伺ってみる。
「いつになったらマリーニャが戻ってくるのかと聞いているのだ!」
「ですので、マリーニャが戻ってくるのがいつ頃になるかはわかりませんと申し上げております」
そんな言い争い。
それは短髪ですっきりした印象を与える、金髪金眼の男性だ。青色の礼服を着て、その手には花束をもっている、ちょっとぽっちゃりした姿の男性だ。
少し幼い印象を与えるけども、成人しており、私より一つ下の二十一歳。こうまじまじと見てみると、フィンに似た面影があることに、兄弟だなって思う。
そんなやんごとなき男性――カシムール殿下の進む道を遮るのは、執事のアルヴィス・アイーダ。冷静な声でカシムール殿下を抑え込んでいる様子だけども、
「……お前、執事のくせに、マリーニャを呼び捨てにするとは何事だ?」
私も、そう思う。
ランページ邸で働く誰もは、私のことを小さい頃から知っているから、ほぼほぼお嬢様呼びだ。その後に入ってきた者も、それを真似てお嬢様呼びをしている。私をマリーニャと呼ぶのは、ほぼほぼ誰もいない。強いて言うなら、ミサオとマオ、フィンくらいだ。とはいえ三人は愛称のマリニャン呼びだし、それこそマリーニャと私を呼ぶことは、アルヴィスには許可もしていない。もちろん、カシムール殿下にも。
「お嬢様を呼び捨てにするとは……」
「まあ、百歩譲って、カシムール殿下はいいとしても、アルヴィスはないわね」
私から許可を受けていないのなら、ランページ伯爵、またはランページ女伯と呼ぶのが筋であり、雇われているなら、当主様と呼ぶべきなものである。……お嬢様呼びを窘めることは、もう、諦めた。
「私の妻となるべきマリーニャを、呼び捨てにしない理由がわからない」
「……は?」
そんなことを考えていると、アルヴィスが更に爆弾発言をする。
それを聞いた私もカンラも目が点になる。
「……お嬢様?」
「知らない知らない! 何の話!?」
思わずぶんぶんと手を振ってしまう。
「あ」
「……あ」
あわせ、驚きのあまり立ち上がってしまった。
「……いるじゃないか」
「マリーニャ……」
噴水前で言い争いしていた二人が、こちらを見る。
カシムール殿下は私を見た後、アルヴィスに怒りが籠った視線を向け。アルヴィスは、私を恋する乙女のように目をきらきらとさせるてみてくる。
「……どういう状況?」
「お嬢様、大層おモテになられているようで」
カンラ。
それ、結構今の状況ではシャレにならない。
どうやら私には、春が来ているようです。
なんて軽い口は言えないくらいには、修羅場に登場してしまった私は、怒り肩のまま勢いよく目の前まで来て花束を突きつけてくるカシムール殿下を見て、どうしたらいいのか誰かに教えてほしい気分だった。




