第7話
「そう!」
エルの顔がぱっと明るくなった。
「ダマリはでっかいんだ! でも気が小さいから、ちょっとしたことでパニックになる。けど馬のことなら一流さ。カルハースも舌を巻いてたよ。俺もいろいろ教えてもらってる。今回もダマリが母親みたいにつきっきりで看病したんだ。足を痛めてたからね。それで……」
「分かった、分かった」
イオアンが手を上げ、エルの口を閉じさせた。
困惑しているバルバドスが小声で訊いた。
「どういうことだ?」
「市場で、アルケタには会わなかったか?」
「いや」
「アルケタから聞いたんだ。今朝、旧市街のワイン商のところに、首なし騎士団が現れたと」
「なんだって!」
「それも、巨体のオークが同行していたらしい。冗談だと思って私は笑い飛ばしたが、どうやら事実だったようだ」
「じゃあ」
バルバドスが急に気味悪そうな顔をして、エルを眺めた。
「あの小僧は、本当に奴らの一員なのか」
「そういうことになる」
「うへっ、とっとと解放しよう」
「なぜだ」
「なぜって、イオアン様も噂は聞いているだろ」
「あれは大袈裟に……」
「……事実なんだよ」
バルバドスが声を潜めて断言した。
「黒装束に髑髏の仮面を被ってる見た目は伊達じゃない。本当に危険な連中なんだ。皇帝に歯向かった勢力の残党だぞ。怒らせたら何をするか分かったもんじゃない」
「しかし、あの少年は……」
イオアンは口に手を当てて考え込んだ。
「まだあ?」
風向きが変わったと感じたのか、エルが横柄に呼びかけた。
「仲間と待ち合わせしてるんですけどお」
イオアンが顔を上げた。
「どこで?」
「どこでもいいだろ」
「どうせ、誰もいないぞ」
「なに言ってんだよ、待ってるに決まってんだろ!」
「取引は失敗したんだ」
「え?」エルの顔から血の気が引いた。
「お前の大好きなダマリが暴れてな」
「ダマリが……どうして?」
「さあな。馬を引き渡すときになって急に暴れたらしい。それで巡察隊が駆けつけたんだ」
エルは両手で頭を抱えた。
「もう取引のことは忘れろ。それより私の仕事をしてみないか」
「……仕事?」
「褒美は弾むぞ」
「なんで、あんたの仕事なんかしなきゃいけないんだよ!」
エルは顔を背けた。
「イオアン様、こいつに何をさせる気だ?」
眉を顰めたバルバドスを、イオアンが片手で制した。
「じゃあ、牢獄塔に決定だな」
「何でだよ」
エルはイオアンを睨みつけた。
「俺は盗賊じゃないって分かったろ!」
「さあ、どうなんだろうな……」
イオアンが淡々と話し始めた。
「お前たちが取引した馬を見て、見覚えのある兵士がいた。その男は巡察隊に入る前、辺境の砦にいたんだ。その砦では、今年の春に数十頭の軍馬が何者かに盗まれている」
エルがゆっくりと目を逸らした。
「取引された馬の尻を兵士が調べると、砦の焼印が巧妙に隠されていた。兵士は総隊長に報告した。雲行きが怪しいと察した髑髏の仮面の男たちは、馬をけしかけて暴れさせ、その隙に新市街へ逃亡したらしい」
いまやエルは地面を見つめていた。
「馬を盗むだけでも犯罪なのに、砦から軍馬を盗んだとなれば、これはもう公爵家に対する反逆だといっていい。だが牢獄塔に長くはいないだろう。すぐに銀鉱山に移送されるだろうからな」
「ぎ、銀鉱山って……」
エルが今にも泣きだしそうな声で訊いた。