最強勇者は最弱魔王の前に裏ボスを倒したらしいです
新学期が始まる前に書いてたお話。
書くのに間があいたので、話が変だったりしたらすみません。
わたしの運命は、どうやらとてつもなく険しい道のりになっているらしい。
その事実を改めて認識したのはほんの数分前のことだった。
「……うそっ」
わたしの背丈の2倍よりも大きな背もたれがある椅子に座って、今後について考えていた、そんな時のこと。
わたしは1つの大きな気配がふっと消えたことに気がつく。
どこか遠いようで、直ぐ側にあるような気配が……っ!?
「どうかしましたか?魔王様」
「クル……側近?」
「はい、側近のクルルです」
それが顔に出てしまっていたのか、心配そうな表情でこちらを見つめる側近と目が合う。
……さっきよりクルルが小さくなった?
そこで、わたしが立ち上がっていたことに気がつき、ゆっくりと椅子に腰を下ろす。
そうして、少し冷静さを取り戻したわたしは深呼吸をしつつ、先程の気配についてもう一度考える。
わたしの記憶が正しければ、あれは……。
「……我、もう駄目かもしれない」
記憶を辿り、感じた気配が正しいことを理解したわたしは頭を抱えてしゃがみ込む。
……うそって言ってよぉ。
「はい?いきなりどうしたんですか」
「さっき、何か感じなかった?」
「えっと、特に何も……」
そんなわたしをなんだコイツという目で見てくるクルル。
そんなクルルに問いかけてみるも、返ってきたのは『何も感じなかった』とのこと。
どうやら、クルルにはさっきの気配は感じられなかったらしい。
このことを1人で抱え込みたくないので、恐る恐るわたしが辿り着いた可能性について話す。
それは――
「実は、邪神様が勇者に倒されたみたいなの」
――邪神様が倒されたという可能性だった。
「……邪神様が?」
「そう、パ……お父様が逆らってはいけないって言ってたあの方が」
「……」
パ……お父様が生きてた頃、ずっと言っていたこと。
それは『邪神様には絶対に逆らうな』ということだった。
お父様曰く、自分よりも圧倒的に強いと。
それは幼い頃から一緒に過ごしてきたクルルも知っていることで、わたしが言ったことを理解したのかとても驚いた表情をした後、暗い表情を浮かべていた。
そして、多分きっと恐らく、わたしも。
「……これからどうしよう」
「……魔王様」
邪神様を倒せるのは恐らく勇者だけ。
つまりは、勇者は邪神様以上の力を持っているということ。
そんな最強の勇者と相対することになるわたしは――
「わたし、パパよりも強くないよ?それどころか、四天王達にも勝ったこと無いのに……もっと強い邪神様よりも強いって……勝てるわけないじゃん」
「……先代魔王の唯一の娘だからという理由で殆ど強制的に押し付けられただけで、戦闘面はからっきしですもんね」
歴代最弱の魔王。飾りの王。親の七光り。
それが、魔王であるわたしの評価であり、まごうことなき事実だった。
「うぅ。クルル……わたし、死にたくないよぉ」
今までは思考の隅っこの隅っこにあった、自分の死。
それが急に迫ってきたことを認識してしまい、悲しみが、涙が溢れ出してくる。
怖い、怖い、怖い怖い怖い。
嫌だ、嫌だ、死にたくないっ。
別に戦いたくなんてない。
魔王になんてなりたくなかったっ……。
でも、いくら泣き言を考えてもわたしが魔王である事実は変わらない。
……戦いから、死からは逃れられない。
「……お嬢様」
「クル……ル?」
残酷な現実を受け止めきれず泣きそうになっていると、クルルにふわりと後ろから優しく抱きしめられる。
「大丈夫ですお嬢様。貴方のことは必ず私が守ってみせます。それが先代様との約束ですから」
昔のように頭を撫でつつ、優しい声で囁くように言葉を紡ぐクルル。
そんな昔のようなお姉ちゃんっぽい行動おかげで、わたしはようやく落ち着きを取り戻すことができた。
「……クルル。ありがとう。落ち着いたよ」
「良かったです。お嬢様」
そう伝えると、ぎゅっとしてもらっていた手が離れていく。
それに少しの寂しさを感じるも、甘えているだけじゃ駄目だと自分自身を鼓舞し、ほっぺたをパチンと叩く。
「少しでも強くならないと……」
「そうですね。その通りだと思います」
たとえ叶わない相手だとしても。
何もしないまま、諦めたくはないから。
「まぁ、一番は勇者が来なければいいんだけどね」
「……そうですね」
でも、そんな願いが叶うはずもなく、数週間がたったある日のこと。
裏ボスを倒した勇者が遂に魔王のわたしのところに来てしまったのだった。
―――――
部屋の扉がゆっくりと開いていく。
部下たちや側近とは違い、ノックする音は無い。
そして、とっても大きな気配が入ってきた。
それが示すのは、勇者がやってきたということ。
「……来たか、勇者よ」
強大な気配に気圧されて震えそうな足、震えそうな声をなんとか抑え込み、お父様のような魔王としての振る舞いをしながら勇者の方へと振り返る。
そこには、歴戦の勇者という風貌をした女の子が1人でこちらへ向かって歩いてきていた。
……女の子?それに1人?
予想と違った状況に、少し驚く。
てっきり勇者は男で、パーティを組んでいるものだと。
歴代の書物から勝手にそうだと考えていた。
でも、よくよく考えてみれば気配は1つだけだったし。
「貴女が魔王か?」
「あ、あぁそうだ、わた……我が魔族の王イーディスだ」
「そうか……貴女が」
そんな風に考えていると、近づいてきていた勇者が立ち止まりわたしに問いかける。
なるべく冷静を装いつつ問いに答えると、勇者はそう答えて剣を抜きわたしの方へと構える。
……やはり、戦いは避けて通ることはできないらしい。
「私は勇者テル!…の願いのため、貴女を倒す!」
「そうか。なら来い、勇者よ!」
勇者……テルの宣言が静かだった広間に響き渡る。
怖い。怖い怖い怖い。
でも、逃げるわけにはいかない。
わたしは弱くても、『魔王』だから。
逃げてはいけない。
たとえ、叶わないとわかっていても挑まなければいけないのだ。
(……お父様、クルル、どうかわたしに力を!)
心の中でわたしの支えである2人のことを考えながら、わたしは魔法の詠唱を始めたのだった。
―――――
……けれど、どれだけ頑張っても力の差は圧倒的だった。
「……これで終わりだ。魔王」
そう言って勇者の剣がわたしの首元に突きつけられる。
後ろは壁、前方には勇者。
どこにも逃場はなく、抵抗するための体力も、魔力も残ってはいない。
……わたしの完敗だった。
「……見事だ。勇者」
壁にもたれかかるようにして、魔王の剣から手を離す。
あちこち傷だらけのわたしに対して殆ど無傷の勇者。
わたしの戦おうとする心はもう折れていた。
「……我を殺せ」
魔王と勇者の戦い……いや、この戦いに限ったことじゃなく負けたものの末路は……死であるとわたしは知っている。
そうして死んでいったみんなをたくさん見送ってきたから。
「……そう」
勇者は凛としたような声で小さく呟くと、剣を大きく振りかぶる。
それを見てわたしは静かに目を閉じる。
……本当にツイてないなぁ。
わたしはただのんびり過ごしていたかっただけなのに。
長かったような、短かったようなそんなわたしの魔生を振り返りつつ、終わりの時を待つ。
……しかし、すぐに訪れるはずの痛みはなかなかやって来なかった。
それどころかなんかふわふわ温かい……?
「……ふぇ?」
不思議な状況にわたしは瞑っていた目を開く。
そこは、死後の世界――というわけではなく、見慣れた魔王城の大広間。
そして、少し離れた所で目を瞑って何かを呟いている勇者の姿があった。
「なっ……何を?」
問いかける。しかし、返答はない。
どうやらかなり集中しているようで、わたしの声は届いていないみたいだった。
よくわからない状況に困惑しかないが、取り敢えずまだ生きているなら……。
そう思い、身体を起こそうとして気づく。
|わたしの傷が治っていることに《・・・・・・・・・・・・・・》
「えっ……何で……」
「っ!気づいた!?」
驚いた反動でそのまま起き上がる。
すると、そんなわたしに気がついたらしい勇者が私の方に駆け寄ってきて――
「やった……これで……やっと……っ!」
「むぎゅっ!?」
――思いっきり抱きつかれた。
突然のことで変な声が出てしまったし、力が強いせいか少し息苦しい……。
「んん……ぷはぁっ。な、何するのっ!」
「んー、いい匂いー」
息苦しい中からなんとか抜け出そうと頑張り、大きな山からなんとか抜け出すことには成功した……が、一回り大きくて力が強かった彼女の腕の中から逃げ出すことはできなかった。
そして、気づけばわたしは何故か突如現れた謎の変態にスンスンと匂いを嗅がれていた。
「ど、どうしよう……」
「お嬢様っ!」
「クルルっ!?大丈夫だったの?」
「……はい、そこの彼女のおかげで」
不可解な状況の連続に困惑しかできずにいると、遠くから聞き覚えのある声とともに、側近が駆け寄ってくる。
クルルが生きていた……生きてたっ!
「夢じゃない……よね?」
心配になってほっぺたをつねる。
……ふん、ひはひ。
夢じゃない……!
「……クルル。何が、どうなってるの?」
「……それは」
物知りのクルルに聞く。
すると、クルルは勇者の方をチラリと見てから――
「……はぁ、いい加減にしな……さいっ!」
「ぅあいたーっ!?」
――思いっきり頭を叩いた。
「いったいなー。なにー?クルル」
「お嬢様が困惑してます。今すぐに離れて下さい」
目を疑うような状況が当たり前のようにずんずんと進んでいく。
あー、ほんとに色々ありすぎだなぁ。
「あっ、ごめんごめん。嬉しすぎてはしゃいじゃったよー」
「……はぁ」
「?????」
そう言いながら、わたしから離れる勇者。
さっきまで殺し合いをしてたあの勇者とは思えなかった。
……というか、勇者とクルルってもしかして仲いい?
「ええと、イーディスさん!……様?まぁいいや!イーディスさん!」
「ひゃっ……ひゃい!」
そんなことを考えていると、真剣な表情をした勇者にいきなり名前を呼ばれ、また変な声が出てしまった。
……うぅ、恥ずかしい。
「私、貴女に一目惚れしました!私と付き合ってくださいっ!」
「……?」
……えっと、聞き間違いだったかな?
「今、なん……」
「私と付き合ってください!」
ふむふむ。
わたしが勇者と付き合って……。
……付き合う?
「ふぇええええええ〜っ!?」
ようやく意味を理解したわたしの素っ頓狂な声が、広間に響き渡ったのだった。