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俺は俺に踊らされているんだよ

「リクはどっちがいいと思う?」


仲間に名前を呼ばれ理玖は瞳だけを向ける。


「は?」



「中島順子か水樹椎奈のどっちがいい?」


「興味無し」



「あはは、だよね。リクには真奈美みゃんいるしね」



二人の話題は次第に女から男へと変わっていく。

そして最終的には須田新汰の話題になっていた。

すでにクラスのなかで新汰とまともに口を聞かないのは理玖だけになっていた。


理玖が猛禽の瞳で睨めば新汰は怖がる芝居をする。それがまた理玖の怒りを買い喧嘩を何度も売るがその度に肩透かしをくらっていた。


理玖は実際には新汰の強さはわかっていた。喧嘩になったらまず勝てないのも熟知していた。


いままでの相手とは違う。体格差はもちろんあるがそれ以上に雰囲気からしてわかるのだ。新汰は全身から滲み出る男が求める純粋な強さで理玖を圧倒してくる。


最近は新汰のその向こう側にあるものが垣間見えたりもする。それは魅力というべきなのか。



そして

もう一人気になる男の存在。


理玖は鋭利な瞳のまま隣りにいる友人の一人を見つめた。

彼の目はよく充血する。いまもなにか冷酷な眼差しの凄まじさによって内部が破壊されているように赤い筋が白眼のなかを稲妻のように走っていた。


「デブの金魚のフンみたいな奴いるだろ。確か名前は…」


「ああ、あいつね、秋月悠理だ。たしか新汰とリクの喧嘩止めに来たやつだよね。俺さ、あいつ嫌い」


「あ!俺も。新汰はよしとしてあいつはなんか嫌い。まじなんか殴りてえ、なんか苛つくし。あいつ絶対弱いぜ」



二人の会話が悠理の悪口で盛り上がっていくなか理玖はまた煙草をくわえてポケットからライターを取り出した。休憩時間はあと少しで終わろうとしていた。そのとき足音を引き連れ違うクラスの男二人がトイレに入ってきた。



「おいこら。お取り込み中なのわからんか?とっとと消えろ!」



理玖の友人の1人が声を荒げると男子2人はそそくさと逃げていった。



「いまの弱い奴ら何組?千里だよね?見たことないわあんなブサイク二人組」


「あはは、めちゃびびってたな笑える。で、リク、秋月がどうしたの?皆んなでボコる?」



理玖はなにも答えずに手にしていた煙草に火を付けたときだった。

突然おおきな身体がぐいっと入り込んできたのだ。


その男は坊主頭で巨大な体格といえた。


「お前たちションベンしたいんだよな?なあ不良君たち、させてやってくれないか?」



新汰が先ほど逃げていった2人を連れてきたのだ。


「おじゃましますよ」



新汰は笑いながら煙草で白く煙るなか、便器の前に立ってズボンを下ろしはじめた。


「リク、煙草はあんま吸うなよ身体に良くないぜ」


理玖は新汰のその言葉にまた強く握りしめていた拳の行き先を見失っていた。


新汰は自らの一物を手にしたままリクに顔を向けて「ふーっ」

とだけ言って豪快に笑い出した。






羞恥が感じられないままに便器から少し離れて用を足しているので太い陰茎が嫌でも皆の視界に入り込んだ。陶器を鳴らせるほどの小便の勢いと鼻歌を混じらせる新汰の少し嗄れた声が響いた。



「A組の次の授業は体育だぞ」


新汰はそう言い残してズボンを上げて手を洗い出ていく。2人の男子も尻込みしながら足早に新汰の後ろを付いていった。


すぐに新汰の声が聞こえてくる。


「悠理〜、一緒に体育館行こうぜ、あ、おい、ちょい待ってくれ〜」


トイレに残された三人は無言になっていた。そこへまた新汰がひょいっとトイレの入口から顔をだした。


「リク行こうぜ。次は体育館だ」



「……」



理玖は無言のままくわえていた煙草を再び中庭の紫陽花へと投げつけた。



@


湿度をふんだんに閉じ込めた廊下に出てきた理玖とその友人二人のまず視界に入り込んだのは突き当たりにある階段を降りていくクラスメイト達だった。


その中でも突出する新汰の背中の大きさ。



理玖はピンクのスリッパを地面にキュッと擦り付けた。


たった2ヶ月だ。

この短期間で新汰はすでにA組の中心を1人で作りあげようとしている。


対してこの俺はA組の危険分子だ。あの広い背中に食らいつこうとする醜い獣か寄生虫だろう。


俺は自分のことをよく理解しているつもりだ。虚勢を張り続ける惨めで虚しい野犬だよ。俺はただそれだけの存在なんだ。




理玖は小学四年生のときに千覚寺小学校に転入学した。母の久美子からは次の学校ではもう喧嘩はしたらダメだからねと何度も口癖のように言われていたので、

黒板に書かれた自分の名前を前にもじもじと挨拶をする内気な少年を演じた。


無菌になろうと思った。

生徒たちの安寧を脅かすことはないと刻印された少年を演じようと思った。


だがこの小学校はいままでの学校とは違った。いきなり初日に上級生に囲まれたのだ。


「おまえ、やけに目つき悪いな」


予想外な展開に驚きながらも理玖は拳を握りしめていた。


初日から理玖を排除しようとする迫力に

圧倒されていった。





そしていま。中学生になり執拗になにかに喰らいつく理由は孤独への恐怖からだ。

自分が示す誇示は偽りだらけの虚勢にすぎない。



俺は俺に踊らされている。






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