8月16日に帰る道
「ひとまず俺、先に行くから。ゆっくりしていてね」
妻と幼い娘はあまり俺の声に関心を示さないのか、それとも気が付かないのか、返事は無かった。でも、これは昨日もそうだった。それでも、妻と幼い娘を見ているだけで俺は幸せだった。
「また、来るときには連絡するよ」
声を掛けた。
外を見ると、もう夜になっていた。いつになく蒸し暑くて息苦しい夜だった。気分が重たい。
「お父さん」
後ろから、いや、俺の頭の中に妻と娘の寂しい声が聞こえた気がした。
一瞬、立ち止った。
「またな。じゃあ、行ってきます!」
返事は無いと分かっていても、俺は気持ちとは裏腹に元気よく言った。
俺自身、長居をすると勘違いをしてしまう……帰りたくないなあ、でも……。
「そうだよな。今日は8月16日だった……」
ひとり呟いた。
そう、トボトボと俺が歩く帰り道、その先は、家でも会社でもない。あの世、だ。
つい、家族の優しい笑顔に囲まれて過ごしてしまうと去年自分が事故で死んだ事を忘れてしまう。
蒸し暑く、そして、暗く遠い遠い帰り道。俺はたくさんの死んだ人たちと共に紛れて歩く。
「楽しい4日間だったなあ。今度はお前たちが会いに来てね、待っているよ。楽しみにしているから……お彼岸でね」
微笑みソッと呟いて。
了