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どう戦えばいいの?

悠理と新汰は時を同じくして一人の女性のことを頭のなかいっぱいに浮かべた。



七海葉月。




彼女のことを思い浮かべると二人は必然的に童心へと帰っていく。マンション入口にある自転車置場のまえに彼女は佇んでいた。葉月の肩越しにはいつもの公園が見えて断面が寄り添うようにこの場に静寂を与えていた。

 

葉月は黒いケースを持っていた。




「葉月その黒いのは?」




悠理が指差した黒の長細いケース。



「これはクラリネット」




「え?クラ?クラリネット?」



新汰が聞き返した。




「えーとね、まあ大きな縦笛かな」



仄かに笑顔を見せる葉月はいつものように優しげにみえた。



クラリネット。





悠理と新汰は椎奈に視線を向けたまま次の言葉を待っていた。



「上級生との仲?」



椎奈は頭のなかで吹奏楽部のいつも顔を突き合わせる先輩らを思い出していく。唇に人差し指を当ててしばらく右斜め上を見続けた。



「えと、須和の熊さ…じゃない! しまった、違った」




「え、熊?俺がか?」




椎奈の思いもよらない返答に新汰は驚いた表情を浮かべた。




「ち、違う。あらやだ。私なに言ってるのかしらねぇ………え?須和君は吹奏楽部の先輩に知り合いの人いるの?女の子ばかりだよ」



新汰はチラッと悠理を見た。



「いやいや、知り合いとかじゃなくてさ。まああれだ。みんな上手くやってんのかなぁってな」


椎奈の動きがすべて止まった。


「え…なにそれ。それって…どういうこと?」



「いやいや、まったく深い意味はないんだ。ほらどこの部でもあるだろ、もちろん剣道部にも目障りだなぁて先輩はいるぜ。まあなちょっと聞いてみたかっただけだ文化系はどうなのかなって」




「うーん…吹奏楽部の…先輩は…みんないい人だよ」



新汰の質問に椎奈は明らかに動揺を示した。一瞬言葉を失ったように間を作るのは彼女には珍しいことだった。




悠理は走らすペンを止めて顔を上げて椎奈の真意を探ろうとした。



「おまえさ珍しく歯切れ悪いしうざったい話しかたをするな。なんかあんのか?もしおまえが吹奏楽の先輩らにイジメられてんなら俺に言えすべて粉砕してやる」



人差し指を立てて言い放つ理玖に椎奈は何度も首を横に振った。




「違う違う。そんなのあるわけない、ごめんなさい」




「意味なく謝るな」


また理玖にきつく言われてしまう。


椎奈は額を濡らす汗を手の甲で拭った。



「ほんとになにもないわ。ただ、やっぱり文化系でも関係ないよ、上級生はそれなりに厳しいよ。はぁ、ちょっとだけ私達より早く生まれてそして私より断然に知能指数低いくせにふざけんじゃないわよって話しよね。まあどこの部でも同じだよ。須和君の剣道部も秋月君の陸上部もリク君の…えっと…えっと…なんだっけ」




「俺は帰宅部だ。おまえいま絶対にそれ知っててわざと言っただろ?それにやっぱおまえ口すげえ悪いから上の奴らとの会話は気をつけろよ」


珍しく理玖が笑顔を浮かべた。


「ありがとう。そうね、先輩が血相変えちゃうよね、リク君も口の悪さに気をつけてね」



「ひと言多い!」



と理玖にまた言われシュンとする椎奈だった。



悠理が思い出したようにノートにペンを走らせていくなか、椎奈はいまクラリネットを演奏する二年生で取り分けて上手い人のことを思い浮かべていた。だがその人はイジメにあっている。いや、イジメという枠をとうに超えていた。部活動の時間に行われる行為はあまりに酷く目も当てられない有様だった。しかもその残虐性が日増しにエスカレートしているように思えた。



以前に吹奏楽部の一年生全員が集まって話しあったことがある。



あれはあまりにひどいイジメではないのか?下級生だからと見て見ぬふりしていいのか?やはり先生に言うべきではないのか?




大人が介入すれば対処できるのではないか。



誰かがいう。



もしチクったのがバレたらイジメの矛先が私達に変わるかも。と。


反論するように椎奈は言い返す。



あれはイジメではない。あれは七海先輩を殺そうとしている。早く言わないと最悪な事態になるかもしれない。


全員からため息が漏れる。


わかってるよ。あれはイジメのレベルではないよ。でも椎奈よく考えて。矛先が私達になったら…




結局答えは出せなかった。


一年生は七海葉月へのイジメにただ目を背けるだけだった。



いまの椎奈はノートを悠理に見せる嫌な気分などどうでもよかった。


いまそんな思いにした新汰の質問にも腹立つし、イジメになにもできない自分にも腹が立っていた。そしてなにより悲しくなる。



椎奈はいま目の前にいる三人に聞きたかった。


あなた達ならどうする。私はどうすればいい?戦うならどう戦えばいい?私は七海先輩を救いたい。


心にくすぶるたくさんのシグナルが噛み合う言葉をいまこのタイミングで三人にすべて吐き出せたら私はどんなに気が楽になるのだろう。

きっとなにも言えないまま時は過ぎていくのだろう、蓋をして見ないようにしていくだけだ。やがて七海先輩が学校に来なくなることを願って。


でも…



この三人はなんて言ってくれるのかな。



須和君はこう言うはずだ。



「水樹。見て見ぬふりだけは駄目だ」




リク君は必ずこう言うだろう




「おい学級委員長。いますぐ戦争だ」



最後に秋月君は。



あれ…

秋月君はなんていうのだろう。





「おい水樹どうした?」



新汰の大きな声によって現実世界に戻ってくる。



椎奈は我に返って悠理の机を指先で強めに叩いた。



「秋月君!私は部活に行きますから返してくださいね!」



「あ、まだ…ちょっと。それにまだ…」



「なによ、まだ、まだってなんか気持ち悪いな。はいそこにいるお昼寝大好き君。時計をすぐに見てくださーい、タイムオーバー」


椎奈は黒板の上にある時計を見て首を傾げた。予想された針の位置が1時間違っていた。



「学級委員長、次は国語だ。部活はそのあとだと思うがな、ま、俺は帰宅部なんで間違えてたら謝るが」



理玖が睨みながらいった。


新汰は坊主頭をぽりぽりとしながら離れていく。


椎奈が顔を真っ赤にしながら鞄にいれた教科書を机の上に再び出しはじめた。


それを見ていた悠理がにこやかな笑顔を向けてきた。


なんだか椎奈は非常に腹立ってきたので



「もういい加減早く返して。だけど秋月君きったない字ね、先生読めるのかしらね」



と吐き捨てるように言ってから国語の教師が早く来ることをただただ願った。




「リク。ノート見せて」



椎奈の隣りで悠理が理玖に向かって手を合わせた。



「おお、なんら見せてもいいが、俺のにはなんら書かれてもいない」




「だよね」



理玖が笑うと悠理も笑った。





―はぁ、救いようのない馬鹿が二人―




椎奈は決して理玖には聞こえないように

小声で言ってみた。


少しだけ気持ちが晴れたのがわかった。

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