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体育館裏のリアルな現実を目の当たりにして

「ほんとにもう…相変わらず秋月君からはまったくやる気が感じられない。どうしてあの人はいつもいつも…」


率先して先頭を行く椎奈は最後尾を離れたまま歩く悠理を見て周りに聞こえるように不平を漏らした。


悠理はいかにも眠たげなあくびを繰り返していた。かかとが踏まれた靴はざっざと地面を擦り続け、足取りは北を見失った方位磁針のようにどこかふらふらとしていた。彼の全身からはとにかく締まりのなさが強調されていた。



もう…


椎奈は口をとがらせた。


この真夏にしかも野外の掃除だとしても、学校のカリキュラムの中にしっかりと組み込まれたプログラムなのだ。そのあからさまなやる気のなさは周りに伝播していくのが明白なのに悠理にはそれがわかってない。きっとすぐに悠理以外の二人の男子も掃除道具を投げ捨て遊び出すと椎奈は予想した。


悠理は集団生活を主とする中学生として余りにも意識が薄いのではないか。椎奈は彼の態度や言動によって今まで何度も深いため息をついてきた。そして何故いつもあんなに眠たげなのだろう。悠理の血液型はもしやO型なのかと考えたがすぐにそんなことは、たとえ邪推だとしてもどうでもいいことだと頭から振り払った。


ほんと同じグループにいるだけで迷惑な人だな。


教師は必ず掃除箇所の見回りに来るはずだ。きちんと清掃されているかチェックが入りそれは授業態度として採点されるかもしれない。よりによってなぜ秋月悠理と一緒に掃除をしないといけないのか。椎奈は頭痛に苛むように両肩を強くさすった。



一年A組がそれぞれ席の場所からグループを作り学校の敷地内に散らばっていった掃除箇所的にいけば、教師の見回りは校舎から近い自転車置き場のグループ班が先になると予測された。その次に中庭グループでそして武道場の脇からプール横に移っていき1番離れた場所の体育館裏担当グループはおそらく最後に見に来ることになるだろう。



椎奈は先程の分担区割を思い出して少しだけ安堵した。自転車置き場を受け持つ六人には須和新汰と結城理玖がいる。きっと教師を立ち止まらせる何かを作り上げるはずだろう。まずあの結城理玖が真面目に掃除をするとは考えられないのだ。こんな時こそあの生粋な不良でしかも弁が立つ男が非常に役立つものだ。この暑い最中に外で掃除だと?ふざけるんじゃない。と理玖の不満気な表情がありありと思い浮かんでくる、私は日ごろ彼で苦労させられているし見つめられるだけで怖い思いしてるのだから今日ぐらいは役に立ってほしい。


そう考えるとある程度の成果を得るまでの時間には比較的余裕があると椎奈はみた。秋月君をやる気にさせて六人が一丸となり体育館裏を誰が見てもお見事と言われるくらい綺麗にする。今これが私の精一杯にできることだと思った。そして椎奈は希望の眼差しでもう一度だけ悠理を見てみようと思った。彼は顎が外れそうに大きなあくびをしていた。



だめだ。ほんとダメだなあれは。やはり嫌いだ、顎外れてしまえ



何事も一筋縄ではいかないのはわかっている。学級委員長と言う肩書も日々を焦らせてくる。



「秋月君遅れてる!」



椎奈は我慢が限界まで来たように声を張り詰めた。



「はいはい」

  


はい。は一回だろ。なんで二回言うの。


このとき悠理は椎奈の光らせるメガネの奥にある瞳を見ながら笑ってきたように見えた。スコップの先くらいの小さなチリトリを小刻みに左右に振りながら、あくびによって潤う瞳をこちらに見せつけながら。


もう…



それでも足を全く早めようとしない悠理。椎奈はもう一度後ろに身体を向けた。


「秋月くんチリトリしか持ってないよ、箒はどうしたの?」



「あ、ごめん忘れてる、取りに戻ろうかな」


そういってから

ポケットから長く白い指を出してひらひらとさせた。


「はぁーあいつめ、わたしに喧嘩うってんのか」




他の生徒たちは苦笑いをした。また椎奈のあれが始まったと言わんばかりの表情だった。椎奈は地団駄を踏むようにして悠理を一瞥してから前方に顔を向けた。




「もうあんなやつはほっといて行こ」



どこ吹く風の悠理から目をそらす。

来週には必ず席替えをする。秋月への苛立ちもあと少しの辛抱だ。


体育館裏まで来ると六人はそれぞれに掃除をやり始めた。悠理はといえばやる気が無さそうに足先で枯葉を集めようとしていた。


「おっとびっくり。え、いったい何してるの?あなたは人類が道具を発明する前の類人猿なんですか?これ使って」



椎奈は持参した竹箒を悠理に押し付けるようにして渡した。



「使っていいの?」

   



「何言ってるの使ってよ。だってそんなふうに足でこちょこちょやっててもきれいになるわけないよね、わかるよね。私はみんなが集めたゴミを袋に回収していくから」


「はいはい」


だから返事は「はい」一回だ。あなたの口癖か?


そしてやっぱりあくびで顎外れちゃえばいいのに。

  



この場所は背の高い体育館が目前にあり南側は完全に遮られており、北側に目を向ければ給食センターの二階建ての建物が迫ってきていた。今夏の強い陽射しに照らされる時間であっても、ここは日陰が多く風が吹き抜けていき気持ちよく感じるほどだった。


両面を建物に遮られ東向かいの県道との境には、高さ1.7メートルほどのフェンスが張り巡らされていた。つまりここは学校の敷地内で死角となる場所だと言えた。椎奈は広げるゴミ袋を片手に持ちながら上空を見上げた。ここは照明らしきものも少ないと思った。きっと夜になると暗闇が支配する場所になるのだろう。

何かこの場所はとても薄気味悪いものを感じる。椎奈はここはなんだか学校に見捨てられたような場所だと思った。誰かが植木の物陰で立ち小便でもしているのかアンモニア臭らしき悪臭も鼻をついてくる。

ここはとても嫌な場所。


いるだけで悪寒が走るような場所。



椎奈は嫌な想像を働かせるのをやめて、手を再び動かし始めた。フェンス際にあまり手入れをされていない小さな花壇があった。そこに敷き詰められた枯葉を集めてゆく。


そしてそこで何かを発見する。


「きゃ!」


椎奈の小さな悲鳴に皆が注目をした。



「どうした虫に刺されたのか?」



椎奈を好む男子生徒が1人駆け込んできた。



「違うのこれを見て…これって」



「え?なに?」



悠理を除く他のクラスメートも椎奈のもとへなんだなんだと駆け寄っていく。



「うわ!」



突如、誰かが飛び上がった。


枯葉の下から出てきたのはなんと大量の煙草の吸い殻だった。



「なにこれすごい量だよ」



よく見ると小さな虫の死骸のように花壇のあちこちに吸い殻が混ざり合っているのがわかった。


「多分ここは不良たちのたまり場になってんだよ。これは先生に絶対言おうぜ。おい、ちょっと待ってよ。この空缶て」


ビニール袋や空き缶が吸い殻に混じって花壇の土から頭を出していた。また生える木の枝に引っかかったままの空缶もあった。



「これってもしかして」




男子が空缶を掴んで恐る恐る匂いを嗅いだ 。


「やばい、なんかまだ刺激臭が残ってる、これおそらくシンナーだぜ」



と言った。


「え…やだ」



椎奈の声は震えていた。


ここは学校の敷地内だ。


ある意味、神聖領域内で煙草を吸いシンナーを吸う人がいるというのか。


しかもそれはなんだか大人たちへの挑戦状のように隠されることもなく、ありのままにさらけ出されていた。一体これは何を意味するのか、今ここにいる生徒たちは薄々と理解したのかもしれない。一人一人がそれぞれに膨らんだりしぼんだりする何かを得てそして認識した。

とにかくいま言える事はこの一言だった



ここには絶対に近づくな。



この場所はあらゆる暴力的な感情が浮遊していると言えた。そして学園生活から密閉された場所とも言える。



「先生来たら言おうぜ、こんなのやるのはどうせ二年だよ」



椎奈の隣りにいる男子生徒は強がるように地面にある吸い殻を靴底と箒で弄びはじめた。


給食センターの細長い建物の窓はすべて締め切られていた。部活動を終えれば体育館の扉もすべて閉められここは完全に遮断となる世界になるだろう。唯一、県道からフェンス越しにこちらを窺うことはできるがわざわざ視線をこちらに送ってくる場所でもない。成人男性の背丈ほどの錆び付いたフェンスが仕切るのは、大人と子供の狭間の境界線なのか。五人の生徒は荒涼とした威圧感を察知したかのようにきょろきょろと何度も辺りを見回した。花壇付近は風があまり通らないのかカビ臭い湿気も伴っていた。


恐怖からか椎奈はやけに喉が渇いていることに気づいた。



「ここは不良グループのたまり場でこんな場所は絶対近づかないほうがいい。なんかさ最悪な場所を掃除することになっちゃったね」

 


他の生徒たちも椎奈と声を揃えて不満を言いだして小さく笑い合った。



「まぁなぁー。ここはちょっとこえー場所だよなってことで。女子は特に近づくなよ。日が暮れてからはきっとここは不良たちの巣窟になっているんだろうな、どんな心霊スポットより怖い場所だな」


「とりあえず早く掃除して先生来たら見てもらって、報告して、さっさと帰ろう」


椎奈はそう言って再びゴミ袋を広げ始めた。周りの生徒も花壇から離れて適当に箒を動かしていく。


椎奈はふと悠理が見当たらないことに気づいた。


「あれ…」


辺りを見渡す。



秋月悠理は一段高いところにある体育館の壁にもたれ掛かっていた。足を交差させて腕を組み何かを深く思案しているように見えた。先ほど椎奈が渡した竹箒は忠実なペットのように悠理の足元で寝そべっていた。



「ちょっとちょっと秋月君掃除は?」



椎奈の大声に悠理は無視を決め込むように左右を見渡していた。


「ねぇちょっといい加減にしなさいよ」



椎奈は足早に近づいて行き階段を一段上がって悠理の目の前で腰に手を当てた。



「秋月君。一言だけいわせてもらうけど、竹箒はあなたのペットじゃないの。足元で寝そべったままじゃない」



悠理は突然顔を動かして椎奈を見つめた。椎奈は軽い冗談によって悠理が笑顔を見せてくれるかと思った。だが、実際は違った。



「あのさ水樹」


「なによ」


「ここは確かに不良たちの溜まり場にはもってこいかもしれない」



悠理はそういうとなにかを思い出したかのようにクスッと笑った。


「え…な、なによ」


椎奈は悠理の見せた不意の笑顔に何か脳天まで響くようか柔らかい衝動を感じた。


「あ、いや、さっきの笑えたよ、確かに竹箒はペットじゃない」



「それはもういいの、なんか反応遅いし。それより秋月君聞いてたの?私達がさっき話してたこと」



「ここまで聞こえてきたよ。結構みんな大きな声だったし。そこの花壇にたくさん煙草の吸い殻があって何か怪しげなシンナーの匂いとかもあったんだよね?不良たちが夜な夜ななのか夕方なのかわからないけどとにかくここでおそらく複数人でたむろしている、そんな場所だと予測したんだよね?」



悠理の人差し指は地面に向けられていた。



「うん。きっと不良たちがたくさんこの場所にいるんだよ。でもここは学校の敷地内だよ。正門を閉めにくる先生の巡回とかもあると思う。それなのになぜ…」


「僕は不良じゃないからわからないけど、あえてここで悪いことをする意図はきっと大きななにかに繋がっていくと思ってるんじゃないかな」


悠理の言葉の重さに驚きながらも椎奈もつい考えこんだ。

  


「あえてこの場所でするのは先生たちに挑戦してるってこと?来るなら来いって?でもほんと学校の敷地内で煙草とか吸うなんてほんとに信じられない。怖いよ。でも秋月君、今はまず掃除をしてください」


椎奈は拾いあげた竹箒をもう一度悠理に渡そうとした。



「この場所に入るのはこことそうだな。あそこしかない」


悠理が表情を変えて指を刺したのは西側と東側にあるこのスペースに通じる狭い通路だった。

  


「もしあそこと、そしてあそこにも見張りを置かれたら、このスペースのなかではきっと何でもやれることになる」


「え…」



「ここは夜になればかなり暗闇が勝つ場所だ。ほら見て、街灯が一つしかないよね。きっと間近まで近付かないと顔が判別できないような明るさだと思う。夏休みが終わって秋になれば日が沈むのも早くなるだろう、部活が終わった時間にはもう夜が訪れている。それにそこの道路は車の交通量は結構あるけど歩行者があまりいない。だからここは全くの死角になる。車の行き交う騒音である程度の音も掻き消されてしまうだろうな。体育館は扉が閉められて目の前にある給食センターの裏窓が開かれる気配も全く感じられない」



「え…じゃあここにもしだよ。無理矢理ここに連れてこられたら終わりってこと?」



椎奈の質問に悠理の顔は引き締まったままだった。   



「もしの話しをするね、だから怖がらないでね。もしここに水樹が連れてこられたとしたら、ほら、あそこ。見えるかな。あそこまで全力で行くんだ。必ず逃げられる、ここから外に出られる境界線はあそこだ」



悠理が指差したのは樹木の後ろにあるフェンスが破けている部分だった。よく見ると人が十分に抜け出せる穴となっていた。そしてそこを出た先は多くの車が行き交う道路がある。


「あそこからね…」



椎奈は大きくうなずいた。



「やばいと思ったらとにかく逃げる。これが一番大切だよ。勇気を振り絞って何をするかといえば隙を狙って一目散に逃げる、そのことを絶えず念頭に考える。まぁそもそも危険を未然に避けるっていうのが一番大切なことだけどね。何せこの世界は何事も確率の世界だから」



「とにかく逃げるだね。うん、わかった」


椎奈は悠理の言うことに妙にひどく納得してしまった。

不思議なことにあのフェンスに開いた穴と、逃げるという二つの言葉だけでこの場所に抱いた強い恐怖感がかなり薄らいだのがわかった。


「まぁ今のは僕の尊敬する人の受け売りだけどね。もしここから逃げるならあそこから逃げるってことで」



穴は開いたままだ。


希望の先へとその道は繋がっている。


椎奈は眼鏡のブリッジに触れながらその穴を感慨深くしばらく見ていたが


「わ、わたしがここで不良たちに絡まれるわけないよ。それよりも秋月君、やっぱりいまは掃除してくれないかな」



いつも見せる眠たげな表情や窓際から校庭を見下ろす風に吹かれる柔らかい表情とは掛け離れていた。いま見せた悠理には自信に漲る精悍さがありそして滔々(とうとう)と弁ずる姿があった。椎奈は気圧されるように竹箒を持ったまま駆け出していた。


距離を取ってから振り返ると悠理が手ぶらでこちらに向かってくるのが見えた。


「よかった…」



椎奈が胸を撫で下ろしたときに近くにいた男子が突然「あ!」と大きな声を出した。



「おい見ろよ猫がいる。ほらほら、あそこだよ。野良猫だ」



フェンス手前の低木の陰に身を隠すように伏せながらこちらを注視している猫が皆の目にも見えた。


「かわいいなぁ。わたし猫好きなんだよね、いつからいたんだろ、まったく気付かなかった」



女子が言った。



猫の毛色は茶虎で身体は細く痩せているように見えた。人慣れをしているわけがなく、こちらをきつい視線で見続けていた。明らかに警戒しているようだった。










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