山猫と熊
「いててて」新汰が後頭部を右手でさすりながらとのっそりと立ちあがった。
このままでは終わらないといま一年A組の教室にいる生徒全員が思っていた。
結城理玖がこの学年を代表する不良なのは千覚寺小学出身者の誰もが知っていることだった。そして須和新汰の規格外の体格も入学式からひときわ目立っていた。
二人は必ず反目しあう。
一年A組はしばらく荒れるんじゃないか
他のクラスの不良達は理玖と、やけに馬鹿でかい体格をした千里小出身者の争いが起こるのを予測していた
そして入学式から3日後。
先に仕掛けたのはやはり理玖だった。
「いててて」
新汰は後頭部から手を離すと背筋を伸ばし目の前で悠理と睨み合う理玖を見据えた。
「やってくれたな」
このまま見過ごすわけにはいかない瞳とひどく交戦的な瞳が熱く交差する。
「悠理は手をだすなよ。金髪め後ろからきやがって挨拶にしてはあまりにひどいじゃないか、よしわかった。俺とタイマンはれ」
立ち上がり背筋を伸ばすと悠理は改めて思うのだやはり新汰はかなりの巨体だと。対してリクという名の男は背も低くく身体の線も細い。体格差はかなりある。空手の試合だと重量級と軽量級の違いほどあるなと悠理は思った。素手での戦いならほぼ勝負は見えているだろう、新汰の力はまた凄まじいものがある。小技が通じる相手ではない。
だが理玖はまったく臆することなく言った。
「おまえこの俺とやりたいなら死ぬ気で来いよ」
甘いバニラの香りが悠理の鼻腔を刺激してくる。
もしリクという名の男が新汰に向けて椅子や机を投げるもしくは何かしらの武器を携帯しているならば
悠理は新汰に加勢しようと考えていた。
いや、正確にいえばリクという名の金髪は必ずなにかを使うだろうと悠理は踏んでいた。
ポケットにはカッターナイフでも忍ばせているだろうと予測したのだ。
正直に言ってしまえば理玖が新汰に素手で勝負をして勝てるわけがないのだ。
体重の差は大きい。
不良は不利を悟るとなにかしらの凶器を手にするものだ。
だが、悠理の予想は見事に外れることになる。
理玖は悠理を突き飛ばしそのままの勢いで跳躍して新汰の顔面に拳を合わせていく。
その動きは速い。
新汰はぎりぎりのところで腕を上げてパンチを防いで理玖の握りしめた拳を掴もうとした。
一度でも掴まれたら終わりだ。
新汰のパワーにすべて負けてしまうだろう。
理玖は掴まれるのを嫌がり無理な体勢のまま身体をねじらせて新汰の腹に蹴りを入れようとする。
悠理は驚く。
あれは空手でいえば後ろ蹴りだ。
なんであそこで後ろ蹴りを瞬時に出せる?
本能で新汰のいまのガラ空きな弱点を見抜いたのか。
新汰の腹に蹴りが入る。
だが
その蹴りはインパクトが弱く新汰が痛みに悶絶することも後ろに仰け反ることもなかった。
これは山猫と熊の戦いみたいなものだ。
山猫は俊敏に動き攻撃をしていくが一度でも熊に掴まれたら形勢は逆転する。
新汰が理玖の片足を両手でしっかりと掴んだときだった。
「いま先生来たからね!不良ども!」
先程、職員室に走っていった女子生徒が息を切らして教室に戻ってくるなり叫ぶように言った。
新汰から足を離されたと同時に拳を下ろした理玖は悠理の足元にあるピンク色のスリッパに足を入れて悠理を一瞥してから床をならした。
「おまえらまたやろうぜ」
理玖は新汰と悠理に指を差して教室から出ていった。
「なんだよ、あの金髪野郎は」
どこかが痛むのか新汰は顔をしかめていた。
「ああ厄介な奴だな。しかし、さっきのいい蹴りだったよな新汰」
悠理は一人ふっと笑った。
金髪は凶器なんて使わなかった。まさに正々堂々と新汰に挑むとは。
次の日の朝。
「俺の名前は須和新汰だ。同じクラスメイトとしてよろしくな。昨日のおまえの蹴り効いたぞ」
理玖がピンク色のスリッパを鳴らして教室に入ってくるなり新汰から話しかけてきたのだ。
「は?ウドの大木が。朝からうぜえ、殺すぞ」
理玖が自分の席に座り鋭い目線を向けると新汰は唐突に理玖の肩をぽんぽんと2回触るように叩いて目尻を下げた。
「俺はウドの大木か?あはは。上手いこというな」
悠理は離れた窓際にある席でその光景を見守っていた。
自分には出来ないこと。
昔からああやってすぐに仲直りしていくのだ。悠理はそんな新汰を尊敬の眼差しで見守っていた。
「俺もおまえのこと理玖君とかじゃなくリクと呼んでもいいのか?俺はアラタって呼び捨てでいいぞ」
「てめえ、調子にのんなよデブが。それにほんとにおまえは中1か?デカすぎるだろ、年齢詐欺すんじゃねえよ」
「あはは。俺はたくさんあだ名ができそうだな、まあ嫌いな食べ物ないからな」
理玖は切るような目で睨み続けていた、笑いながら坊主頭をぽりぽりと掻く目の前にいる熊みたいな巨体の男を。
「リクの目付きってなんかすげえな。鷹の目みてえだ」
「うるせえ、消えろ」
理玖の肩をまた軽くぽんと叩いてから歩き出した新汰の背中で理玖が僅かに白い歯を出して笑ったのが悠理には見えた。
悠理はなんだかたまらなく嬉しい気持ちになった。
いがみ合いなどつまらないのだから。
悠理は昨日の下校中に二人で歩きながら隣りにいる新汰に聞いた。
あの金髪に後ろから飛び蹴りくらったの悔しかった?と。
新汰は両手を頭に乗せてしばらく考えてから言った。
「そりゃな、やっぱ腹たったよ。え?後ろから?ってな。でもなんか俺はあいつがとことん悪いヤツには見えないんだよな。それにあの目つきにずっと睨まれ続けるのはなんだかとっても疲れちゃうしな、しかしそのあとの腹にくらった蹴りはまったくわからんままにやられちまった」
悠理は夕焼けを見上げ
熊と山猫の小競り合いをもう一度思いだした。そして
「ああ。あの蹴りはすごかったな」
といってから大きく頷いた。




