第11話 攻略は終わり僕達は瞼を閉じる
「達也さんは何度も死んでいますが、ここまで辿り着けたのはこれで三度目ですね。一度目は達也くんが力を失わなければハッピーエンドでした。覚えがあるでしょ?」
何度も死んでいる? それに、あの惨状は全員が死んだ後だったのか。
『【物々交換 】
交換には所有者の承諾が必要。思考するだけで、全ての物に自分基準の価格を定め、直ちに社会に浸透する。
【 等価交換 】
価格が全く同じ物だけを強制的に交換する。 』
過去と未来のものまで交換出来るなんて、反則級だ。
「あの時ですね。意識ごと過去から未来に持ってきて。また元に戻したと。」
「死んでしまいましたから仕方がなかったのです。二度目は達也さんが強くなり過ぎて田中さん以外の全員が生き残りました。私は田中さんの体を過去から持ってきて、また過去に送り返しました。達也さんが敵を倒すと強くなる事に気づいたので、ボスまでの雑魚は私が間引きました。」
直接過去に送られた人と千尋さんだけが、未来を変えられるというわけか。いや。待てよ。死んだ方を送られた時間軸からはどうなる。
「千尋さんのスキルは交換する事だけですよね。過去の肉体と未来の傷ついた肉体を交換したら、その間の時間に肉体は死んでいる事になりませんか?」
「そうですね。だから、この能力はダンジョンの中でしか使えません。私にも原理は不明ですが。他の能力もダンジョンに入る事で強化される事が多いですね。それぞれ別の個体のパーツを交換してキメラを作ったり。」
「ぅおぇっ。」
胃液が逆流した。
春奈さんは、確かに俺が消えて戻ってきたと言った。等価で交換され、間に挟まっているのはダンジョン特有のリポップだろう。
ダンジョンのボスを倒すと、魔法陣は一旦消える。
再び、魔法陣が作動した時、全てのモンスターがリポップされている。リポップされるのがモンスターだけだとしても、人間の情報まで蓄積されているとしたら。
未来に持っていったのが俺の本体だとしても、過去に排出されるのは、俺の情報を元にリポップされた何か。
……いや。大丈夫なはずだ。過去と未来はどこかで結ばれているのだから同一人物という事になる。
「……キメラもあんたの仕業だったのか。それで、今回は千尋さんにとって都合の良い未来じゃないんですよね? 俺以外を殺す事が目的で、俺は関係ない。……少し冷静になって話をさせて貰えませんか? 俺には理由を聞く権利があると思います。」
「それも、これで二度目です。力を使いすぎたせいで、私の記憶はもうほとんど残っていません。説明も面倒です。」
この異様な力は、自身の記憶も犠牲にしているのか。
「何も知らされないまま、やり直すって酷くありません?」
「分かりました。今回は力を使いましょう。【 等価交換 】記憶の交換。」
――
私は運び屋の先輩とご飯を食べながら、愚痴の言い合いをしていた。
「奏多くん以外、運び屋を人とは思ってないんだど。千尋ちゃんはまだマシな方だべ。オラなんてみんなに無視されてんだ。」
「そうですよね。役割は皆さんとは違いますけど、私達も同じような危険にあってます。だから、せめて同じ人間として見て欲しいですよね。」
「んだんだ。オラ達は何も悪いことしてねーど。明日、みんなに話すど。オラたつも仲間に入れてけ……。」
先輩が目を大きく見開いて固まった。話も止まったので、ふと後ろを見ると店の入り口には姉さんがいた。
「千尋。迎えに来たわよ。……千尋がいつもお世話になっております。姉の愛海 です。」
「おったまげた。えらいべっぴんさんだべ。桜井 寛太と申します。オラの方がお世話になってるど。」
「姉さん、お迎えありがとう。 寛太先輩。私は未成年なので、そろそろ帰りますね。」
「まだな。気をつけで、けーれ。」
それが悪夢の始まりだった。
三日後
姉さんが消えた。
姉と二人暮しだった私は、警察署に行方不明の捜索願いを出す。
三ヶ月後
憔悴した姉さんが、破れたボロボロの服を来て家に帰ってきた。
「逃……げて……桜井……寛太……ここに…………来る。……支度して……くるね。」
姉さんは震えながら小さな声を出した。私は、それで何があったのか、だいたい想像がついた。
見つかった嬉しさより、心が重くて苦しかった。
私のせいだ。
私があの時、迎えに来て貰ったせいで、桜井との接点を作ってしまった。
―― おったまげた。えらいべっぴんさんだべ。 ――
気持ち悪い。
殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。殺す。
この一ヶ月間、私はあのデブにも、姉が帰って来ない事を相談し、慰めて貰っていた。
許せない。許せない。許せない。許せない。
悔しさを押し殺して、姉さんが部屋から出てくるのを待った。
だが、姉さんが出てくる事はなかった。
部屋には鍵がかかっていた。
「姉さん。出てきて。……行きたい所があるなら……一緒にいこ。……私、絶対にあいつとはもう関わらせないから。……私が絶対に殺すから。……それまで、安心して隠れる所。一緒に探そ。」
鍵を壊し中に入ると、姉が天井からぶら下がっていた。
「姉さんっ! ……ゥ……ア"ァア"ァァアア"ァァッー!」
その日、私は、再覚醒した。
桜井寛太の事は警察にも言わなかった。それでは姉さんが穢れてしまう。私がアイツらの息の根を止める。
桜井寛太だけじゃない、あいつを強行へと結びつけた、パーティー全員を殺してやる。
私のスキル【物々交換 】は、元から貨幣[♦︎]の黒だった。
[♢]は技術系のスキルで、普通は攻撃性を示さない赤。単なるトレードの能力がなぜ攻撃性を示す黒なのか不思議だった。
それは新たに覚醒した事で追加された【 等価交換 】も一緒だろう。
自分のスキルについて研究し、一ヶ月の準備期間を得て、いよいよ明日、パーティーメンバー達を全員、殺そうという時に
桜井寛太が死んだ。
山本奏多の話だと、最後に8月1日というメッセージが届いたらしい。
気が狂いそうだった。
あのブタだけは自分の手で殺したかった。
苦痛という苦痛を味合わせ、殺してくれと懇願するくらいに痛めつけたかった。
死のう。
最後に未練を残さぬため、死ぬ前にパーティーの奴らを殺して全てを終わりにしよう。
――
頭の中で千尋さんの記憶が、感情と共に再生された。当時の千尋さんの気持ちまで理解出来てしまった。
「……そ……そんな。…………千尋さん………………酷いっ。こんなのってないよ。」
「そういう事です。交換したので、前とは違う反応ですね。大人しく繰り返して貰えますか? 戻るのは、田中ですけど。」
どこか人間らしくないのは、記憶を失っているせいか。少し俺と似ているな。だからこそ、感情移入してしまう。
「それはない。」
「達也さん。……あなたなら分かってくれると思ってました。では、殺してくれるんですね? 私の為に、このゴミ共を。」
「それもない。だいたい、千尋さんは、みんなを殺した後に自分も死ぬつもりですよね。」
「ええ。姉さんが死んだ以上、この腐った世界で、息をする事も嫌です。」
「千尋さんは、一度全員が死んだ時、なんで俺を生き返らせてくれたんですか?」
「あなただけは別ですから。Eランクだった私は、あなたの奇跡を見て、とても感動しました。心の支えでしたし、ずっと信じてましたよ。
覚醒しただけじゃ、今みたいに強くはなれませんでした。キメラを作ったり、過去の肉体と未来の肉体を交換したり、記憶を交換したり。
それってスキルの枠組みを超えてると思いません?
私のスキルにはそれぞれ5つ別の効果があります。解釈次第で、スキルはもっと自由に使えるんです。これもあなたの可能性をひたすら考えてきた結果です。」
そうか。逆なのかもしれないな。
鑑定やステータスで、情報を簡単に手に入れる事は、それ以外の可能性を否定する事になる。その先の発展がない。
鑑定結果だけをみて学習が効かないのにもそれで納得がいく。スキルの根本にある何か。または技術や魔法。それを構成する過去、現在、未来。学習の達成条件を満たした段階でスキルが生じ、スキルが生じてもそれが全てじゃない。その先にあらゆる可能性があるんだ。
キュルキュルキュル
『全てのスキルが活性化しました
思考でスキル能力が変動します
【交換 】を獲得しました
インベントリに統合された合成が派生しました
【スキル合成】を獲得しました 』
「そうかな。千尋さんは、最初にフェアじゃないって言ったよね。関係ない人を巻き込まない気持ちは優しさから来るのだと思います。本当は分かっているんでしょ。春奈さん達にも責任はないって。」
「こんな奴らの味方をしないで。達也くんも運び屋なら分かるでしょ。こいつらは、自分達より下の人間を見下すことで、安心する汚いやつらなのよ。桜井だってこいつらに見下されてたからあんな事をしたの! 殺して何が悪いの。」
「たしかに、俺も見下されて生きてきたから、そういう人がいる事を否定はしない。でも、それで関係ない人を傷つけたりしないよ。これは最初から別々の問題だ。全部桜井が悪い。千尋さのはただの八つ当たりだ。悔しいとは思うけど、切り離して考えてくれないかな?」
「違う。違う。違うっ。無理よ。もう殺すって決めたの。」
「まだ間に合う。自分じゃ出来ないから、田中さんを使ってたんでしょ。千尋さんは本当は優しい人間だ。……実は記憶の交換でもう一つ見えた事があるんだ。その感じだと、忘れた記憶だったんじゃないか。」
「さあ。記憶の消失は解釈を広げる為に設けたリスクですから、今の私はほとんど空っぽです。復讐のためにロックした記憶しか――」
「――【交換 】」
――
父と母の葬儀が終わると、私は言うべき事をおじさんに伝えた。
「仕方ねーな。馬鹿兄貴も死んだし引き取ってやるよ。その代わり分かってるよな? 働けるようになったら、世話した分の金は利子つけて返せよ。」
あとは姉さんに伝えれば終わる。悲しいけど、姉さんには自由に生きて欲しい。私なんかと一緒じゃ足枷になる。
「私はおじさん達の所に行くから。姉さんは一人で自分の夢を叶えて欲しい。」
「馬鹿な事言わないでっ。お父さんとお母さんだったら今と同じ事言う? 今、世界で二人だけの家族は私なんだよ。私には、ずっと近くで千尋の幸せを見届ける権利があります。千尋を愛してるの。私を一人にしないで。」
私は自暴自棄になっていたのかもしれない。姉さんの愛が暖かくて、私はやっと両親の死を実感した。洪水のように涙が溢れ、止まらなくなった。
「なんだ愛海。お前はもう18なんだから、一人でも――」
「――私が千尋を育てます。この子は虫も殺せないような、純粋でとても優しい子なんです。あなた達みたいな汚い大人に任せたら、この子から優しさが消えかねない。」
姉さん。私を……そんな風に。
――
「千尋さん。本当にこれで良いのか? これがお姉さんのためになると思ってるのか? 千尋さん罪を償おう。俺も一緒に謝るから、お姉さんのために優しい君に戻ってあげてよ。」
「姉さん…………姉さん…………ぅ……ぅぁあぁぁぉあー………………記憶のロック解除【 等価交換 】全ての記憶を糧に。」
目の前に 猿 小鬼が現れた。
「悲しいよ。君はそれを選んだんだね。今更そんなモンスターは敵じゃない。【斬撃 】」
「きゃっー。」
春奈さんが取り押さえていた田中が逃げ出している。俺はスキルの解釈を変える。
「【交換 】」
『スキル【 優位】が消失しました
スキル【残火 爆発】を獲得しました 』
キュルキュルキュル
『スキル【 優位】を獲得しました 』
「【鑑定】」
『田中正義 30歳 男性
スキル
【メリット】パッシブ
一番高い能力値を際立たせる[攻撃力上昇] 』
これで少しは危険性が減るだろう。
千尋さんが言った通り、スキルは解釈を変えると別の使い方も出来るんだな。
【交換 】この能力はチートかもしれない。スキルを交換した場合は、また学習し直して獲得出来る。奥の手で使えるかもしれない。
「ごめん。達也くん。田中を追った方が良いわよね?」
「放っておきましょう。みんなでこのダンジョンを出る事が先決です。」
「分かったわ。」
「井上さん。冒険者協会まで千尋さんの事を運んで貰えますか?」
「任せてくれ。責任を持って送り届けるよ。」
田中が向かった奥の部屋には魔法陣があった。俺たちは魔法陣に入り外に出る。
最後に、春奈さんのパーティー全員に【交換 】で千尋さんに起きた事を見せた。逆に彼らの記憶も貰う事になったのだけど。
「……本当にこんな事が。」
「間違いなく、これが真実です。」
「言い訳になるかもだけど、私は能力で人を判断した事はないわ。けど……桜井について、女性を見る目が怖い感じがして。なるべく絡まないようにしてた。反省点があるとしたら千尋ちゃんに忠告しておけば良かったかな。」
「俺は運び屋なので、帰らせて頂きます。スキルでいくつか戦利品を持ってますが、ここで出しましょうか?」
「いいえ。このダンジョンで討伐をしたのは達也くんだけよ。全部あなたのもの。逆にこっちは助けたお礼をしようと考えているわ。」
「……いりません。報酬はこれで十分です。失礼します。」
俺たちはそこで別れた。
後味が悪い。
あまりにも辛すぎて、早く一人になりたかった。
―― 数時間後
新宿区 冒険者協会本部前
「皆さん。お疲れ様でした。田中が立ち上げたパーティーだけど、私はもう冒険者をやる自信がない。今日でこのパーティーを最後にし――」
「――すみません。木村春奈さんですか?」
「はい。」
「パーティーは11人と聞いていたのですが、ここには7人しかいませんね。」
「今は 10人です。ダンジョンで三人は亡くなりましたので、全員います。あれ? 私なんで勝手に。」
「それは好都合ですね。ひき肉とみじん切りどっちが好きですか?」
「はい?」
「陸。本部前だぞ。血は目立つから流すなよ。」
「ちぇ。分かったよ。父さん。」
「……ままま……まさか。あなた方は…………警告は?」
「ほら。やはり知ってる奴がいたな。生憎、これは仕事じゃねーんだ。」
―― その日の夜
ニュース速報
「 緊急ニュースをお伝えします。
本日午後16時25分、新宿区の冒険者協会前で原因不明の心肺停止が相次ぎ、7人の冒険者が亡くなりました。目撃者はおらず、事件の詳細については現在調査中です。現場は警察と救急隊員により封鎖され、引き続き捜査が行われています。」
ニュースには亡くなった七名の名前と年齢が映し出されていた。全くため息が出る。
石田真由 25歳
井上 嵐 23歳
木内奈津子 23歳
木村春奈 22歳
高橋朱美 21歳
竹内刀 48歳
山本奏多 24歳
「会長。本当にこれで良いのですか?」
「死戒連盟は全員が直系だぞ。三大ギルドは勢力争いに夢中で使い物にならない。三つ巴でバランスが取れていた所に、超新星 が現れたから当然だな。要は冒険者協会でも、例え私であろうと数的有利はあちらにある。日本のために、今は 知らないフリをするのが賢明だ。」
「会長が『戦女神』のギルドにだけ権限を与えたせいでしょう。人類滅亡。次のフェーズが、いつやってくるとも分からないのに、会長のせいで日本は死戒連盟の驚異にまで晒されているんですよ。国内で駄目なら今のうちに世界に救援要請を送るべきです。」
「大戦前に世界に借りを作るつもりか。星野くん。君ほどの人材が物事を正面からしか見れないのが残念だよ。全部が布石でそれが実るかもしれないと言っているんだ。」
「どういう意味ですか?」
「本日、件の冒険者達だが、ランクが上昇した複合獣のダンジョンを攻略した。生き残りの中には【F2】。つまり彼の名前がある。君も確認して、それから盤面を見ろ。」
「なんですかこれ。Eランクのメンバーばかり7名で、B一類には裏切られ、Cに到達するようなDの最上級ダンジョンを攻略した。まさか彼が本当に。」
「そういう事だ。全てが繋がっただろう?」
Fランク二類覚醒者
彼は世界最弱のババと呼ばれた未覚醒者達の元希望。
能力に目覚めたとて
Sランクの私には全く関係ない。
私に見えていない部分があるとしたら、そうか、この裏切り者の黒幕。
【E2】Eランク二類覚醒
神楽千尋 通称 『黒のダイヤ』
一時期話題にもなった。
「まさか、神楽千尋が我々の救世主だと。」
「……星野くん。君、私の話聞いてないだろ。まあでも。彼女は、木元達也に預かって貰うわけだし、そういう意味では間違ってはいないのか。」
「なんですかそれ? 彼女は犯罪者ですよ。最弱冒険者なんかに――」
「――神楽千尋は記憶を失っている。表沙汰にしても病院送りになるだけだ。死戒連盟に狙われている可能性ある者を病院に入れるか? 病院ごと破壊されたら誰が責任を取る。幸いダンジョンの情報はここにしかない。」
そう言うと会長は灰皿の上で丸めた書類を燃やした。
「複合獣とダンジョンのランク情報は、会長がご自身で作ってくださいね。」
「……君、なんか怒ってない?」
「怒るわよ。当たり前でしょ。隠してること、全部ハッキリ言えやっ! 私は分からない事があるから危惧するし、副会長だから何かあれば対処もさせられるわけ。所々を秘密にして、それで私が馬鹿みたいに言うじゃん。伝わるかっ。くそ会長がっー!! 辞めてやる!こんな会社っ!!」
―― 達也の家
ピンポーン
「おいっ。達也、客が来たぞ。出ろっ。」
「はいっ。」
居間からおじさんの声がした。俺は返事をし、急いで玄関に向かった。
ドアを開ける。
「ただいま達也くん。」
「え……千尋さん?」
自宅の玄関で美女の他人にただいまと抱きつかれた。
なんだかとても甘美な響きで、16歳の童貞にはまだ早すぎる。
けど、あの事を思い出したら無碍にも出来ないわけで
「……おかえり。」
「達也、目が覚めたらいないんだもん。会いたかったよー。うえ~ん。」
「どゆこと?」
今は心の中で美優に謝る事しか出来なかった。
読んで頂きありがとうございます。
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健康と幸運がいつもあなたのそばにありますように。