いろいろとやられたよ
まるで決められた理論を展開するように両手を顎の位置まで上げて相手に向けた身体は半身となった。
それだけで得られる完璧なる構えがあった。
構えから生まれた圧は一瞬にして解き放たれ攻撃側へ触手となり突き刺さっていく。
背の高い男は拳を打ち込むべき場所を見失った。悠理の上げられた両腕は堅固な二つの盾となり攻撃する者を逆に搦め捕るかのように切迫したのだ。
そんな相手が見せたわずかな躊躇を悠理は決して見逃さなかった。ただ単純に顔面に目掛けてくる1の攻撃の拳の軌道は予測でもなんでもなく必然のことだった。その一点のみに誘い込まれた拳を避けるのはいともたやすいことであったが、2の攻撃に備えて悠理は眼前に迫る相手の右拳を左手でいなすように受け流した。
勢いがある分、いなされたことにより相手の体勢はくるりと反転され悠理の口元に耳を近づける形になった。狙い澄ましたように悠理が相手の耳元で囁く。
「暴力は好きじゃない」
冷静に且つ見下すような態度に相手はますます憤慨する。
「みんな!こいつもとことんやっちまえ!」
怒号に反応して横から入り込んでくるもう一人の男。それに対して悠理はなにかを諦めたかのように小さく首を傾げた。
「仕方ないな」
悠理の目つきが変わった。
そして身にまとう雰囲気はそのままに防御から攻撃に転じはじめた。
「生意気な一年が!思い知らせてやる!」
殺到する二人目に対して悠理の左脚は膝を起点にして高々とあげられた。その動作は実に速かった。突進してくる相手からすれば悠理の予備動作がまったく把握できていなかった。
そして、
それは放たれる。
悠理の左脚は生きる獰猛な蛇となり弧を描いて相手の右顎へと吸い込まれていく。
「ぐわっ!!」
未曾有の衝撃だった。顎への衝撃は電撃の速さで脳天まで伝えられていき男は膝から崩れるように地面に倒れていく。
「なんだよいまの蹴りは…秋月!後ろだ!」
理玖の張り詰めた声は冷静なままの悠理にはっきりと聞こえていた。
振り向きざまに横一閃の蹴りを相手の腹に放った。まるで槍を突き刺すように鋭角に腹部に食い込んでいく。
「うげっ!」
男は悶絶しながら後退する。
「なんて奴だ…あいつ…めちゃくちゃ強ええじゃねえか」
理玖はもう立ち上がる努力なんて忘れていた。地面に寝転びながら悠理の見せる強さに見とれていた。
足が完全に凶器と化している…
それを縦横無尽に扱う技量…
なんなんだあいつは。
だが相手の数は多い。蹴られ倒された男たちは苦痛に喘ぎながらも立ち上がってくる。
理玖も加勢しようと必死に立ちあがろうとするがその度に足が縺れて倒れ込んでしまう。頭を蹴られたときに脳震盪を起こしているようだった。
いくらあいつでもだめだ。
この多勢に無勢では。
辺りを見回しても助けてくれるようなのは誰一人いなかった。逃げていった友人二人が再び戻って来るのもまず考えられない。
「俺が秋月を助けないと」
理玖が呻きながらなんとか立ち上がり拳を握りしめたときだった。
遠くからなにかが聞こえてきた。まるで大型犬の吠え声のような音だった。そしてその音がこちらへ近づいてくるのがはっきりとわかった。
地面を踏み鳴らし突進してくる。
「うぉりゃー!うお!うお!うお!てめえらー!」
獅子が怒り狂う咆哮のように勇ましく猛々しい。南門から全力で走ってきたのは須和新汰だった。
新汰は走るそのままの勢いで悠理と対峙していた上級生に側面から体当たりをした。
「うわぁぁ!」
吹き飛ばされた三年生の男は尻餅をつくだけでは物足りないように後転をして木の幹まで転がり激突する。
「おいおまえら!いまは上級生でも先輩でも関係ねえ!よってたかって大勢で恥ずかしくねえのかよ!俺の友達を傷つけるのだけは絶対に許せねえ。悠理!リク!大丈夫か!」
新汰の雄叫びが響き渡っていく。
闘牛のようにふん!ふん!と後ろ足で地面を蹴り続ける新汰に悠理は背中合わせに重なってから苦笑混じりに聞いた。
「新汰。とりあえず落ち着こう。どうだろ、もう一度謝ってみるか?それとも戦うかい?」
新汰は鼻息を鳴らした。
「謝る?それは無理だ。すでにあらゆる封印は解かれてるぞ、決まってんだろ悠理、二人で戦おうぜ、リクはそこで休んでろ!終わったらすぐに医者だからな!」
だから俺の名を気安く呼ぶなよ
理玖の小さな声は新汰に届いていた。
「減らず口いえるなら安心だ。それからリク。友達二人もすぐ来るからな、さっき慌てて俺を呼びにきた。こっちは5人になるぞ、あ、リクは省くか。ならこっちは4人だ、十分勝てるぞ」
「え…あいつらが?おまえを?」
二つの影がこちらに走ってくるのが見えた。
リクーと叫びながらだった。
「ばーか。助け呼びにいってんじゃねえよ、そっから俺1人やられまくったじゃねえかよ」
しかもなんでまた新汰なんだよ。
まあ間違えてはいないか。
理玖は空を見上げ歯を見せて笑った。
「よーし!誰から来るかぁ!この須和新汰が相手だ!」
新汰の怒鳴り声で付近にいたカラスが一斉に飛び立っていった。
その大声に三年生達は圧倒された。正確にいえばそのまえにすでに悠理が見せた強さに怖気ついていた。
「ち…ちくしょう!一年が!覚えておけよ」
逃げるように南門へと走り去っていく三年生たち。敵が見えなくなってから悠理が座り込んだままの理玖をゆっくりと立ち上がらせた。
「大丈夫か?」
「ちっ、うるせえよ。大丈夫に決まってんだろ。おまえなんか助けに来なくても勝てたんだよ。邪魔しやがって」
理玖は自分の肩を抱える悠理から離れてよたよたと歩いて離れた場所に落ちている自分の鞄を拾った。
逃げた友人二人もすぐ近くで心配そうに理玖を見つめていた。
「おいリク泣いてんのか?」
新汰が理玖に近づいて顔を覗きこんだ。
「うるせえ」
理玖の鼻を啜る音がしんみりと他の者達に伝わった。
「しかし、しっかりとやられちまったな」
新汰がまた覗きこんできた。
「ああ…やられたよ。なんか…いろいろとな…」